モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中5-2

5-2

 

  ☆  ☆  ☆

 

モノトーンかと俺が聞くと、鈴宮彩音は少しだけはにかんで頷いた。

俺の目から見ても、鈴宮は可愛らしい顔立ちの女の子だった。

小柄で、身長も結衣ちゃんより少しだけ高い程度だ。

人当たりの良い笑顔を常に浮かべているし、接しやすい子といえばそうなのだろう。

だが、俺が1階に下りて彼女に声をかけ、上に連れていく時に店の客から上がった悲鳴混じりの奇声。それに対しても全く気にせず表情を崩さなかったあたり、鈴宮も只者ではないと確信した。

見たところ同行者もいないようだし、そもそも敵地かもしれない場所にひとりで乗り込んでくるあたり彼女は普通じゃない。いや、彼女も、か。

水口をはじめ、結衣ちゃんの周りにいるのはこんなやつらばかりなのかと、階段を上がり終わって嫌な汗をかいてしまった。

来客用の応接室のソファに、鈴宮は腰を下ろす。

向かいのソファには一輝さんが座り、総長はその後ろに立っていた。

俺はドアの前に控えている。

 

「はじめまして、鈴宮綾音と申します」

 

柔らかい声音で鈴宮は言った。

対面している一輝さんが何も言おうとしなくても、うろたえることなく落ち着いている。

 

「本日は武藤春樹の意思を伝えに、こちらに参りました」

「ふーん。で?」

 

一輝さんの性格の悪さに、相手の性別や人柄は関係ない。

殺伐とした空気に困惑しない鈴宮も大したやつだ。

 

「高瀬結衣を、あなた方はご存知ですね」

 

そして切り込みが早い。

 

「どーしてそこを断定しちゃうのかなー。そんな子知らないって言われたらどうするの?」

「だって、そちらのかたはわたしの顔を見てここまで連れて来て下さったんですもの。それが答えですわ」

 

鈴宮が俺に笑う。

 

「ごめんなさい。少しだけ嘘をつきました」

 

眉を下げた鈴宮は、申し訳なさそうに告げた。

 

「わたし、モノトーンを発足させた武藤たちとは、その少し前から表面上の親交を完全に断っていますの。ですからわたしを見てモノトーンとあなたがおっしゃった時点で、あなたが何を以ってわたしたちの仲間という枠組みを決めたのか、想像に難くありませんわ。――そしてその枠組みには、高瀬結衣も入っている」

 

こてん、と首を傾けた鈴宮の仕草はまあ、可愛い。告げられた内容は笑うに笑えないものが。

緩やかな空気を纏いながら、鈴宮は容赦なく言いきった。

 

「わたしたちの卒業アルバムを、ご覧になりまして?」

「……そーちょー、あっくーん」

 

後ろを向いた一輝さんが恨みがましく睨んでくる。

これを見破れってのはさすがに難しすぎるだろ。

 

「発案者は武藤か」

 

総長の言葉に、鈴宮は肯定を示す。

 

「ええ。しばらく店内にいて何もなければソフトドリンクを飲んで帰るつもりでした」

 

それで、まんまと俺は餌に食いついてしまったというわけか。

 

「そーんな危険なことよく武藤君は君にさせたねー」

「実際この店に入るかどうかは、街の治安を見てから判断しろとは言われました」

「で、俺たちは君のお眼鏡にかなったわけかあ」

「まさかこんなに紳士的なかたたちが治めているとは思ってもみませんでしたわ」

「それはそれは光栄だねー」

 

褒められているのに素直に喜べない。

ソファにいる2人から伝わってくるぎすぎす感が半端じゃなかった。

鈴宮と一輝さんのやり取りは聞いているだけで胃に穴があきそうになる。

 

「まあ、気を取り直して俺らも名前ぐらいは言っとこっか。俺は皇龍幹部の櫻庭で、後ろの無表情が総長の日暮ね。そんで、あっちのホストにいそうなのが野田だからねー」

「はい。よろしくお願い致します」

 

素直なところはありがたいのだが、どこまでが本心なのか判断が難しい。

というよりも本気でよろしくしたいと思っているのかも不明だ。

 

「武藤君の連絡先、俺知ってるんだけど。武藤君もやろうと思えば、多分俺たちに連絡なんていくらでもできるよね。それなのに君が不意打ちのごとく直接ここに来た理由はあるのかなー」

「わたしたちの中で、大切な話は顔を合わせてというのが決まり事のようになってますの。電話ですと、声色は分かってもお顔は伺えませんもの」

「武藤君が直接ここに来なかった理由は?」

「武藤が動きますと、彼の周囲でもモノトーンが動いたと認知されてしまいますわ。わたしがお伝えしたいのは、モノトーンという組織ではなく、武藤個人の意思であることを先に申し上げます」

 

一呼吸置いた鈴宮は笑顔を止めた。

しんと静まり返った室内で、時計の秒針が耳につく。

 

「高瀬結衣は、組織としてのモノトーンとは無関係な子です。モノトーン側もあの子を使いあなたたちに害を成すことは、誓ってありません」

「君の言葉を俺たちが信じるとでも?」

 

ちょっと意地悪を言ってみると、鈴宮は困ったように笑った。

 

