その他

モノトーンの黒猫 傷の最初は誰も知らない

傷の最初は誰も知らない 1


 

 

  ◇  ◇  ◇

 

住宅街の中央に位置する近所の公園は休日の午後だというのに閑散としている。

敷地の中にはベンチに座る俺と、目の前で遊んでいる未就学の女児がふたりいるだけだった。

 

「ほかはなにがいたっけ?」

「えっと……、ゾウさんと、キリンと、ゆきちゃんとハヤトくん」

「きりんはできたから、まいちゃんかくね。ハヤトくんはおとなりね」

「はーい」

 

子どもたちは家から持ってきた家庭菜園用の緑の支柱を使い、公園の固い土の地面いっぱいをキャンバスにしてお絵描きに興じている。

なんでも休み前に遠足で動物園に行ったので、ここ数日は動物たちのことが頭から離れないらしい。

外で遊ぶと言ったふたりがブランコや滑り台といった遊具ではなく、動物園を作りに行くと言った時には意味がわからず一瞬思考が停止したが……。

よくよく話を聞けば、実寸大スケールの動物のお絵かきがしたいらしいとすぐに理解ができた。

役に立つかと家の庭の隅に放置されていたプランターに刺さっていた支柱を二本引っこ抜いて渡してやったら、ふたりは目を輝かせてた。

そして現在はひとのいない公園を贅沢に使い、動物園づくりに勤しんでいる。

 

「できたら案内するから、お兄ちゃんはそこにいてね」――と。

妹の結衣に言われるがまま、俺はベンチから目と鼻の先にいる子どもたちを見守っているわけだが。

 

「……まいちゃん、ハヤトくん?」

 

なぜか人間が収容されかけていて、思わず首をひねった。

そんな俺に気づいて、結衣のお友達の菜月ちゃんが顔を上げる。

 

「まいちゃんはトラで、ハヤトくんはライオンだよ」

「なるほど。教えてくれてありがとう」

「うん」

 

菜月ちゃんは得意げに頷いて、虎のまいちゃんの制作に戻る。しっかりした子だ。

 

およそ二週間ぶりに帰った実家にて。下の妹が急に高熱を出したので母が休日診療所に連れて行くことになった。

母がいない間、残される上の妹である結衣と、実家に遊びに来ていた菜月ちゃんの子守を任されて今に至るわけだが。

子守の経験は初めてではないが、甘えたで内気な結衣が屋外でこんなに活発に遊んでいるのは初めて見た。

のんびりしていて人よりもなにかとテンポの遅い結衣を菜月ちゃんは急かそうとしない。

早々に虎のまいちゃんを描き終えた彼女は、結衣が試行錯誤しながらライオンのハヤトくんを描いている間、囲いの檻や動物のエサを描き足したりして待っている。

その姿にはもはや関心しかなかった。

 

「できた?」

「できた! なっちゃんじょうず」

「うん。ゆいちゃんもじょうず。さくとお肉かいていい?」

「うん!」

 

いいお返事だ。なんだこの可愛い光景は。

 

女児たちの戯れに和んでいると、微かに土を踏む足音が耳に入った。

横目に音のした方を伺うと、白シャツの上に左胸に刺繍が施された紺色のベストを着用した若い男が俺に向かって近づいてきていた。服装は一目瞭然で警察官のそれと分かる代物だ。

真っ直ぐに俺を目指す警官に、妹たちのお陰で癒されていた心がささくれていく。

自分は疾しいところが全くないと胸を張れない部分を多少は自覚しているが、少なくとも今日に限って言うなら俺は何もしていない。

 

「ちょっといいかな。君って高校生?」

「はあ。そうですけど」

「学生証とかって持ってる?」

「持ってませんよ。休日なんで」

「そっかあ」

 

警官の目つきに、疑いの色が濃くなる。

舌打ちしたい衝動に駆られたが、ここで心象を悪くするのは良くない。

こいつはともかく、俺は妹にとって「優しいお兄ちゃん」でいたいんだ。

 

「ここで何しているのか、聞いてもいいかな」

 

一際丁寧に言葉を選んで、子ども扱いしてくる警官に苛立ちが募る。

 

「見ての通り、妹たちの子守りですけど」

「あの子たち、お兄さんの妹なの?」

「ええ。妹と、その友達」

「ふーん。そうなんだ」

 

信じてねえだろ絶対。

結衣と菜月ちゃんはこちらの異様な雰囲気を察して、お絵かきの手を止め恐々と不安そうに俺たちを見ている。

まずい。ここからでも分かるぐらいに結衣の目が潤んできた。

 

「うち、今親がいないんですけど、あっちの子の家も近所なんでそこに行けば俺のことも証明してもらえますよ。なんなら今から一緒に行きましょうか」

「へえ、君自身は証明できるものは何もないんだ」

 

だ、か、ら! そう言ってんだろ!

