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モノトーンの黒猫SS 初詣

初詣




心の中でゆっくりと3秒間。

目を開いて隣を見るとうつむき気味に瞳を閉じた静さんの横顔が。

胸の前で手を合わせた彼女はなかなか動く気配を見せなくて、早々に切り上げてしまった自分がなんだか少しだけ居たたまれなく感じた。

アルバイト先のカフェ「カプリス」は、店主である静さんの他、従業員はわたしだけだ。

1月4日。カプリスは正月休みを終えて新年最初の営業となるのだが、せっかくだからその前にと、静さんとわたしは近所の小さな神社にお参りに来ていた。

時刻は6時30分。朝が早いだけあって境内に人気はない。

お参りを終えて店まで帰る途中で、スーツを着た人と何人かすれ違った。年明けの連休から一転、本日よりいつもの日常が再開する。

「結衣ちゃんは三が日に初詣には行ったの?」

「いいえ。今日が初めてになりますので、ちょうどよかったです」

神社にお参りに行ったからといって、特に神様にお願いすることもないけれど。新年の抱負があるわけでもなく、今回も無心で手を合わせていただけだった。

そういえば、と。

横を歩くひとはあの柳さんの奥さんだ。どちらかというと現実主義に近い考え方のひとだと勝手に判断していたけれど、実際はどうなのだろうとふと疑問が頭に浮かぶ。

「静さんは神様のこと、信じてますか?」

お参りの帰りに聞くようなことじゃないと思いつつ、興味があったので聞いてみる。

そうねえと言いながら、彼女は何かを思い描くように空を仰いだ。

「もちろん。わたしの神様は虎晴くんだもの」

……静さん、それなによりも信仰してはいけないやつだ。

目を丸くして固まるわたしの隣で、落ち着いた雰囲気のまま彼女は目尻にくしゃりとしわを寄せた。

「宗教的なことや、本当のところは分からないわ。幽霊と一緒で、証明はされていないけど存在していても何も不思議じゃないもの」

うん。幽霊を引き合いに出してくるのは予想外だった。

「でも、もし神様がいるのなら、それはきっと虎晴くんみたいなひとなのよ」

「柳さんみたいなひと、ですか?」

「ええ。自分に嘘はつかなくて、やりたいことを我慢しない。普段は特等席から物事を観察しているけれど、時々気まぐれに手を貸してくれる。

本当に神様がいらっしゃるなら、わたしはそんなひとだと思っているの」

ね、虎晴くんそっくりでしょうと、静さんはいたずらっ子のように笑う。なるほど。

「それに、わたしは虎晴くんの気まぐれがなかったら、こんなに幸せに生きれてはいなかったでしょうし。やっぱり、わたしの神様は虎晴くんだわ」

放たれた言葉に、なにも返せなかった。

夫婦であるということ以外、静さんと柳さんの関係について詳しくは知らない。でも、ふたりの仲がとてもいいのはよく分かっているし、静さんたちが毎日楽しく暮らしているのは明白だ。

だからわたしも、カプリスで静さんと仕事をするのはとても楽しい。

鍵を開けて入ったカプリスの店内は、外とは違い風がないためか少しばかり暖かく感じられた。

今から今年最初の開店準備が出来始まる。

「仕事、頑張ります。今年もよろしくお願いします」

朝一番に出勤した途端、静さんが「おはよう。年初めだし、お参りに行きましょうか」ときたものだから、言いそびれてしまっていたのを思い出し、改めて深く頭を下げる。

「頑張るのはほどほどにね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

静さんは綺麗な姿勢で丁寧におじぎを返してくれた。

今年1年も、カプリスの仕事は真面目に頑張ろうと心に決めた。



END


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