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モノトーンの黒猫 裏話―5.思いが迷子 2

思いが迷子 2




その日の放課後、のろのろと帰り支度をしているわたしの元へ困り顔のマヤが来た。

「少しだけ、いいかしら」

「私はかまわないけど、彼氏さんは?」

忠犬のごとくマヤを待っているであろう男を探し、ドアへと目を向ける。

ここのところ帰りのホームルームが終了すると姿を見せていた三國翔吾が、今日はいなかった。

マヤは軽く首を横に振り、微かにこわばった笑みを見せる。

「今日は来ないわ。ひとりで帰ってみるって言ってあるの。そろそろ、わたしも前に進まないと」

あの一件以来、マヤの登下校には必ず三國翔吾が同行しているのはわたしも知っていた。

ひとりで校門前にいたときに、見ず知らずの男たちに車中に引きずられて拉致されるという、トラウマものの経験をしてしまったのだから無理もない。

「翔吾は何も言わないけれど、彼が忙しいのは知っているから。いつまでも甘えてはいられないわ」

「そこは甘やかされておけばいいのに」

三國翔吾だって心配しているだろうに。マヤに付き添いを断られて不機嫌になった男の姿が頭に浮かんだ。

ここでわたしと話していてマヤの帰宅時間が遅くなるのは大変よろしくない。

「だったら途中まで一緒に帰りながら話そうか」

「でも、わたしの家は駅側よ」

「いいよ。ちょっと歩きながら考えたいこともあったし。暗くなる前に早く帰ろう」

わたしごときが護衛なんてもってのほかだし、マヤの気休めにはならないだろうけど。彼女の心の負担を和らげるという意味では、いないよりはましだろう。

カバンを以て教室を出れば、マヤもそれに続いた。

「結衣は、強いわね」

寂しそうにつぶやかれたのは、マヤの本音だ。

「そうでもないよ」

男どもに車に押し込まれ、拉致されたのはわたしも同じ。同様の体験をしておきながら、あの一件を引きずる様を他人に見せないわたしに対しマヤが内心焦っているのは感づいていた。 


「強くなんてないから」

平気なふりをしているだけで、背後に人の気配を感じれば全身に鳥肌が立つし、今でも白い車が隣を通り過ぎるだけで警戒してしまう。

でもね、どんなに気を張ったところで、もしも二度目があったとしても。わたしの力では災難を防ぎようがないんだよね。残念なことに。

「どうせなるようにしかならないって諦めは、強さとは言えないよ」

「……それもどうなの」

「どうだろう。本気で再発を防ぎたいなら、打つ手はあるのだろうけど」

涼くんや、柳さんという大人に相談したり、凍牙に取引を持ち掛けたり。皇龍の要求を呑んで、見返りに護衛を求める事だって今なら可能だ。

「でもね、誰かに守ってもらったり、警戒して外出を控えたとしても、これは『この日まで警戒していらば大丈夫』みたいな具体的な期限のない漠然とした不安だからね。

わたしの場合はいっそのこと開き直ったほうが疲れないってだけ。一生を添い遂げて支えてくれるパートナーだってわたしにはいないんだから」

「……それって、翔吾のことかしら」

照れを隠して怪訝な顔をするマヤはかわいい。

「送り迎えはマヤのためってのもあるけど、彼氏さんはマヤと一緒にいることで自分も安心したいのだろうから、もっと甘えて好きにさせておけばいいとわたしは思うよ。

終わったはずの一件に、直接じゃないけど関わっていた人が彼女に接触してきたとなったら、彼氏さんも不安に拍車がかかるだろうに」

昇降口で下靴に履き替えていたマヤの手が止まる。

「見ていたの?」

「昼休みに森本さんと話していたところなら。ちなみにわたしも彼女とは週末に話をしている」

「……そう」

ローファーに履き替え、かかとで地面を軽くけった。

ふたりで校舎を後にして、校門へと歩く。口を噤んで遠い目をしていたマヤが、学校の敷地をまたいだところで疲れたように息を吐いた。

「頑張るって、言われたの」

「何を?」

「許してもらえるように、いつかわたしたちと仲良くできるように――、これから頑張るって」

「わたし『たち』って。ひょっとして、わたしも森本さんの仲良し希望に含まれているの?」

マヤが神妙な面持ちで首肯する。

これは、予想の斜め上を突っ走ってきたな。勘弁してほしい。


「高瀬さんと、津月さんのような関係に、いつかは自分もなりたいって」

「すがすがしいほど自分に忠実に生きてるね、彼女」


いらいらするから人を嫌って、攻撃して。謝りたいから謝って。深い関係を築きたいから、そのために動く。――いや、この場合はわたしたちと関係を深くするのが本当の目的ではないのか。


「それで、マヤはどう答えたの? というか、彼氏さんは怒らなかったの?」

「翔吾は怒っていたけれど、最後まで口を出さずに対応はわたしに任せてくれたわ。森本さんには仲良くとか、今はとても考えられないと言ったのだけど、『いつかはそうなれるように、明日から頑張る』って言われてしまって」

「そうか、うん。知らせてくれてありがとう」


次の日になって訳も分からないまま森本さんと顔を合わせるよりも先に、対応を考えられる。これは大きい。




続く


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