モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 裏話—2.優しい兄の裏側

裏話—2.優しい兄の裏側

本編After「いわれ」の完結後の出来事です。


 

  ☆  ☆  ☆

最近、ついてないことが多すぎる。

ついこの間までは普通にできたカラオケボックスでのオールは、店員に身分証の提示を求められ年齢を理由に断られた。

ゲームセンターで友達と普通にはしゃいでいたら「他のお客様の迷惑になりますので」なんて言われて店から追い出されるし。

いつもつるむ友達もこの頃はなんだか自分に対してよそよそしい気がする。ちょっと前までは自分の言うことにはなんでも賛同してくれたのに。なんというか、みんな反抗的なのだ。

親もうざい。大して偉くもないくせに、やたらときれいごとばっかり言って自分の行動を縛ってくる。わたしが何をしても見て見ぬふりをしてた奴らが、今更遅いっての。

イライラが止まらない。とにかく年が明けてからの自分の運勢は最悪すぎる。

いや……、正確には昨年末に、妙な男女に絡まれて以降、か。

街を仲間たちで歩いていたときに話しかけてきた、自分と年もそう変わらないであろう2人組。

不気味なほどに落ち着いていて、人を見下したような態度が癇に障った。思い出しただけでも腹が立つ。

自分の運ががとことん悪くなっていったのも、あいつらに会ってからだ。それまでは面白いおもちゃも見つけられて楽しかったてのに。

あいつらは疫病神だったんじゃないかとすら思えてくる。出会ってしまったから、自分の周りでは不幸ばかりしか起こらなくなってしまったとか。

 

 

今日だってそう。

遊ぶ約束をして待ち合わせをしている友達が、いつまでたっても来ない。

12時にファミレスで会って、昼ご飯を食べてから適当にうろつこうってことになってたはずなのに。

ここは日奈守駅にほど近いファミレス。バイトにカッコイイ男の人がいるってことで友達間では結構有名な店だったりする。

イライラする。待ち合わせ時間を5分過ぎた。テーブル席で注文もせず待っていてあげてるのに、どうして友達2人はこないのか。

いい加減に文句を言ってやろうとテーブルに置いてあったスマホを手に取ろうとした時だった。

 

「ここ、ちょっといいかな」

 

頭の上に影が落ちて、ふと見上げれば知らない男が声をかけてきた。

明らかに年上。20代くらいの男が2人。笑みを絶やさない細身の男と、いかつい顔をした筋肉質の大男。

彼らはこちらのことわりもなく、このテーブル席へと腰を落ち着ける。

自分を奥側に押し込むように大男が隣に座ったため、席を立つことができない。

戸惑うこちらに構いもせず、細身の男が自分の正面に置かれた椅子に着く。

 

「心配しなくていいよ。君のお友達はまだ来ないから」

「はあ?」

 

低い声を出して彼らを睨みつけた。

細身の男はそんなわたしを前に目を細めて頬杖をつく。視線は一瞬たりとも自分から放そうとしなかった。

 

「……どいてよ」

 

意を決して自分の隣に座る大男にはないかけるも、奴は完全無視を決め込んで岩のように動かない。

 

「別に怖がらなくていいよ。取って食おうってわけじゃないんだし」

 

そう言う細身の男だが、表情はどこまでも楽しげだ。獲物を前にした肉食獣しか連想できない。

訳が分からない。どうして自分がこんな奴らに目をつけられなきゃいけないのだ。

とにかく、店の人に助けを求めないと。

テーブルに設置されている呼び出しボタンを連打した。静かな店内に何度もコールの音が響き渡る。

遅い。なんですぐに来てくれないのよ。

血の気を失いつつ耐えに耐えて待った。数十秒後、ようやくウエイターがテーブルに歩み寄っきた。

よかった。これで助かる。早くこいつらを店から追い出してもらわないと。

テーブルに来たウエイターが、仲間内からカッコイイと評判のあの人だと分かってテンションが上がる。

ウエイターは無表情かつ無愛想だったけど、今はそんなのを気にしてられない。

軽く腰を上げてこの状況を何とかしてもらおうと彼を見上げたのに――。

 

