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モノトーンの黒猫 モノトーン編中5-5

5-5

 

  ☆  ☆  ☆

 

呆然としているマヤちゃんの肩を翔吾が抱いて、結衣ちゃんのいる仮眠室へと誘導する。

総長はこの場を一輝さんに任せ、馬鹿どものいる倉庫に行くために階段を下りた。

 

「あの子が言った何十年ってのは、結衣ちゃんが綾音ちゃんたちを見限った想定の話だろうねー」

 

静かになった2階の廊下で、一輝さんが俺に言った。

 

「一生背負う覚悟はあるって、綾音ちゃんは言ったんだよ」

 

話が読めない。それが何を意味するのか、掴みかねる。

 

「こっからは俺の推察。確証はないけど多分当たってるし、綾音ちゃんも同じことを思ってる」

 

俺と並んで階下を眺めながら、一輝さんは続ける。

 

「結衣ちゃんはねー、人間に対して嫌いとか、憎らしいって感情を全く持ってない。そういった感情が芽生えたとしても、持続してくれないんだろうねえ」

 

「……へ?」

 

言われたことを理解するのに時間がかかった。

 

「あの子のには大好き、大切といえる人間がほんの一握りいて、あとは全員頭の中ではその他、どうでもい人間にまとめられちゃってる。普通の人間が嫌いだって何かしらの感情を示すような基準の者でも、あの子の場合は感心すら示さない。結衣ちゃんが誰かと、――綾音ちゃんと喧嘩して決別を決めてしまったら、悪感情なんてひとつも残さず、結衣ちゃんにとって綾音ちゃんはどうでもいい人間、他人に成り下がる」

 

淡々と喋る一輝さんが俺を見て苦笑した。

 

「そうなってしまった可能性を示唆しながらも、あの子のためにここまで乗り込んで、あれだけ言い切った綾音ちゃんの愛情も、十分狂っているのかもねー。だから結衣ちゃんに会わずに、こっそり俺たちのところに来たんだよ」

 

責めてくれるほど嬉しいことはないと言った、鈴宮の理由。

どうでもいい人間じゃなく、まだ結衣ちゃんの数少ない特別でいられることに対しての「嬉しい」だったのか。

 

「もしも結衣ちゃんが自分を見限っていたとしたら、直接会いに行ってごめんなさいって言っても、邪魔な存在にしかならないだろうからねえ。そうなっていたとしても、たとえ他人に成り下がっても、綾音ちゃんは結衣ちゃんが大好きなんだってさ」

 

さっき一輝さんが言った「薄ら寒い」はここか。

どんな危険を冒したところで実を結ばない愛情。

鈴宮はそれでも構わず、結衣ちゃんの安全と幸せのために動いている。

 

「そんでもってさっき綾音ちゃんが言った、結衣ちゃんが加害者をどう思っているのかうんたらかんたらは……、まあ、あれだね。悪意を持って危害を加えたのに被害者が、え? だから? 全く気にしてませんけど? って状態だったら、加害者は結構堪えるだろうねえ。そいつらが構ってちゃんならなおさらに。こういうことするやつらて、自分の存在を認めて欲しくて動くのに、やらかした行動以前に自身そのものが被害者に認識されないなんて、もープライドずたずただよ」

 

……楽しそうですね、あなた。若干引いたよ。

 

「人は生きていく上で自然と誰かの恨みは買ってしまうものだけど、面と向かって恨んでますなんて言われるケースは珍しいからねー。それを一生背負い続けろって、綾音ちゃんも怖い子だねえ。どうやって心に響くよう伝言できるか、腕の見せ所だと思わない?」

 

……絶対敵に回したくないな、この人。

 

おそらく勝手に動いた連中には多少なりとも腹を立てているから言えたのだろうが、俺の顔、今ものすごく引きつってるよ。

 

「さ、俺たちの答え合わせはここまで。というわけだから、あっくんは引き続き結衣ちゃんをよろしくねー」

「……おっしゃってる意味が分かりません」

 

引き続く前に俺は結衣ちゃんの担当でも何でもない。

 

「えー、こんだけ教えたんだからちょっとは頑張ろうよー。ちいくんじゃ多分あの子に潰されるだろうし、俺はもうちょっとで引退だしねー」

「年末まであと4カ月もあるでしょう!」

「うるせえ」

 

必死に辞退を申し出ていると、後ろから思い切りしばかれた。

疲れをにじませた武さんが、親指で結衣ちゃんが寝ている部屋を示す。

 

「あいつ、このまま寝かせておいていいのか? 起きたらまた無理してでもこっから出て行こうとしないか」

 

6月末に結衣ちゃんが男たちに拉致られた時のことを含めて言っているのだろう。

あの子がここでゆっくり休もうとしないのは、安易に想像できた。

 

「ひとまず水口君に押し付けよっか。彼氏さんなんだし。俺たちの平謝りもまた今度。聞いてくれるかどうかは別だけど。綾音ちゃんじゃないけど、俺らの都合であの子をここに留めちゃだめでしょ」

 

一輝さんのそれは提案じゃなくて決定事項のようだ。

すでにスマホを手に持って通話の体制をとり、そのまま応接室へと入っていった。

 

「……なんで俺はこんな短期間に2度も高瀬に謝ることになっちまったんだろうなあ」

 

うなだれる武さん。心中お察しします。

吉澤先生にも頭を下げて報告して、顔に一発は覚悟すべきかなど今後の予定をぶつぶつ呟いている武さんの姿が他人事に思えない。

ひとまず下の連中の教育で、高瀬結衣には何があっても手を出すなというのは徹底させよう。

心に決めた俺の前に、アークのウェイターが近付いた来た。

緊張して背筋が伸びたのは、彼が皇龍のOBだからだ。

 

「さっき2階から下りて来た女の子から伝言を預かってきたぞ」

「はっ? それは……?」

 

武さんも姿勢を正す。

女のことは鈴宮で間違いないはずだ。

 

「切り札のつもりで取っておいたが、やっぱり使っておく、と。皇龍のことはこちらもいろいろと調べました。お気を付けて、結衣は柳先生のお気に入りですから、だとよ」

 

柳、先生? ……誰だ?

 

「皇龍で柳って名前に付く人で有名なのは、ひとりしかいないだろう」

「いや……確かにそうですけど、先生って……」

「とにかく俺は伝えたぞ」

「はいっ、ありがとうございます」

 

ウェイターが去った後、俺と武さんは顔を見合わせた。

彼の言った通り、皇龍で柳といったらあの人しかいない。

初代皇龍、トップを張った吉澤先生と並んだ男。

吉澤倖龍が皇龍の設立者なら、その男は影の立役者だと言われている。

 

――柳 虎晴。

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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