モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中5-1

5-1

 

  ☆  ☆  ☆

 

この日、アークにはマヤちゃんが来ており、翔吾は傍から見て分かるぐらいに上機嫌だった。

総長の厚意によって翔吾の用事が終わるまでの間、彼女が2階の空き部屋で待つことを許されたのだからなおさらだ。

マヤちゃんをしつこい女から避けられて、なおかつアークで一緒にいられるなんて、あいつにとっては至福のひと時だったに違いない。

昼が過ぎても特に街で問題があったという報告もなく、俺たちはそれぞれ思い思いに過ごしていた。

夕方になると、待機組以外の皇龍の面々もアークに集まりだす。

賑わう店内を2階の吹き抜けから眺めていると、榎本 拓馬(えのもと たくま)が不安げなな面持ちで話しかけてきた。

拓馬は皇龍の1年の中でも数少ないアークの2階に上れる許可が出ているやつだったので、それなりに面識はあった。

 

「……明良さん、ちょっといいですか」

「どうした」

 

拓馬が一度周りを確認する。

横を通る者や立ち話をしている連中は全員皇龍の人間だったが、拓馬は声を潜めて話し出した。

 

「俺、今まで下にいたんですけど、俺の近くでくつろいていたやつらが、……その……。高瀬がモノトーンと一緒にいるっつってさっき何人か引き連れて出て行ったんです」

「どういうことだ」

 

あまり良い報告とは言えないだけに、つい口調が鋭くなってしまった。

 

「俺も、聞こえてきた話を小耳に挟んだくらいで詳しくは分からないです。ただ、高瀬結衣とモノトーンってのは確実に言ってたんで。あと……裏切り、とか。高瀬の絡んでいることなら上の人に相談したほうがいいって、あいつらが店出ようとした時に止めたんですけど、聞く耳持たなくて……」

 

そいつらがどんな情報を得て動こうとしたかは定かではないが、雲行きが怪しい。

 

「ひとまず武さんに報告しよう」

 

主に幹部が常駐している部屋に武さんを呼びに行けば、俺の表情で何かを察したのか、総長も出てきてくれた。

普段面と向かって話すことのない大物に、拓馬の顔が緊張で引きつる。

さっき受けた報告をもう一度させると、総長も武さんもみるみる顔が険しくなっていく。

 

「いつだ?」

「5分ほど前です」

「そいつらはどこに向かったんだ?」

「……分かりません」

 

俺の10倍は威圧感のある武さんの詰問に、拓馬の声は次第に小さくなっていった。

 

「……こういう時はてめえもそいつらについて行って、リアルタイムに電話で俺たちに報告すればいいだろうが効率悪いな」

「まじですいません!!」

 

眉間にしわを寄せて腕を組む武さんは、どう見てもいらついていた。

拓馬が腰から90度に上半身を曲げて深々と頭を下げる。

 

「高瀬には手を出すなっつっただろうが」

 

憎々しげに舌打ちをして、武さんは頭をかく。

 

「まあ、場の雰囲気に乗せられて、お前まで馬鹿な方向に突っ走らなかったことだけは褒めといてやる」

「は……、はい!」

 

これぞまさに飴と鞭だな。俺もこうやって、1年前は2つ上の先輩にしごかれたよ。

 

「や……、でも。俺も他の誰かだったらひょっとしたら、自分で解決できると思って突っ走ってしまったかもしれません。でも、あいつらが話してたのって、あの高瀬ですよ?」

 

あの、の部分に思いつくことが多すぎてつい遠い目をしてしまった。

武さんもああ、と言って何度も頷いていたし、総長ですら顔を横に背けてしまっている。

 

「……俺、あいつと同じクラスなんですが。1学期に俺らの目の前で吉澤先生に喧嘩吹っ掛けやがったときは、まじで教室が凍るかと思いました」

 

絶対に居合わせたくないなそんなところ。

 

「津月のことだって……。俺らは見ているだけで何もできなかったのに、あいつは簡単にクラス内で津月の場所を作ってしまったし。高瀬と同じクラスの皇龍のやつは、高瀬のこと、結構認めてるんですが……」

 

濁した先はおおよそ察する。

直接関わったことのない人間に、高瀬結衣がどういう者なのか伝えるのは難しいのだろう。

 

「さっき出て行ったやつの中に、前に高瀬と一緒にチェンメ回されたやつがいるんです。そいつ、名誉挽回に躍起になってて、最近周りが見えてないっつうか」

 

出ていった連中はそういうやつらの集まりな可能性が十分あるというわけか。

 

