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モノトーンの黒猫 裏話―4.怒りの矛先、行方は知れず 1

怒りの矛先、行方は知れず 1

皇龍編の別視点の話


☆ ☆ ☆



第一印象は、暗めで地味。気が弱くて大人しそうな女の子といった感じだった。

同じクラスになったとはいえ、彼女に対して特別気に留めることはなく。

影の薄い彼女とはそう話す機会もないままに1年を終えてしまうのだろうとその時は思っていた。

高校に入学して間もなく、彼女が津月さんと一緒にいるところをよく見るようになる。

どうやら顔に似合わずしたたかな性格をしているようだ。

あの有名な、女子の憧れの的である三國翔吾さんの恋人に、ああも気軽に話しかける彼女――高瀬結衣というクラスメイト。

彼女は明らかに身の丈に合わない恋人を持った津月さんを取り巻く、教室のよそよそしい空気を分かっているのか、いないのか。

友達のマユは高瀬さんに対し「自分だけ津月さんにいい顔をしてポイント稼ごうとしているのってずるいよね」と入学当初からよく憤っていた。

いや、マユだけじゃないか。

わたしや、マユを中心に集まっている友達はみんな津月さんと行動を共にする高瀬さんが気にくわなかった。

昼休み、津月さんは三國さんの元へ行ってしまい、高瀬さんはひとりで昼食をとることとなる。

友達よりも恋人を優先する津月さんを表立って非難しながら、いつも心の中で津月さんに三國さんを紹介してもらえない高瀬さんを「ざまあみろ」と嘲笑っていた。これはきっと、みんなも同じ。

季節が春から夏へと変わる。

高瀬さんと津月さんの関係は、日を追うごとに仲が良くなっているようだった。

特に高瀬さんの変化は顕著なもので、彼女はほかのクラスメイトに対しては必要最低限の受け答えしかしないのに、津月さんとだけは会話のキャッチボールが成立するようになってきた。

津月さんも、わたしたちには顔色をうかがって遠慮したような話し方しかしないくせに、高瀬さんとだけは楽しそうに、気を遣うことなく接している。

彼女たちが仲良くなればなるほど、苛立ちが心の底からこみ上げた。

どうしてかなど知る由もない。当時の自分は、とにかく焦っていた。

そんな中、津月さんに変化があった。なんでも三國さんと別れたらしい。

知らせをマユから聞いたとき、得体のしれない焦燥は強い達成感へと変わり心に愉悦をもたらした。

思いつめた顔をしてひとり教室で弁当を食べる津月さんを見て、自業自得だと嘲笑った。友達――高瀬さんを大事にしなかったから、あんたはみじめに独りで昼食をとることになっているのだ、と。

だけど、そんな楽しい時間は長く続くことはない。

ほんの数日のうちに、津月さんは三國さんと仲直りをしてしまい、ふたりは恋人同士の関係に戻ってしまう。あまりにもあっけない離別期間だった。

高瀬さんと津月さんの親密さも変わらずで、また苛立ちと焦りにさいなまれた日々を過ごさなければならないのかと、仲のいい友人たちと強く嘆いた。

彼女たちを見ていると、どうしてこんなにも感情を乱されるのか。探せど理由は見つからず、ただ津月さんたちを前にこみ上げてくる憎しみにも近い感情にさいなまれながら日々が過ぎていく。

救いだったのは、苦しみを抱いているのがわたしだけではなかったということ。

仲のいいグループの、特にマユの彼女たちに対する憎悪は相当なもので、口を開けばふたりの陰口しか出てこない。自分の悩みをマユが代わりに言葉にしてくれているようで、安心できた。

わたしたちは、高瀬さんと津月さんを完全に否定するマユの言葉に賛同し続けた。

ある日のこと。

マユたちと廊下でしゃべっていると、教室から出てきた高瀬さんがわたしたちの前を通り過ぎた。

ここぞとばかりに聞こえる声で彼女の不満を話し合うわたしたちに、彼女は相変わらず見向きもせず階段のほうへと離れていく。

「はっ、強がって平気なふりして馬鹿みたい。あいつ、どうせあたしたちのいないところでこっちの悪口を津月と言い合ってるんだよ。絶対そうだよね?」

マユの言葉に、みんながそうだそうだと頷いた。

根暗で無愛想で。能面みたいな顔をしたコミュ障女め。

口々に彼女について話しながらふと思い出したのは、入学式があった日に教室で自己紹介をした高瀬さんの姿だ。

どうしてわたしはあの時の彼女を気の弱い大人しそうな子だと評価してしまったのだろう。

確かに声は荒げないし、静かなやつではあるけれど。彼女は人並み以上に気が強くて、とてもしたたかだ。

こっちの敵意にだって暖簾に腕押し、糠に釘。全く気にしたそぶりを見せないし。

ひょっとして、彼女は苛立つわたしたちを観察して楽しんでいるのではないか? だとしたらものすごく腹が立つ。いったい何様のつもりだ。

想像を膨らませて憤ってはみたものの、すぐにそれはないかと考えを改めた。

結局のところ、高瀬さんはわたしたちのことなんて全く眼中にないだけなのだろう。入学したころから、今も。

マユをはじめ、わたしたちのだれも、彼女に関心を示されてはいないのだ。

――こっちがこんなにも、腹を立ててあからさまな怒りをぶつけているのに――?

