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モノトーンの黒猫 裏話―5.思いが迷子 3

思いが迷子 3




「面倒くさいね、こういうの」

「そうね」


それ以降、駅へと続く大通りには行き交うひとがそれなりに多く、わたしたちの間に会話はなかった。

道を曲がって住宅地に出たところで口を開く。


「わたしとしては、原田さん含め森本さんたちのことはここらへんで終わっておきたいのだけど。マヤの本音、聞いてもいいかな?」

「わたしの?」

「うん。このまま森本さんたちが普通に楽しく学校生活を過ごすのを良しとするか、というところ」


人間は、他人の不幸を自分の幸せにできる生き物だから。

原田さんはもういないけど。彼女に近かった人たちの反省や苦しみ、そして葛藤する姿がマヤの心の傷を和らげる元となるのなら、別にそれもありだとわたしは考えている。


「わたし、は」


こちらをうかがいながら慎重に、マヤは言葉を選んで話し出す。


「このことを、いつまでもわたし自身が引きずっていたくないの。森本さんたちとはあまり関わりたくないというだけで、彼女たちがどんな生活を送っていても意見することは何もないわ。

過去をなかったことにされるのだけは腹立たしく思う。というのは正直なところだけど。

翔吾と付き合った時から、原田さんのような人は絶対に出てくると分かっていたし、周囲の風当たりがきつくなるのもその時から覚悟していたわ。

だから、本当にもういいの」

「そっか。じゃあ別の手立てを考えないと」

「……わたしからも、聞いていいかしら?」


隣を歩いていたマヤが立ち止まる。3歩先に進んで振り返れば、緊張に揺れた瞳と視線が交わった。


「もしも、もしもよ。わたしが森本さんたちを許せないくらいに憎んでいて、彼女たちの苦しむ姿を望んだら、結衣はどうしたのかしら。というよりも、どうにかするすべが結衣にはあるの?」


なんだ。

そんなことか。


「どうとでもできるよ。それくらい」


やることは至極簡単。こちらが原田さんにされた具体的な情報をクラスメイトにさりげなく教えて、森本さんたちへの厳しい態度を貫き通せばいいだけだ。

情報はうわさとなってすぐに学校中に広まるだろう。そうなれば、あとは自然と周りが彼女たちを責める空気を作って、勝手に追い詰めてくれる。

おそらく、今の森本さんが一番恐れているのはこの事態だろう。

簡単に説明すると、マヤは額に手を当てて深くため息をついた。


「そんなこと、しなくていいわよ。周りがうるさくて落ち着かない環境なんて、自分から作りたくはないわ」

「意見が合って安心したよ。だったら森本さんは早いうちにどうにかしておかないと」

「……あの人はもう、放っておくのじゃいけないかしら」


げんなりと脱力しながらも、マヤは歩を進めだす。方が並んだところで、わたしも前へと足を動かした。


「予測でしかないけど、森本さんが仲良しこよし計画を諦めてくれないなら、放置は放置で面倒なことになるよ」

「どんなふうに?」

「最初に考えられるのは『もういい加減に許してあげたら?』とかいう、第三者の口出し。時間がたてばこれは確実に出てくるだろうね。

特に、原田さんの一件をなかったことにはできなくても、早々に終わったことにしてしまいたい大人たちは森本さんの肩を持つと思うよ」


本人も十分に反省しているのだから……。などと教職員が言い出したらアウトだ。こちらの態度が過剰な拒絶として問題視されたら、今度はわたしたちが森本さんをいじめていると言われかねない。

そうなった場合、教師は森本さんの望む仲良しの形をこちらに押し付けてくる可能性もある。子どもはみんな仲良しが一番など、一体どこの理想郷の話だっての。


「吉澤先生は知らないけど、他の先生なら『クラスメイトなんだから仲良くしなさい』くらいは言ってくるんじゃないかな。事情を知らない生徒の中にも、けなげな森本さんに同情する厄介なおせっかいがいるかもしれないし」


なんにせよ、早々に手を打って終わらせておかないと、長引けば話がこじれてややこしくなるのは必至だ。


「……なんなのよ、もう」


げんなりとうなだれてマヤは人間社会の面倒くささをかみしめているけれど、森本さんはまだ単純な部類の人間だ。


「何とかするよ。森本さんについては対処できないわけじゃない」


言い切って、明日の策を簡単に組み立てる。森本さんの出方次第だけど、おそらく一度話せばすべてを済ませることができるだろう。

あれこれ考えるわたしの横で、ふとマヤが寂しそうに口を開いた。


「わたしは結衣を頼ってばかりね」


呟かれた言葉に、頭が一瞬真っ白になった。


「……わたしの問題でもあるからね。マヤのためだけじゃないよ」


平静を装いながらも、わたしの発した声は微かに震えていて。マヤにはこの心境が伝わっていないと信じたい。

いけない。ちょっと出しゃばりすぎたな。次からは多少の面倒には目をつむって自重しよう。


「ありがとう」


こちらの気持ちとに気付く様子はなく、穏やかな笑みを浮かべてマヤは言った。


「わたしも、結衣に何かあったときはできる限り力になるわ」

「ありがたいけど、くれぐれも彼氏さんの気持ちを優先してあげてね」


でないとわたしが三国翔吾に恨まれかねない。

あの男はきっと、わたしのためにマヤが心を痛める事すら嫌がるだろう。


「そうね。結衣が気を遣わなくてもいいように、翔吾と一緒に結衣の力になるのもいいわね」


いや、それもどうよ。

ためらいもなく言ってのけたマヤに、今度はわたしが脱力する羽目になった。

少し、近くにいすぎたかな、と。

当然のように行動を共にするマヤに正直な自分を見せすぎたことを、ここにきて後悔している自分に気付く。


「それにしても、森本さんのこと、結衣はどうしてあそこまで具体的な予想ができるの?」

「それだけ場数を踏んでるんだよ」


過去に数えきれないほどの人間で遊んできたと言ったら、マヤはどんな顔を見せるのだろう。

三國翔吾はかつてのわたしの所業を知ったら、確実にマヤを遠ざけようとするはずだ。それだけのことをやらかしてきた自覚はある。

マヤとの関係を壊すのだって、きっと容易にできるはずだ。


「頼もしいわね」


そう言って何も知らずに笑うマヤに心が痛まないわけじゃない。


「そういってもらえて何よりだよ」


失ったものの代わりに、マヤを据えるつもりはない。

いつか終わりが来るのは分かっているけれど。

今はもう少しだけ、マヤとの時間を楽しんでいたい。




続く


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