「確たる証拠なんて何も出せませんわ。そうね……、お調べいただきますと分かるでしょうが、高瀬結衣は通信手段を持っていません。あの子をモノトーンに組する者とするならば、いつあの子がモノトーンと連絡を取っているのか、先にあなたがたにそこを説明していただきたいですわ」

 

わたしの言葉を信じてもらうしかない、とか言って下手に出ないところが手強いな。

調べなくても、あの子の電話嫌いはよく知ってるよ。

 

「実はねー、俺たち結衣ちゃんとはもう接触しちゃってるんだ―。それも結構深いところまで」

「えっ」

 

ここにきてようやく鈴宮が余裕な態度が崩れる。

 

「安心してねー。険悪な仲ってわけじゃないから。むしろ逆に関係はちょー親密だしー。あの子が自分のことを話してくれるぐらいにはねえ」

 

声からして、一輝さんはさぞ楽しそうな顔をしているのだろうな。

ようやく見つけた鈴宮の隙を、この人が逃すはずがない。

 

「――結衣ちゃんを傷つけたのって、君?」

 

鈴宮の顔が固まった。

一輝さんは鈴宮を試している。

結衣ちゃんはあの時だって、自分が大切な子を傷つけたとしか俺たちには言っていない。

その相手が鈴宮であって、なおかついさかいの原因が感情からきたものだったら、鈴宮自身も罪悪感を抱いているはず。

単身でこんなところにまで乗り込んでくるほど結衣ちゃんが大切なら余計にだ。

そこに一輝さんはつけ込もうとしている。

 

「でしたら、何か?」

「んーんー。何ってほどじゃあないけどねー。結構な親睦を深めた俺たちにとって、過去に結衣ちゃんを傷つけた相手にいい顔は出来ないっていうか―。正直俺は君が嫌いかなー」

 

どっこも正直じゃないですけどね、あなたは。

 

「そうですか」

「あれれー、それだけー?」

 

不満げな一輝さんに、鈴宮はすがすがしいほどきっぱりと言い放った。

 

「だってあなたは、結衣じゃありませんもの」

 

高瀬結衣というフルネームか、「あの子」と言って濁していた鈴宮が初めて、その名を言った。

たったそれだけのこと。

なのに、「結衣」いう名を口にした鈴宮からは、先ほどの愛想を張り付けていただけの顔と打って変わり、表情に愛おしさがにじみ出る。

 

「あの日のことで、わたしを責めて、けなして、罵倒して、怒りをぶつけていいのは結衣だけよ。そしてわたしが心からごめんねって謝って許しを請いたいのも、大好きって伝えたいのも、結衣だけ」

 

一輝さんを見る鈴宮の目は挑発的だ。

 

「嫌おうが憎もうが、どうぞお好きになさって下さいな」

 

強いな。副音声はこの一件に部外者は口出しするなといったところか。

 

「おれ、結衣ちゃんのこと女として見てるんだけど」

 

おいいいいそれはないでしょ。

一輝さんの次の手に、思わず噴き出しそうになった俺は顔を横に背けて寸前のところで堪えた。

 

「好きになった子が背負っちゃった暗い過去に当事者の君がそんな言い方してくると、俺に出来ることは何もないんだって突き付けられてるみたいでさすがに腹立つなー」

 

ほんっとに、一輝さんは何でもありだな。俺、ここで話を振られてもあんたに合わせられる自信がないぞ。

必死に平常心を保とうとする俺をよそに、ふたりのやり取りは続く。

 

「面と向かって話しをする利点は、周囲の様子も把握できるというところもありますわね」

「………どーいうこと?」

「電話ですと、あなたの後ろに控えるかたの表情なんて見ることができませんもの」

 

にっこり笑う鈴宮。その目線は一輝さんを通り越し、彼女は俺に首をかしげる。

一輝さんが再び後ろを向いた。

 

「あーっく――ん!」

「すみません。でも今のはさすがにやり過ぎかと」

「えー、俺が本気だったらどーしてんのさー」

「ああ、まあ、その時は頑張ってください」

「うわー、真の敵は味方にいたよー。こんなオチってありなのー」

 

ソファの上でじたばたと暴れる一輝さんに、張り詰めた空気はすっかり消えてしまった。

 

「交代するか?」

 

一輝さんを見下ろす総長の視線も心なしか冷ややかだ。

 

「いんや、おふざけタイムはこれにて終了するよ。もー、結衣ちゃんの周りにはこんな子しかいないのかなー」

「あら、わたしなんてまだまだ序の口ですわ」

 

今ぽろっと嫌なこと言ったな。

 

「試すようなことしてごめんねー。ぶっちゃけた話、さっきも言ったけど、皇龍と結衣ちゃんってこの数カ月でいろいろ関わりを持っちゃってるんだよねー、幸いなことに」

「そのようですわね」

「うん。だからあの子のぶっ飛んで歪んでねじれて壊れてしまってる中身はよーく知ってるんだよー。君たちモノトーンと繋がっていると発覚しても、たやすく糾弾するのをためらうぐらいにはねー」

「可愛いでしょう? 結衣のそういったところ」

 

満面の笑みで同意を求めてきたところごめんだけど、それには賛同しないよ俺は。

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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