「どうぞ」

 

明らかに困惑しているわたしを無視し、ウエイターは机の上にイチゴパフェをぞんざいに置いた。そして何事もなかったかのようにテーブルを離れていく。

 

「ちょ、ちょっと!」

「おい」

 

焦る自分の声と、隣にいる大男の声が被る。ウエイターは足を止めて振り返った。

 

「灰皿」

「かしこまりました」

 

大男の要求にウエイターは頷き、奥から銀色の灰皿を持ってきた。つーかここ禁煙席なんだけど。

困惑を隠しきれないわたしの前に細身の男がイチゴパフェを指差した。

 

「食べていいよ、俺のおごりだから。ここ来た時はいつもそれ頼んでるでしょ。○○中学校、3年1組の――さん?」

「……へ?」

 

何ともなしに言われたけど、なんでそんなこと知ってんのよ。……名前まで。

 

「あんたひょっとしてストーカー? まじきもいんだけど」

 

虚勢を張って吐き捨ててやると、ガンっという大きな音がした。

このテーブル席からじゃない。通路を挟んだ隣の席にいた男が、勢いよくテーブルの上に靴をはいた足を振りおろしたのだ。

いきなりの暴挙に肩がびくつく。

 

「それは止めろ。行儀が悪い」

 

細身の男が短く言うと、足をテーブルに乗せた男は素直に謝りウエイターから貰った布巾で汚れたテーブルを拭いた。

自分の隣にいる大男も、通路を挟んだテーブルにいる男もガタイが大きく人相も悪い、いかにもな連中だ。

目の前にいる細身の男の方がよっぽど弱々しく、こいつらのパシリにでもされてそうなのに。今の一連の言動で分かった。通路の向こうにいる男よりも、目の前にいる男の方がやばい。

そこまで気付いて、はっとする。

休日の昼時。本来なら客で賑わっているはずの店内が、どうして今日はこんなにも静かなの?

客はいる。注意深く見渡したら、全員男だった。しかし誰ひとり喋らない。

 

「話、はじめていいかな?」

 

細身の男が首をかしげる。口は笑ってる。ほんと、心底楽しそうな表情に背筋がぞっとした。

 

「万引き、恐喝、深夜徘徊、最近の君たちは何かと目立ってたんだけどね。それこそ、引退して足を洗ったつもりの俺の耳に入ってくるぐらいには。まあ君らがどこで何して誰に迷惑をかけようが、補導されようが逮捕されようが親から勘当されようが俺には関係ない話ではある」

 

ここで男は初めて笑みを消した。呆れるような蔑むような遠い目で、こちらを見てため息を漏らす。

 

「だけどまあ、ちょっと調子に乗りすぎたね。いやーな縁というか、君はおみくじで最凶を引いてしまった」

「は? 訳わかんない」

 

確信を得ない男の言葉、表情、態度全てに腹が立つ。だけどそんなことよりも今は周囲から漂う重苦しい空気に押しつぶされそうだ。

やっぱり、この環境をものともせずに平気でいられる、目の前の細身の男は異常だ。

 

「徒党を組んで強くなったつもりでいるお子様に、年長者を代表して忠告する」

 

異常な男と視線が絡み、ニタリと笑う男の口がゆっくりと動く。

 

「あんまり大人を舐めるなよ?」

 

まっすぐに見つめられながら放たれた言葉に、息をするのも忘れた。

静まり返ったファミレスの店内で、自分の隣に座る大男は我関せずとたばこをふかしている。

独特の臭いが鼻を突く。目の前に置かれたイチゴパフェは、溶けだしたアイスクリームが受け皿に流れていた。

軽く現実逃避をしていると、目の前にいる細身の男が自嘲気味に乾いた笑い声を上げる。

 

「なーんて、今この状況を作ってる俺が言ってんのを妹が知ったら、『昼時の店を占拠した揚句、人を使って多勢に無勢で未成年脅しているあなたのそれは徒党を組んでいるとは言えないんですか?』とか、揚げ足とって冷やか返されるんだろうなあ。お兄ちゃん、これ以上妹が他人行儀になるの嫌がだから、身内には他言無用で頼むぞ」

