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モノトーンの黒猫 裏話―4.怒りの矛先、行方は知れず 2

怒りの矛先、行方は知れず 2


  ☆  ☆  ☆



はじめはグループの中で、気に入らない子の不満を言い合うだけだった。

みんなに心の内を話せば、クラスにその子がいることに対し苛立ちを感じているのは自分だけじゃなかったのだと、安心できた。

陰鬱とした思いを抱くのひとがわたし以外にもいるのなら、この苛立ちは正しいもので、あってしかるべきだ。自信が持てた。

最初は態度で、次第にそれは言葉に変えて。クラスにあなたがいることに対し、不快に思う者は多数存在すると彼女に教えてやった。

彼女にわたしたちの話している言葉は聞こえているはずだ。だけど彼女は、まったく気にしたそぶりは見せようとしない。

人に嫌われることを何とも思っていないのか。徹底してわたしの存在は彼女から無視され続けた。

彼女に向ける感情が、次第に苛立ちから焦りに変化する中、ある日ふと目が覚めたように思い至った。どうしてわたしはこんなにも彼女に執着しているのだろう、と。

グループのみんなは変わらず、彼女の悪口を言い合っている。

楽しそうに。それが正しいことなのだと、信じて疑問すら持とうとせず。

一度抱いた疑念は頭の中から消えてはくれない。そのころから彼女――高瀬さんに対する苛立ちよりも、人をけなして笑う友人たちへの不快さが日々高まっていった。

おかしいとは思ったけれど、それを言い出す勇気はない。


グループのみんなに嫌われるのが怖かった。


高瀬さんを庇う発言をしようものなら、きっとわたしはグループから追い出されてしまう。

罪悪感にさいなまれながらみんなと話を合わせて高瀬さんに悪口をぶつける毎日は、心境に変化があった後も続いていた。

「ねえ、高瀬の靴箱に忠告書いた手紙を入れてやらない?
あんなキモイのが水口君なんかと親しくしてるなんて、もはや公害以外のなんでもないよね?」

仲良しグループの中心的人物、マユとふたりでいたときに、そんなことを提案された。

気乗りはしなかったけれど断る方法も見つからず、わたしはマユに賛成の意を伝えた。

手紙を用意したのはマユで、人気のない時間を見計らいわたしが昇降口にある高瀬さんの靴箱に手紙を放り込んだ。

一連の流れが儀式のようだった。

お前も共犯なのだと、マユに突き付けられているような気がした。

逆らえば、わたしも高瀬さんや津月さんと同じ扱いを受けるのだと。マユはわたしにそう言いたいのじゃないか……。

そのことがあってから、グループのみんなの機嫌を損ねないために、これまで以上に気を遣うようになった。

「ねえ、ちょっと購買でお茶買ってきてくれない?」

同じころから、みんながわたしに頼み事をすることが多くなったのは気のせいだと信じたい。

マユの高瀬さんと津月さんに対する憎悪は日を追うごとに増していく。

それはもはや執着と言っても過言ではない。

グループのみんなも言動についていけず、何かに気付いたように目を覚ますひとがひとりふたりと出始めて。

その友達がさりげなくマユに意見すれば、マユは過去にわたしたちの言った言葉を引き出してきて正しいのは自分なのだと証明する。

次第に、マユが話をするときは必ずと言っていいほど自分の意見に同意を求めるという癖が気になりだした。「そう思うよね?」と言われても、以前のようにすぐにはみんな頷けなくなっていった。

