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モノトーンの黒猫SS 柳さんと結衣

柳さんと結衣





平日の早朝、開店前のカフェ、カプリスに柳さんがいるのは別に珍しいことでもなんでもない。

朝のバイトで出勤したわたしが店内の清掃をしている間、カウンター席でコーヒーカップを手にして優雅にくつろいでいようが、好きにしてくれたらいい。

あなたの店の準備はどうしたとは、思っていても口にはしないでおく。柳さんの行動については心配するだけ無駄だ。

「お、高瀬。今日は占い山羊座が一位らしいぞ。これはもう買うっきゃないよな、宝くじ」

数え終えた釣銭をレジに入れたところで、そんなことを言われてカウンターの方へと目をやった。

さっきまで厨房にいる静さんと話していた柳さんだが、今はスマートフォンをこちらに向けてにやりと笑っている。

ほんと、朝っぱらから楽しそうなひとだ。

「……宝くじについてはどうぞお好きにとしか言いようがありませんが、それをなぜわたしに確認してくるんですか?」

「そりゃあお前、迷った時に誰かに相談ってのは基本だろ。高瀬が背中を押してくれるなら、俺は今すぐにでも売り場に直行するぞ」

「それは相談ではなく責任のなすりつけですよね。わたしは買えとも買うなとも言っていないので、くじの結果がなんであっても変にいちゃもん付けるのはやめてくださいね」

そもそも柳さんは占いに影響されて動くような性格じゃないだろう。今日も今日とて朝っぱら遊ばれているのかわたしは。

毎回やられっぱなしなのが気にくわない。なにより柳さんの望んだ通りに動いてしまう自分自身にも腹がたつ。

「柳さんが星占いを信じることについては何も言いませんが、占いの結果をひとに押し付けるのはどうかと」

流されまいと努めて冷静に言い返すわたしに対して、柳さんは肩をすくめ首を傾げてみせた。

「占いの結果なんざ押し付けてねえよ。たまたま星座のランキングで山羊座が一位だったのを見て、金運がどうのって書いてあったから宝くじが思い浮かんだだけだしなあ」

「それのどこが占いに影響されてないと言えるんですか」

「言える言える。そもそも俺、山羊座じゃねえから」

……この男は。

柳さんのさも当然とばかりの態度に呆れを通り越し、形容しがたい感情が冷静でいようとする自分をなぎ倒す。

これは怒りではない。断じて。

「占いがどうとかはもう二度と言いませんから、注目するのはせめてご自身の星座にとどめてもらえませんかねえ」

「だってよー、一位が一番目立つようになってたら、誰だってそこに目がいくだろ」

「そしてほとんどの人間はコンマ1秒もかからず興味が失せて自分の星座が何位かを探すでしょうね」

「おーおー、みんな自分が大好きで一位はどうでもいいってか。そりゃまた冷たい世の中だなぁ」

「日替わりでランダムに回ってくる一位を取って、それで褒められたとしても虚しいだけでしょう」

まずい。話の方向がおかしくなってきた。

柳さんを避けて逃げるように厨房へと足を進めれば、料理の下準備に取り掛かっている静さんがくすくすと笑っていた。

なんだかんだでこのひとも楽しそうだな。

「静さん、レジの釣銭確認できました」

「ご苦労さま。ありがとう」

店の清掃とレジの準備が済めば、わたしの朝の仕事は終わる。

バックヤードで制服に着替えて、登校の準備をしたら再び店へ。

「学校が終わったらまた来ます」

「おー行ってこい。よっしーによろしくな」

柳さんのいう「よっしー」とはわたしの担任の吉澤先生のことで、二人は腐れ縁とも言える友人の間柄なのは知っているが、何をどうよろしくしろと。

「行ってらっしゃい。お昼から雪になるみたいだから、今日は早めに閉めるかもしれないわ」

「分かりました」

静さんの朗らかな声に毒気を抜かれて、素直に頷く。

夫婦に見送られ、カプリスを出て学校に向かう。

柳さんとの今朝のやりとりは、この際忘れることにする。いつまでも引きずっているのも、なんだか柳さんに負けた気分になってそれはそれで悔しい。

次はもっと上手くあしらって切り抜けないと。

高校へ向かう道中で、柳さんを思い浮かべたのはそこまでだった。

ビルの間を吹き抜ける風は冷たく、上空の雲はどんよりと重い灰色だ。滅多に降らない雪は楽しみだけど、寒いのは嫌だ。

今にも降り出しそうな空の下。寒さに首を縮こませながら、学校への道を急いだ。



END.

――――

結衣は1度苦手意識を持ってしまうと、余計な力が入って泥沼にはまってしまうタイプかと。いつか負かしてやろうという反抗心は常にあるので、おそらく当分は柳さんが飽きることはない。


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