 

近くだからとスマホも家に置いてきたし、高校生の兄が妹との繋がりを証明できる何かを所持している方がおかしいだろ。

何がそんなに疑わしいんだ。見た目か? だろうな知ってるよ。

 

「お……おにいちゃっ……」

 

怯えながらも駆け寄ってきた結衣が俺のTシャツの裾を掴む。

涙目で顔を硬ばらせる妹に、警官が俺を見る目がきつくなる。いや、結衣がびびっているのが俺のせいじゃないからな。

 

「どうしたの?  大丈夫、もう怖くないよ」

 

優しい口調でゆっくりと言い放ち、警官は結衣の頭を撫でようと手を伸ばす。

近づいてきた見ず知らずの男に結衣の表情がひきつった。必死で俺の後ろに逃げて、大号泣。

 

「あー、結衣、大丈夫だ。知らないおっさんだが、この人は怖くないぞー」

「おっさん……」

 

受け入れろ。警官は見たところまだ20代だが、結衣たちからしたらお前は十分おっさんだ。

ショックを受けて固まった警官を無視し、泣き止まない結衣を抱き上げて背中を軽く叩きながらあやす。

 

俺の妹の人見知りを舐めるな。こいつはテーマパークでキャストが風船を渡そうと近づいてきただけで泣き叫ぶやつだぞ。

保育園も少し休みが長くなるだけで、クラスの先生たちにさえ持ち前の人見知りを発揮して菜月ちゃんがいないと涙が止まらないという。

可愛い妹に忘れられないために、出来るだけ時間を作って足繁く実家に通っている俺の努力をお前は知らねえだろ。

嗚咽を漏らす結衣に気を取られていると、いつの間にか側に来ていた菜月ちゃんが鬼の形相で警官を睨んでいた。

 

「おまわりさんがゆいちゃん泣かしたー!!」

 

そして、大絶叫ときた。

 

「ええっ!?」

 

予想外の叱責に驚く警官に怒りを爆発させ、地団駄を踏んでいた菜月ちゃんだったが、やがて込み上げる感情が止まらなかったようでわんわんと泣き出してしまった。

警官は立ち尽くしたまま何もできない。子どもの世話は専門外なのだろう。

休日昼の公園に、立ち尽くす男二人と、泣く子ども。カオスでしかない。

抱っこしていた結衣が身をよじって地面に手を伸ばす。

バランスが崩れて落としては行けないので地面に下ろしてやると、ひっくひっくと未だに嗚咽が止まらない中、結衣は声を上げて泣く菜月ちゃんの頭をよしよしと撫でた。

結衣の反対側の手は、俺の手を絶対に離そうとしない。

 

どうすんだよ、これ。

なんとかしろと警官に目で訴えるが、こいつはうろたえるだけで役に立ちそうにない。

 

そうこうしているうちに、結衣のよしよしで次第に菜月ちゃんは落ち着きを取り戻していった。子どもの力は偉大だ。

 

結衣は未だに警官が怖いらしく、菜月ちゃんの手を引いて俺の後ろに隠れてしまう。

菜月ちゃんも警官を敵と認定したようだ。この子は今にも警官に噛みつきかねない臨戦態勢をとっているので、どうどうとさりげなく後ろに下がらせた。

 

「……何してんの?」

 

この場をどう締めくくったらいいのか。警官も俺もいたたまれない雰囲気に何も言えずにいると、救世主が現れた。

 

たまたま自転車で公園の横を通り過ぎた弟が、異様な空気を察知して足を止めたようだ。

昼食後に友達の家に遊びに行ったらしかったが、家に帰る途中だったのだろう。

公園の入り口に自転車を止めた弟の愁(シュウ)が駆け寄ってくる。

小学二年生の弟は、俺と警官、そして後ろで泣く結衣と菜月ちゃんをぐるりと見渡し、最後に俺を責めるような目で見上げる。

 

「いつも家にいないから、結衣が恐がりなのもう忘れたの?」

「言っとくが、これは俺のせいじゃなからな」

「ふーん。でも今こうして泣いてるよね?」

 

ぐうの音も出ない。我が弟ながら辛辣だ。そしてませている。

 

「あー、愁。悪いけど、ちょっと菜月ちゃんの家に行ってお母さん呼んできてくれないか。このままじゃらちがあかないんだ」

「いいけど、うちのお母さんは?」

「佐智連れて病院」

「そっか、わかった」

 

妙に大人びている弟の理解は早く、すぐさま行動に移った。

さらには。

 

「すみません。こんな怪しいなりの人でも、うちの兄なんです」

 

どこで覚えたのか膝詰めで問いただしたくなるような言葉ではあったが、弟は警官に対するフォローも忘れなかった。

 

そこからすぐ、愁が連れてきてくれた菜月ちゃんのお母さんのおかげで、俺の身の潔白は証明された。

菜月ちゃんのお母さんが持ち前の対人スキルを発揮し根掘り葉掘り聞き出したところによると、警官は通報によって公園に駆けつけたらしかった。

なんでも、幼女が遊んでいるのをいやらしい目で見ている若い男がいると。まったくもって大きなお世話だ。

 

騒動もあって公園でのお絵かきはその後お開きとなってしまったが、菜月ちゃんのお母さんは俺の苦労を笑いを噛み殺しながらも労ってくれた。

妹の友達の保護者が事態を深刻に受け止めず、笑い話としてくれたのがせめてもの救いだった。

 

 

  ◇  ◇  ◇



続く


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