 

店内にいる客たちに細身の男が話しかける。ウエイターも含め、建物内の男たちは手を上げたり頷くなどして何らかのアクションを起こした。

確信する。

間違いなく、この場の支配者は目の前の男であると店内の連中は自分に見せつけたのだ。

唯一隣に座る大男だけは何の反応も返さず、呆れたまなざしを細身の男に向けていた。

彼らは何者だ。こんな男たちを従えるようなやばいやつに、自分が何をしたというのか。身に覚えなんてあるわけがない。

恐怖とともに湧き上がる疑問はすぐに解消された。他でもない、目の前の男の口によってだ。

 

「年末に、自分と同じ年の家出娘をおもちゃにして一晩遊んだだろ。カラオケとか連れ回して」

 

……身に覚えは、あった。だけどそいつとこの男とどういうつながりがあるというのか。

 

「そいつ、俺の妹」

 

自分が問いただそうと口を開くよりも先に、男はあっさりと答えをつきつけてくる。

 

「そんでもって、その困った家出娘を引き取ろうとして君にひっぱたかれた黒髪の子も、同じく俺の妹」

 

頭から血が一気に下がる感覚がした。同時に、言いようもない理不尽さに憤りがこみ上げる。

そんなこちらの心情すらお見通しとでも言わんばかりに、男は笑みを深めた。

 

「はあ? んなことてめえには関係ないだろ。っつうか身内がしゃしゃり出てくるとかマジでうざいんだけど。文句があるならそいつが自分で来ればいいのに、こんな奴わたしにさし向けてんじゃねーよ、――ってとこかな。全部顔に出てるよ。君ってつくづく分かりやすいねえ」

 

声音を高くして、男はわたしの口調を真似る。それはもう、にやにやと笑いながら、楽しそうに。

 

「甘いね。君にとっては理不尽なことでも、世間的に人脈も実力のひとつにカウントされる。そのつもりがなかったとしても、君がからかって遊んだやつと、君が怒りに任せて手を出したやつは、この俺の身内だ」

 

口調を荒げることなくじわじわと追い詰めてくる男の言葉回しに既視感がした。

ムカつくのに言い返せない。この言葉の持って行き方、かつて自分に突っかかってきた男女2人組の女の方にそっくりだ。しかし恐怖はあの女よりもはるかに勝る。

 

「……なに、しようってのよ」

 

ここにきてはじめて、身に迫る脅威が現実味を帯びてきた。

店内に味方はいない。スマホで助けを呼んだとしても、誰かが駆け付ける前に違うところに連れていかれたらどうしようもない。

あからさまに怯えている自分を前にして、目の前の男はククッと愉快そうに喉を鳴らして笑う。

 

「だから何もしないって。さっきも言ったろ、俺は忠告に来ただけだ。君らが報復のために妹たちを探してるって小耳に挟んだものだからなあ。これはほっとけないだろ、お兄ちゃんとしても」

 

心臓が跳ねる。なぜそれを知っている。

 

「いろいろ知ってるよ。俺だけじゃなくて、君のお父さんやお母さん、学校の先生に君が進路先に希望している高校の人たちも。後は君がよく行くゲームセンターの店長に、街を守るお巡りさんとか。そして俺の友人知人も、君たちがこれまで何をしてきたか、みーんないろいろ知っている」

 

歌うように男は紡いだ。

 

「……いろいろって、何を……、どこまで……?」

「さあな。なんなら誰かに直接聞いてみたらどうだ。まあ、今日まで君らが周りが知っているということを知らずに過ごせていたっていうのなら、その程度のことなのかもしれない」

 

こちらのことなど興味はないとでも言いたげな、つまらなそうな表情に男の顔が一転する。

 

「話を戻そうか。とにかく、もうこれ以上うちの身内に手を出すのは止めてもらえないか。返答次第じゃ、君はもう日奈守にいられなくなる」

 

店内にいる男たちの視線が自分に刺さる。

こんなの、首肯する他に道はないだろうが。

機械のようにかくかくと何度も頷けば、細身の男は満足したかのようににんまりと笑みを深める。

 

「分かってくれて助かるよ」

 

