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モノトーンの黒猫 裏話―5.思いが迷子 4

思いが迷子 4







あなたが欲しい言葉をあげる

どうぞ喜んで受け取ってくださいな





森本さんがマヤに宣言した「努力」は、早くも翌日には披露されることとなった。

朝の挨拶に始まり、授業合間の休憩時間には大した話題もなく突撃をかましてマヤにやんわりと話を流され。ついには仲の良かった女子たちが見かねて森本さんを諌めるも、彼女は全く聞く耳を持とうとしない。

猪突猛進というか、必死になりすぎて冷静さを完全に失ってしまっている。

4限の授業が終わり昼休みになってすぐ、森本さんはわたしのいる席にやってきた。


「高瀬さん」

「なに?」


呼ばれて返せば森本さんはこわばった肩の力を抜いてあからさまにほっとした表情を見せた。

無視されるとでも思ったのか。わたしだって人に呼ばれたら反応くらい返すよ。

これはいけるとばかりに嬉しそうにして、机に両手をついた森本さんが姿勢を低くして話し出す。


「あのね、今から一緒にご飯食べない? 津月さんも誘ったのだけど、彼女はやっぱり三國さんと食べるみたいだから。高瀬さんだけでもどうかなって……」


話に耳を傾けながら、意識を周りに向けてみる。

教室にいる生徒がこちらによこす視線は、苛立ちの混ざった冷たいものと、困惑気味なもののふたつにはっきり分かれていた。

これまで人目を気にするのとなくわたし、高瀬結衣を嫌いだと公言していた森本さんが、どうしてわたしに話しかけているのか。

事情を知らない人には本当に突然だった原田さんの転校の謎と合わさって、クラスの人たちの興味はそれなりに集められている。

そんな中、榎本君が疎ましそうに森本さんを睨む。こちらを慮ってくれているのはわかるけど、今にも介入してきそうな彼にはわたしが睨み返して首を微かに横に振っておく。

榎本君は一瞬間の抜けたようにぽかんと口を開けたのち、すぐに顔を引きつらせて頭を抱えてみせてくれた。ありがとう。察しが良くて助かるよ。

改めて目の前に立つ森本さんを見上げる。

視界の端では、心配そうに様子を見守る森本さんのお友達の姿が見えた。早いことあそこに引き取ってもらわないと、昼休みが終わってしまいかねない。


「森本さん、悪いんだけど……」

「あ、ひょっとして高瀬さん、いつもは水口君と食べてたりするのかな。だったら、よかったら今日は水口君も一緒にどう?」


必死だね。

ここでわたしに断られると、ますます自分か教室に居づらくなるのを彼女は知っている。

森本さんはわたしが誘いを受けるまでは引こうとしないだろう。というか、受諾の返事以外は聞かないと言わんばかりの話し方だ。こちらに喋る隙を与えようとしない。

教室前方の席にいたマヤが困り顔で立ち上がろうとするのを、軽く手を振り大丈夫だと伝えてこちらに来るのを制する。

そして再び、森本さんに向き直った。


「ちょっと質問していい?」

「いいけど、ご飯食べながらじゃだめかなあ」

「うん。その話の前に質問させて。でないと森本さんの誘いを受けるかどうかも決められないから」


顔色を青くして森本さんが口を噤む。急に教室が静かになって、廊下から聞こえる生徒の話し声が目立つようになった。

ちょっと待て。どれだけの人数がこっちに注目してるんだ。

近くにいる人が聞き耳を立てているであろうことは期待していた。話がこじれた際、いざというときの証人が必要だから教室を離れるつもりはない。だけど、聞き入る人が多いのもやりにくい。

