モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中5-4

5-4

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

鈴宮の訪問は穏便に終結しそうだったのになぜそうなる。

舌打ちしたい衝動をおさえてざわついた2階の廊下に出ると、武さんが戻ってきていた。

肩からは包帯の巻かれた手が力なく垂れ下がる。武さんはぴくりとも動かない結衣ちゃんを背負っていた。

 

「悪い。間に合わなかった」

 

苦虫を噛み潰した顔をして、武さんが唸るように言った。

近くには両手で口を隠し、目を見開くマヤちゃんの姿が。その隣にいる翔吾の顔も険しい。

 

「何があった?」

 

部屋から出て来た総長が、武さんに近付く。

 

「階段から突き落とされたらしい。時東さんに診てもらったが、全身打撲に右手首の捻挫。気は失っているが、頭は打ってないだろうとのことだった」

 

時東さんとは、皇龍のかかりつけ医となっている人だ。アークの3件隣りに診療所を開いている。

 

「下の連中が勝手に動いちゃったみたいだねー。先に言っとくけど、うちの総長はなんの指示も出してないよ」

「周囲の人たちも含めて、これが演技とはさすがに思えませんわ。組織としての問題は挙げられるかもしれませんが、助けたのも皇龍の方たちのようですし」

「うん、いい子だねー。こんな時に悪いんだけど、俺が今ものすごく言いたいことって、分かるかな?」

「……ええ、おおよそは。結衣をモノトーンとの取引に使うなと遠回しながら言ったのはわたしですもの。それを言い出した当人が――、モノトーンが結衣を皇龍との取引材料に持ち出さないことは約束致しますわ」

 

あんたらは何悠長に話してんだ!

会話の内容が信じられず勢いよく後ろを見る。

怒鳴りつけようとした俺は、鈴宮を見るなり何も言えなくなってしまった。

応接室のドアの前に一輝さんと並ぶ鈴宮の目は、俺を通り越して武さんをじっと見つめていた。

大きく開いた目。下唇は噛みしめられ、両手に作られたこぶしが震えている。

眉が下がって眉間にしわが寄り、目は潤んでいるのに、鈴宮は涙をこぼさない。

ささいなきっかけで決壊しそうなその空気に、怒りを持っていかれた。

 

「……本当に、君はいい子だよ」

 

一輝さんが、鈴宮の背中を軽く押す。

一歩、一歩ゆっくりと結衣ちゃんへと足が進む。

鈴宮の存在に気付いた武さんが息を呑んだ。

なぜ、と表情が語っている。

 

「…………ありがとうございます」

 

蚊の鳴くような声で、鈴宮は武さんに言った。

武さんの肩にもたれかかった結衣ちゃんの顔に、鈴宮の指先が触れる。

頬を滑った指はすぐに離れ、何かを言おうと開かれた口からは音が出ることはなく閉ざされた。

歯を食いしばって俯いた鈴宮からこぼれ落ちた水滴は、木製の床に染み込んでいく。

結衣ちゃんから2歩ほど後ずさった鈴宮は、両手で自分の目を隠した。

前髪を巻き込んで握りしめたこぶしには力が入り、肩から震えている。

誰に憤り、何に腹を立てているのか、俺は鈴宮じゃないから分からない。

抑えきれない感情を持て余した鈴宮は、涙こそ流しても、泣き声はひとつも漏らさなかった。

 

 

総長が周囲の観衆を散らす。

 

「加害者は」

「倉庫のほうに連れて行った。怖いもの見たさで同行した女も一緒だ。……そいつらいわく、どさくさに紛れてひとり逃げたらしいが、それも人を使って追わせている」

「そうか。休ませてやれ」

 

総長に頷いた武さんが、結衣ちゃんを奥の仮眠室に連れて行く。

武さんは鈴宮を気にしているようで何度も俺たちを振り返った。

仮眠室のドアが閉まる時には、鈴宮は涙をぬぐっていた。

 

「お見苦しいところを晒してしまい、申し訳ございません」

 

赤くなった目をや崩れた化粧を気にすることなく、にっこりとほほ笑む。

 

「泣き得はフェアじゃありませんもの。どうぞお気になさらず、見なかったことにしてください」

 

気丈なんて言葉で済ませていいものじゃない。

鈴宮の強がりはもはや異常の領域だ。

 

「武藤への報告はします。ですが、先程の言葉は嘘ではありません。わたしが保証致しますわ。……あの子に害をなした者を、許すつもりは毛頭ありませんが。殺してやりたい、が本音であることはお忘れなく」

 

こいつは本気だ。

感情に任せず、理性で責めてくる鈴宮にぞっとした。

 

「うん。こっちも落とし前はちゃんと付けるからねー。加害者に言いたいことがあったら聞いとくよ?」

 

当初のぎすぎすした探り合いが嘘のように、一輝さんと鈴宮の意思疎通は円滑なものになっている。

 

「では、結衣が自分を害した者をどう見ているかを、あなたの口からお伝えください。あとこれはわたしからの伝言で、あなたたちは一生、最低ひとりの女に恨まれながら生き続けるのだと自覚なさい、と」

「君ってなんだかんだでえぐいよねー。いいよ。脚色して思いっきり後悔するように伝えとく」

「期待しておりますわ」

 

時々この2人に付いていけなくなるのは俺だけか。

こちらの心情などお構いなしに鈴宮は俺と一輝さん、そして総長に頭を下げて背を向けた。

 

「待って、……あなたは?」

 

横を通り過ぎようとした鈴宮を、マヤちゃんが止めた。

 

「あなたは?」

「結衣の友達です」

 

聞き返した鈴宮に、マヤちゃんはきっぱりと告げる。

途端に顔をほころばせた鈴宮は、どうしようもなく嬉しそうだった。

 

「わたしは、結衣の友達継続希望者ってところかしら。あなたがいてくれて、本当によかったわ」

「結衣に、会っていかないの?」

「喧嘩中なの、わたしたち」

「だったらなおさら!」

 

詰め寄るマヤちゃんにも、鈴宮は揺るがない。

 

「喧嘩の終わりは、原因の答え合わせが鉄則よ」

「……は?」

「わたしに答えが出ていても、結衣も同じく何かを見つけたとは限らない。これは期限が設けられた議会の話し合いみたいなのじゃないわ。先に答えを出した人間が、考え悩む者に自分の答えを押し付けるのは違う。悩んでいる子に、待っている側が我慢しきれず答えを急かすのも、禁じ手のひとつよ」

 

歌うように、最後まで詰まらず鈴宮が言い切る。

それは、彼女たちの中にできたルールのひとつなのかもしれない。

 

「いつまで、あなたは待ち続けるの?」

「何年でも、何十年でも。……それが報いよ」

 

それだけ言って、マヤちゃんに手を振った鈴宮は階下へと去って行った。

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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