その事実に思い至ったわたしは、急激な寒気に見舞われた。

「どうしたのー?」

「……ううん。何でもないよ」

グループの中でも特に仲の良い友人が首をかしげて聞いてきたのを何とかごまかし、心を落ち着かせるよう努めた。

目の前で繰り広げられている高瀬さんの陰口は聞こえていたけれど、頭の中にまで入ってこない。

気付いてしまった。

高瀬さんは高校に入学したころから、わたしたちへの接し方や態度が全く変わっていないという事実に。

怒りや嘲笑、時には哀れみも。わたしたちはこれまでにたくさんの感情を彼女にぶつけてきた。

そんな中で、彼女からわたしたちに向けて何かしらの反応が返ってきたことは、これまでに一度でもあっただろうか――?

話しかければ、言葉は返ってくる。だけどそれは端的なもので、好きや嫌い、喜怒哀楽といった心を乗せた受け答えには程遠い。

足元が揺らいだ。

苛立ちの対象でしかなかった高瀬さんという存在が、人とは違う異質なものに思えてしまった。

「どーしたの? さっきからぼおっとしてるよ」

友達が心配そうに聞いてくる。

とっさに動揺を隠して、笑みを顔に張り付けながら首を横に振る。

不思議そうに、みんながわたしに注目する。グループのみんなとわたしだけ歩調がずれてしまったことに、冷や汗がこみ上げた。

「それにしても、高瀬さんって不気味だよね。これだけ嫌われてるってのに、本人は態度とか全く改めようとしないし。なんか、からくり人形でも見ている気分になっちゃうよ」

必死に空気を呼んで明るく言い放った言葉の裏には、誰かがわたしの気付いた異常を察してくれないかという嘆願が込められていた。

みんなは一瞬きょとんとした後、はじけるように笑いだす。

「確かに! 全く表情とかも変わらないし。ひょっとしたら能面張り付けて歩いてるのかもね」

「からくり人形って、うける。ほんと、今時AIだって愛想がある時代だもんねー」

「人の皮張り付けて動いているけど、あれの中身無機物説が出てきたよコレ」

盛り上がっていく話題から、ひとりだけ取り残される。今までに感じたことのない焦りがにじみ出るのを抑えられなかった。

違うよ。わたしが言いたいのは、そういうことじゃない。

高瀬さんが無機質なからくり人形だというのなら、そんなものに怒りを感じて不満をぶつけているわたしたちは、一体なんなのだろう。

不意に動かないマネキンを囲んで悪口を言い合い、楽しんでいるわたしたちのイメージが頭に浮かんだ。それが今、廊下で話しているわたしたちにぴたりと重なり、高瀬さんをけなして笑うこの様子がひどく滑稽なものに思えてきた。

用事が終わったのだろうか。

階段から現れた高瀬さんが先ほどと同様わたしたちの前を通って教室へと帰っていく。

待ってましたと言わんばかりに、彼女に聞こえる声でみんなは悪口や嫌味を口々に放つ。

高瀬さんは変わらない。

わたしたちに憤ることもなければ、苛立ちをあらわにすることもない。そもそも彼女は、こちらに一切の興味を示そうとしない。

そのときから、彼女に対するわたしの抱く感情は怒りや苛立ちから、畏怖と恐怖に変化した。

高瀬さんが津月さんと仲良くする姿にも、とりわけ不満を感じなくなった。わたしの心境の変化がどう作用してそうなったのかは、自分でも分からない。

だけどわたしは、今日もマユたちと一緒に高瀬さんたちの陰口を言い合っている。

みんなの考えを否定して、マユの怒りを買うのが怖い。

マユ意見をして、機嫌を損ねて仲間外れにされたらどうしよう。

高瀬さんのように、わたしの陰口を言われたらどうしよう。

みんなに気を使って、思ってもみないことを口にする日々が続く。

あんなに楽しかったグループのみんなと一緒にいる時間が、いつしか苦痛なものに変わっていた。


  ☆  ☆  ☆

続く


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