だけどここまでくるれば引くに引けな。もう腹を決めるしかないか。


「道を歩いていた時、いきなり自分に車がぶつかってきた。そんな場面を想像してみて」

「……え?」


なにを告発されるのかと戦々恐々身構えていた森本さんは、瞬きひとつ。あっけにとられながらもわたしを凝視する。


「運転手が車を当ててきたのは故意だった。理由は『なんとなく、あなたの歩いている姿が気にくわなかったから』とでもしておこうか」

「……ねえ、ちょっと待って」


嫌だ待たない。


「幸いにも一命はとりとめて、その事故のせいで入院しているって時に、ぶつかってきた車の助手席に乗っていた人が見舞に来た。

深々と謝罪をした後に、その人が森本さんに向かって『どうぞ、これからもよろしくお願いします』とか言ってきたら、森本さんならどう返す?」


土気色になった顔を硬直させる森本さんをのぞき込んで、軽く首をかしげてみせる。彼女からの返事はない。


「それに近いものが、今のわたしの心境だと思ってもらえれば助かるよ」


椅子に座ったままのわたしは、森本さんを常に見上げている状態だ。うつむき気味の彼女の下顎が微かに震えだしたのは、はっきりと見ることができた。

今にも泣きだしそうな森本さんに、教室にいる生徒が複雑そうな視線を投げかける。

おそらくクラスの人たちは原田さんが何をやらかしたのかをうわさ程度で知っているのだろう。

原田さんが学校を去ってから、仲の良かった森本さんたちは腫物に触るような扱いをクラスでは受けていた。

この不安定な状況はきっかけひとつで簡単に変わる。いいほうにも、悪いほうにも。

森本さんをクラスの腫物から除け者に変えるのは簡単だ。だけどクラス中が森本さんを責める理由にわたしを使われるのは勘弁願いたい。


「わたしね……、高瀬さんと仲良くなれるなら、何でもするよ?」


しかし森本さんは必死だね。自分が誰かの陰口を言うのは平気でも、誰かに陰口を叩かれるのは耐えられない、と。


「それは何の奴隷宣言なのさ。別に何もしてほしくないし、仲良くなろうと努力する必要もないよ」


とうとう堪えきれず、森本さんの瞳に涙があふれた。ぽつりぽつりと机の上に水滴が落ちて、教室が微かにざわめく。


「高瀬さん、ちょっときつすぎじゃない?」

「ねえ、何もそこまで責めなくても……」

「つーかあいつ、泣いたら許されるとでも思ってんのか」


外野は黙ってろ。


「あのさ、わたし前に言わなかったかな。森本さんのことは怒ってないって」

「でも、……でもぉ……」

「……それじゃあ自分の気が晴れない? 悪いことをしてしまった自覚があるから、償おうとせずにはいられないの?」


涙でぐちゃぐちゃになりながらも、森本さんが何度もうなずく。

あほか。こちとら立場的には被害者だってのに、なぜわたしが加害者のために心を砕く必要がある。言ってやりたいところだが、これに関しては目的達成のために必要のない言葉だ。


「言ったはずだよ。わたしは森本さんを恨んでないし、怒ってすらいない。それなのに、そっちの満足のために過剰に気を使われたところで迷惑としか思えないよ」


言い聞かせるように一言一言はっきりと言葉を紡ぐ。

彼女を絶望させたところから段階を踏んで、小さなパンくずを落とすように、望んだ道筋へと導いていく。

苦しんだ後の甘い言葉は、さぞかし甘美な響きに聞こえるだろう。


「森本さんが罪悪感にさいなまれても、それは森本さんの問題だから。わたしがとやかく言う筋合いはなのだけど。それでも、わたしの気持ちぐらいはちゃんと聞いてほしいよ。

わたしは森本さんが教室やわたしのいる場所で楽しく学校生活を謳歌していても、怒ったりはしないよ」


すぐ隣であんたが笑っていたとしても、不快にはならない。気を使われて顔色をうかがってこられるほうがよっぽど不快だ。


「この先森本さんが幸せな人生を歩んだとしても、わたしはそれをひがんだりしない。きっと、マヤも」


ちらりとマヤに目を向ければ、つられて森本さんも振り返る。

離れたところで見守っていたマヤは、わたしたちに向かって頷いてみせた。

嗚咽の音が大きくなる。森本さんの涙の水量が増した。


「……行こ、……もう」


立ち尽くす森本さんに、目を赤くした女子が近寄って来てそっと裾を引っ張った。彼女はよく森本さんと一緒にいるひとだった気がする。

早く行けと手で追い払うしぐさをすれば、森本さんのお友達はわたしに小さく頭を下げて泣きじゃくる彼女を連れて行ってくれた。

だんだんと教室に喧騒が戻りだす。

やがては何事もなかったかのようにいつもの昼休みの雰囲気になるのだろうけど、そこまで待ってはいられない。

わたしも早く昼ご飯を食べに行こう。

前方のドアにマヤを待っている三國翔吾を発見した。目が合ったけど、彼のほうから興味なさげにそらしてきたのでわたしもそれ以上意識を向けるのはやめた。

マヤのほうを見れば、泣きじゃくる森本さんとお友達と何かを話しているようだったけど、騒がしくなった室内では話し声はこちらにまで届かない。

様子をうかがうわたしに気付いたマヤが、苦笑しながら問題ないと首を縦に振って伝えてきた。大丈夫そうなのはいいけど、早く話を済ませないと三國翔吾が乱入してくるよ。

おなかもすいたので、わたしは一足先に昼ご飯を食べに行くとしよう。

廊下に出る前に教室を見渡してみる。

かつて原田さんを中心に集まっていた女子たちが、涙ぐんで感動に浸る。

ようやく解放されたマヤは、カバンを持ってこちらと反対側のドアにいる三國翔吾の元へとかけていく。

三國翔吾の姿に緊張する男子と、色めき立つ女子が幾人か。

それぞれが昼休みの時間を過ごす中、時を止めたようにじっと動かない女子がひとりいた。

窓側の中央にある席に座る彼女の視線は、森本さんをとらえて離さない。わたしが森本さんと話していた時から、ずっと。

こちらが見ていることを彼女に気付かれる前に、教室に背を向け歩き出す。

どうやら今回の件。森本さんの嬉しい結果に終わったこが気にくわない女子が最低ひとりはいるようだ。

かつて森本さんたちのグループは、標的とした人間をグループのみんなで嫌悪し、糾弾することによって友情を確認し合っていた。

彼女たちのターゲットになっていたのは、わたしとマヤだけとは限らない。

森本さんたちに恨みを抱く人にとっては面白くない結果となったのかもしれないが、これ以上わたしは関わらないよ。

彼女たちとの関係は、ただのクラスメイトというだけで十分だ。

憎もうが、攻めようが、不幸に陥れようが、それはあなたの勝手にすればいい。

わたしとマヤは、ここで降りるから。




END


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