満足げに頷き立ち上がった男は、パンツのポケットから茶色い封筒を取り出しテーブルに置いた。

 

「これ、君が立て替えた妹のカラオケ代金。お釣りのないように用意したから、受け取っておいてくれ」

 

なぜ、あの時のカラオケの金額をこの男が把握しているのか。

不思議に思っても、怖くて口にできなかった。

細身の男が立ち上がったのを合図に、店内にまばらにいた客たちもファミレスから去っていく。

わたしの隣に座っていた大男も、たばこを灰皿に押し付けて席を立った。

 

「あ、そうそう」

 

立ち去ろうとした細身の男が思い出したように振り返る。顔をこちらに向けられただけで肩がびくついた。

 

「君が迷惑行為を強要して遊んだ俺の下の方の妹は、すでに単身で自分が迷惑をかけた店に謝りに行かせた。だからあのことは妹にとって、脅しの材料にはならない。ま、これ以上関わらないって約束した君にとっては関係のない話なんだろうけどね」

 

言い捨てて、細身の男は大男を引き連れて何事もなかったかのように店から出ていく。

イケメンのウエイターはそんな彼らを深々と頭を下げて見送っていた。

しんとした店内は、1分もしないうちに新たな客が入って賑わいを取り戻した。

いかつい男たちじゃなく、家族連れや若い男女といった普通の客だ。

6人がけの大きなテーブル席をひとりで陣取り、ドロドロに溶けたイチゴパフェを呆然と見詰める自分は、さぞ周囲から滑稽に見られているに違いない。

これは夢だと思いたくても、目の前のイチゴパフェとテーブルの真ん中にある茶封筒が否定してくる。

スマホで時間を確認すると、自分が店に入ってから20分と経っていなかった。

足が震えて立ち上がれずにいる自分の上に、再び影が落ちる。

恐る恐る見上げれば、そこにいたのは今日約束していた友達2人が立っていた。

 

「あれー、早いね。先に注文しちゃったの?」

 

のんきにそんなことを言う友人に怒りがこみ上げた。

 

「遅いじゃない! どうしてもっと早く来ないのよ!!」

 

自分がどんなに怖い目にあったとこいつらは思ってるんだ。

もっと早く来て店の異変に気付いてくれたら、外からでも助け呼べただろうに。

あんたたち、のんきにパフェを見て不満そうに唇を尖らせるとは何事だ。

どうして自分だけがこんなことに。

怒りを隠さず睨みつけると、友人2人は顔を見合わせて首をかしげた。その態度にますます腹が立つ。

 

「あたしらも早い目に来た方だよ。っていうか、待ち合わせの時間を30分遅らせようって言ったのはそっちじゃない」

「はあ!? そんなこといつ言ってないわよ」

 

全く身に覚えがない。彼女たちの勘違いだろう。

怪訝に眉を寄せた友人はスマホをいじりだす。

 

「ほら、今日の朝そっちがあたしたちに連絡よこしてきたんじゃん」

 

見せられた画面には、友人たちとの連絡手段に使っているスマホのアプリが映し出されていた。

そこには自分の吹き出しから、用事が出来たから今日の待ち合わせを30分遅らせるという内容が記されている。

なにこれ。

知らない知らない知らない。

こんなの自分は送っていない。

 

――君のお友達はまだ来ない。

 

ふと、細身の男が言った言葉が脳裏をよぎる。まさか……。

 

「ごめん! わたし今日帰るわ!」

 

気付いた時にはそう叫んで席を立っていた。

逃げるように店を出る自分に、友人2人は焦って声を上げていたが気にしている余裕はない。

細身の男が知っているといった自分のことは、一体どこからどこまでなのか。

赤信号で立ち止まった交差点。

道を行く人。自分と同じく足をとめるもの。

みんながみんな、自分を見ているように錯覚する。

自分の全てを知られているような気がして、吐き気がした。

 

 

後日。

自分の家に、書留で自分宛の現金が送られてきた。

それがファミレスに置いてきたあの茶封筒だと気付いた時、わたしはどうしようもない絶望感に襲われた。

 

  ☆  ☆  ☆

 

end.


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