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モノトーンの黒猫 裏話―3.その心の名前は

裏話—3.その心の名前は

モノトーン編中5-7終了後の出来事です。


  ☆  ☆  ☆

「少しはしたたかに生きたらどうだ」 



喫茶店の厨房で、腕を組んだ柳さんが俺に言った。


 
「望みのままに動いてやるのは優しさじゃねえ。あいつにとってこれは嬉しい結果かもしれないが、お前には喜べるもんじゃないだろ」



親指で柳さんの示す先、壁を隔てた隣の部屋では現在、結衣が眠っている。情報に踊らされた皇龍の末端連中に逆上され、階段から突き落とされた結果だ。

全身に擦り傷はあるものの、目立った外傷が腕の捻挫だけで済んだのは奇跡だった。落下の際に打ちどころ悪ければ、最悪の事態も十分あり得た。


こうなることを回避する方法はいくらでもあった。街中で中学の同級生たちが声をかけてきたとき、結衣を逃がすために先に行かせたことが悔やまれる。


気を失った結衣に休む場所を提供してくれた柳さんは、普段と変わらず笑みを浮かべて俺に応対していたが、その態度からは若干の苛立ちを垣間見ることができた。


柳さんにしては珍しいと、感心してはいられない。


精神的に余裕がないのは俺も同じだ。 


「そもそも、あいつと皇龍が出会うきっかけを作ったのはあんたでしょう」 


柳さんの面白半分の策略がなければ、結衣はこの街の高校に進学はしなかった。
皇龍という厄介な組織に目を付けられることも、あらぬ誤解を生んで目の敵にされるような真似も。 



「なんだ、珍しく反抗的じゃねえか」 


眼前にいる男からは、普段の調子のいい明るい口調が消えた。棘のある空気が肌に刺さる。


櫻庭さんとは比べ物にならないほどの威圧感に、余計なことを言ってしまったと心の中で舌打ちした。 


「責任の所在なんざ議論する気は元からねえんだ。俺が高瀬と皇龍のガキどもを引き合わせる原因を作ったってんなら、今日高瀬が一人でガキどもと対峙する羽目になったのは、一体誰の配慮が原因だ?」 



柳さんが呆れて盛大なため息を吐き捨て、気だるそうに髪をかきむしる。 


「俺が悪い? お前が悪い? 笑わせんな。
だったら高瀬が一人で地元を離れるきっかけになった武藤は。
あいつがこの街に越してひとり暮らしすることを許可した高瀬の保護者は。
末端まで統率しきれなかった皇龍の上層。馬鹿なあおり方をした西の馬鹿ども。高瀬を突き落とした張本人。
なにより敵視されるのも想定しながら、皇龍に自分の事情を言おうとしなかった高瀬自身はどうなんだ。
責任の所在を明らかにして誰か一人が償えば終いになることじゃねえんだよこれは」 


話を逸らすなと、柳さんが半眼で俺をにらむ。 



「俺が言いたいのはそんなんじゃねえ。今日高瀬に起こった災難もこの際どうでもいい。
水口、お前はこれから先も高瀬の望むがまま、あいつの意志に追従するだけの立場で満足なのかって聞いてんだ」 


――満足? 別に俺は、自分が満たされるのを目的として行動しているつもりはない。


下心がないとはさすがに言い切れないが、俺が結衣を助ける理由としてそれはあまりにも弱い。 


「憧れは恩に成り得ませんか」


「憧れ? お前が、高瀬にか?」


「大きな借りがあるんですよ。あいつらには」



これ以上は柳さんも、ましてや結衣本人も知らなくていい。俺の心の問題だ。


結衣に対して、かつての恩に報いようと必死になるつもりもないが、こいつらが困っているなら手を貸してやるのもやぶさかでない。


「いずれ、あいつは武藤の元へ戻るでしょう」


「まあ、そうなるだろうな」 



ならばなおさら。 


「収まるべき場所に、あるべきものが収まるのであれば、それ以上に望むことはありませんよ」


「違うだろ。見た目に反してお前は今時はやりの草食系男子か。てめえはもっと強欲になることを憶えろ」



苛立ちで頭がやられているのか、今日の柳さんは会話が的を得ない。 


「ガキみたいに駄々こねて、理不尽を嘆くぐらいしたらどうだ。毎回毎回会うたびにくっそつまんねえ顔しやがって」 



そして今度は何の文句だ。


ぶつぶつと愚痴を垂れる柳さんについては適当に聞き流し、壁の向こうで眠る結衣に思いをはせる。


お前が武藤の元へ戻るというのなら、それ以上の最良はないだろう。


柳さんが俺になにをさせたいのか、知ったところで期待に応える必要性が見当たらないなら考えることもない。


俺はただ。



――凍牙、と。



俺自身を見て、俺の名を呼ぶこいつが心から笑っていられるなら、それで十分だ。

  ☆  ☆  ☆

end.


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