「そいつらの誰かひとりでも、連絡の取れるやつはいるのか?」

 

俺の問いに、拓馬はしばらく考え込んだ。

 

「アドレス交換しているやつは、誰もいません」

 

またもや武さんの機嫌が急降下していく。

 

「……使えねえ」

「し、下に誰か番号知ってるやつがいないか聞いてきます!!」

 

大急ぎで拓馬は階段を駆け下りていった。

ため息をついた武さんが着ているジャケットを脱いで俺に渡した。

外に出る気なのだろう。

アークの店内は冷房の効きがよすぎるので、上着は常駐者にとっての必需品となっている。

 

「先走らなけりゃいいんだけどな。念のため何人か連れていくぞ」

「ああ」

 

総長が階下の拓馬を顎で示した。

 

「友人知人がいるならそいつに連絡を取らせて居場所を聞き出させろ。話さないようなら皇龍の携帯からお前がかけろ」

「了解」

 

1階に下りた武さんは大股で拓馬に近付いて行く。

幹部が下にいるのは店の客にとってめったにないことなので、店は大きく波打つようにうるさくなった。

 

「情報室のやつらに高瀬の目撃情報の出所を探らせろ。高瀬結衣が本当にモノトーンと組んだのか、第3者の悪意を持ったデマなのか、根本から探る必要がある」

「はい」

 

総長に頷いて俺は2階の一番奥にある情報室と呼んでいる部屋に向かった。

情報室とは、その名の通り皇龍の情報、連絡網の中心となっている場所だ。詰めている連中のほとんどがそれはもう、超ド級のパソコンおたくだったりする。

部屋にいたやつに詳細を伝え、総長のもとへ戻る。

結衣ちゃんがモノトーンに組する可能性は、全くないとは言い切れない。

性格からして、浅く広く人間関係を築くのは苦手であろう彼女の親しい人間は、そう多くはないだろうし。

あの卒業アルバムを見れば、誰だって武藤とその仲間と結衣ちゃんは親密な関係にあると勘ぐるはずだ。

だけど――。

 

――わたしはかつて、たったそれだけのことで、何年も一緒にいた大切な人たちの絆を壊しかけました。

 

――もう、あの時の二の舞はごめんです。

 

自分のことなんて全く喋ろうとしないあの子が、俺たちに打ち明けた過去の一片。

全てを語ったわけでもないが、結衣ちゃんが傷つけたといった大切な人とは、あの写真にいたどちらかの女の子で間違いないだろう。

その子の幸せのためならこんなに遠く離れられるのだから、結衣ちゃんの行動力はある意味ものすごく危うい。

自己犠牲とはまた違う。

犠牲になったなんて、結衣ちゃんは悲観的に捉えてない。自らに対する情を、ほとんど切り捨ててしまっているようにも思うほどだ。

だから彼女は自分すらもを駒のように扱ってしまっている。

モノトーンが皇龍に敵意がないのなら、仲直りの後押しぐらいしてもいいと俺も少しは考えていた。

単独で存在されるよりも、どこかの後ろ盾に繋がれているぐらいがあの子にはちょうどいい。

こうやってどこからか疑念をふっかけられるたびに、俺たちが対応することもなくなるだろうし。

そんなことを考えながら総長の隣に立った。

総長は俺が戻ってきても、手すり越しに階下の一点を見つめたまま動かない。

 

「どうしました?」

 

と言いながらも、総長の目線の先を追う。

混雑する店内では2階の吹き抜けという見える位置に総長が立っているため、客のほとんどが上を見上げてそわそわとしていた。

総長が何を見ているのかは、何度もそれらしいところを見渡してようやく気付けた。

 

「……まじか」

 

なぜ、という疑問と、このタイミングでという苦い思いが駆け巡る。

 

「一輝を連れて一室用意する。上に連れてきておけ」

「分かりました」

 

緊張気味の俺を置いて、総長はそこから離れた。

誰を。それは確認しなかったが、俺の認識した女で間違ってはいないはずだ。

実物を見るのはこれが初めてだった。

肩にかかった栗毛色の髪に、色白の肌。

白いシフォン生地のスカートにサーモンピンクのカーディガンを羽織った彼女は、店の入り口付近にいた。

周囲が上を向いていても気にするそぶりも全くなく、スタッフと親しげに談笑している。

しばらくして、ようやく視線に気付いた彼女が上を見上げる。

目が合うと、鈴宮綾音は俺に向かってにっこりと微笑んだ。

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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