みんなの心がマユから離れていく。その間も、マユの高瀬さんたちへの憎しみは消えず。

「高瀬と津月がさあ、男に襲われるようなことがあったらいい気味だと思わない?」

マユの言ったことは、冗談だと思った。

そんなこと起こるはずがないと高をくくっていたから、わたしたちはその話題については適当に相槌を打って話を合わせるにとどめた。

だけど、間もなくマユからわたしのスマホに送られてきた上機嫌なメッセージを見て、あの言葉が本気で放たれたものだと思い知る。

――やってやった。高瀬、津月、ざまあ――、と。


絵文字とイラストで装飾された得意げな一言に、血の気が引いた。

次の日、津月さんは学校に来なかった。

遅刻してきた高瀬さんの顔には痛々しいあざができていた。

マユの言ったことは、本当だった。現実味のないことが、彼女たちの身に実際に起こってしまったのだ。


もう、限界だ。わたし一人では背負いきれない。

高瀬さんに怒りや苛立ちを感じる以上に、友達のはずのマユが怖くて仕方がなかった。

「どこ行くの?」


授業の合間の休憩時間。

教室を出ようとしたわたしにマユが声をかけてきて、緊張が走った。


「トイレだよ」


震えそうになる自分を叱咤して、笑顔で応えた。


「ふうん。一緒に行こうか?」

「ううん。手を洗ってくるだけだから、大丈夫だよー」


悟られるわけにはいかない。

平静を装って、息をするように嘘を並べていく。

「そっか。早く帰っておいでよ。もう授業始まっちゃうから」

「うん」


マユの視線を背中に感じながら、駆け足で階段横にあるトイレへと飛び込み、個室にこもった。

心臓がバクバクする。わたしが今からやろうとしていることは、友達への裏切りだ。

じっと息をひそめる。次の授業のチャイムが鳴ったと同時、意を決して鍵を開けて手洗い場を飛び出した。

鐘の音は続く。廊下に人はほとんどおらず、わたしたちのクラス、1年2組の教室まで障害物なく見通せた。

1年2組のドアの前では、マユがじっと立ち尽くてこちらをうかがっていた。
息が止まる。

わたしたちの距離は数十メートルほど。急いで走れば授業が始まる前に、余裕でわたしは教室へと戻れるだろう。

マユは笑っていなかった。試すように、無言でわたしを見つめるだけ。

目の奥が熱くなって、次から次へと感情がこみ上げる感情に歯を食いしばった。

どうしてこんなに苦しいのか分からない。誰かわたしの心の中をわたし自身に教えてほしい。

チャイムが鳴りやむ。マユの視線を振り切って、わたしは教室に背を向けた。
全速力で階段を下る。

もう、後戻りはできない。

わたしは縋りつくように、職員室にいた担任の吉澤先生に助けを求めた。



その後。


「原田マユだけが悪者じゃねえ。お前らが津月たちにしてきたことは、ごまかしようのないいじめだ。自覚がないのなら、今ここで思い知れ」


わたしたちグループを会議室に呼び出した吉澤先生は、そう断言した。

事態はわたしの知らないところでも動いていたようで、一連の事件は学校でも大きな問題として取りざたされ、結果、マユは学校をやめた。

逃げたのだと。わたしたちを置いて、学校に来るのが気まずくなったからマユはひとりで楽な道を行ったのだと。吉澤先生に怒られながら、グループのみんなが思ったに違いない。

わたしも、マユがいなくなったことに安堵しながら、これからの学校生活に不安を感じているのを自覚していた。

表立ってみんながマユを非難しなかったのは、吉澤先生と、そして津月さんまでもがわたしたちに「マユだけを悪者にするのは間違いだ」とくぎを刺してきたからだ。

事件の後わたしたちは吉澤先生に場を設けてもらって、高瀬さんと津月さんに謝罪した。その時も、高瀬さんはわたしたちに最後まで無関心だった。

あれ以来、グループの中でマユのことを話題にするのはタブーとなった。

ぎこちなさを残しながらも、原田マユという友達など最初からいなかったかのようにみんながふるまう。

わたしたちの中心であった彼女が消えても、何の問題もなく日常は過ぎていく。友情とは何てあっけないものなのだろう。

このむなしい気持ちを誰かに打ち明けられるわけもなく。

表面上は変わらぬ日常を取り戻したけれど。

心の中にたまった言いようのないもやもやは、いつまでたっても消えてはくれなかった。


続く


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