モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 裏話―1.柳さんの祭り

裏話—1.柳さんの祭り

 

・本編モノトーン編下2-53-1の間に起こった出来事


 

街で最も有名なクラブ「アーク」は、夏休みということもあり羽目を外した若者たちで賑わっていた。

身体に直接響く重低音がリズムを刻む。思うがままに舞台で踊る客の盛り上がりに水を差すかのように、店の音響が急に止まった。夜はまだまだこれから。閉店時間には程遠い。

機械の故障か、トラブルか。いぶかしげに顔を見合す店内の一般客をスタッフが慣れた所作で速やかに出口へと誘導していく。

雰囲気を演出するために暗くなっていた照明が灯された。口々に不満を漏らす客たちだったが、丁寧ではあるが有無を言わさないスタッフの態度にしぶしぶながらも店のドアを外へとくぐる。

仕事を終えたスタッフも、一部を除きそそくさと持ち場の片付けを済ませればバックヤードへと退散してしまった。

残されたのはクラブを拠点とする集団、皇龍の所属者と、彼らにこのチームを繋いできた、かつて皇龍と名乗っていた者たちだ。

現役の皇龍所属者が困惑を見せる。OBたちは冷めた視線を後輩に送る。

ただならぬ空気がアーク全体に充満していた。

そんななか、店の2階、吹き抜けとなった広いスペースでは現役の皇龍総長、日暮俊也が皇龍創設者のひとり柳虎晴と対峙する。

日暮にとって柳は本日の日中に幾度となく接触を図ろうとした人間だった。電話は通じす、柳のやっている店もひとがいる気配がなく、全く捕まえることができなかったのだが――。

一日中音信不通を貫き通した柳がこうして自分に会いに来た理由は、日暮をはじめとしたおおよその皇龍の者が察していた。

柳の隣には、顔を青くした少年が佇む。その少年は皇龍に属してこそいるが、問題行動を起こしたたため現在は自宅で謹慎させている最中だったはずだ。

そんな彼を引きずるように己の前に立たせ、柳は日暮に残忍な笑みを浮かべる。

 

「やっちゃいけねえことをしちまったなあ、日暮よお?」

 

ポン、と。柳が少年の背中を軽く押す。肩をびくつかせた少年は前のめりになりたたらを踏むも、なんとか持ち直し所在な下げに俯いた。

柳の言わんとしていることを、日暮は理解している。これはまぎれもなく現役の皇龍が犯してしまった罪だ。

言い訳や口答えをせず、きっちり90度に腰を折った日暮が謝罪の言葉を口にしようとした瞬間――。

現役の中でも最強とされた皇龍総長、日暮俊也は左頬に強烈な一撃をくらい大きく吹っ飛んだ。

 

  ☆  ☆  ☆

 

――目をそらさずに見ていろ。これがお前のしたことに対する結果だ。

 

 

死屍累々。

床に伏して腹を抱えうずくまる者。鼻血を流しながら、皇龍OBに謝る者。アークの2階で負傷する者はみな、柳が連れてきた少年よりも皇龍としての地位は高い。

尊敬する彼らが柳を筆頭とする大先輩たちに暴力を振るわれる様を、少年はただ立ち尽くして見続ける。

吹き抜けからちらりと1階を覗き見れば、下もひどい有様だった。店内の装飾品が壊れるのもお構いなしに、大人たちが暴れている。

こうなった原因は少年にあるというのに、柳をはじめとした制裁者は彼に見向きもしない。まるで殴る価値もないと言わんばかりに、徹底して存在を無視されている。

すぐそばで血しぶきや汗やつばが飛び跳ねている場所で、無傷なままの自分が恐ろしい。

荒い息遣いが耳につく。それが自分の呼吸だと気付くまでに、かなりの時間を要した。惨状から逃げ出したいのに足は根が張ったように動かない。

いたたまれなかった。そこかしこで傷を負う仲間がこちらを睨んでいる気がしてならない。

みんな怒っている? 当然か。柳虎晴たちが暴れ回る原因は自分にあるのだから。

こうなってしまったのは、俺が高瀬結衣を階段から突き落としたからだ。

ひとり五体満足でいる自分自身が急に怖くなった。

 

「や、止めて……もう止めてください!」

 

なけなしの勇気を振り絞り、柳の腕にすがりつく。

 

「ああ?」

 

柳は襟首を掴んでいた大原の脇腹に蹴りを入れてから、少年に向き直る。

 

「俺を、俺を気が済むまで殴ってください! 高瀬に手を出したのは俺なんです」

「んなこと知ってる。だからなんだ」

 

破壊者が冷徹に笑う。

 

「部下の不始末は上司の責任だろう。大企業の不祥事は関係者の平社員だけを解雇したって終わらねえんだよ。世間様はトカゲのしっぽ切りだと許してくれねえ。ここは社長がびしっと引責して納めないと、なあ?」

 

後半は少年ではなく、床に膝をつく日暮に向けられていた。話を振られた男は無言で立ち上がる。

顔にあざを作った皇龍総長へと、柳が踏み出した。少年は慌ててふたりの間に立つ。

 

「庇うな」

 

背後から聞こえた日暮の拒絶に、少年があからさまにうろたえる。しかし、後には引けない。

 

「……お願いします。もうやめてください」

 

柳はつまらなそうに眼を細める。

 

「邪魔すんな」

 

足から力が抜ける。ひざまずいて、床に手をつき、頭を下げた。

狭くなった視界で、前方の足が動くのをとらえた。自分の頭を蹴りあげてくれていいから、もうこの場を終わらせてほしい。

少年の希望など通るはずもなく、柳は少年を迂回し日暮に近付き、拳を一発。鈍い音が背後からして、思わず少年は頭を上げた。

 

「ん? なに不思議そうな顔してんだ?」

「……止めてって……」

 

言ったはずなのに。

 

「なんで俺がお前の望みを叶えなきゃいけないんだよ。俺の行動を制限する権利をお前は持ってんのか?」

 

うろたえて目を泳がせる少年に、柳が容赦なく畳みかける。

 

「聞いてんだから答えろよ。お前に俺を止める権利があるのか、ないのか。どっちなんだ」

「……ない、です。でも、全部俺が悪いんです。高瀬に手を出したの、俺です。でも……あいつだって怪しい行動してて疑われても仕方がなかったというか……」

「おい!」

 

しどろもどろに紡ぎだされた言い訳を、満身創痍の大原が止めた。腹の底から放たれた声は発した本人の予想以上に建物内に響き、一瞬の静寂を生み出す。

 

「高瀬に手を出すなと総長は皇龍全体に伝えた。お前はその命令を破った。その結果がこれだ。てめえの言い分はもうどうでもいいから黙ってろ」

 

怒気をはらんだ大原の言葉に、少年が息を呑んで尻もちをつく。

その間に立ちあがった日暮は、殴られるのを覚悟しながら再び柳と向き合った。

 

「高瀬が、この街に来たのは」

 

日暮が最後まで言い切る前に答えはあっさりと返される。

 

「あ? 俺があいつを騙して進路先を誘導したからに決まってんだろ」

 

なんという余計なことを。

あっけらかんと放たれた衝撃の真実に、現役の皇龍所属者たちは開いた口がふさがらない。

時を同じくしてOBたちの制裁が止まり、皆が柳の言動に注視する。

 

「かわいーだろ。猛毒隠して一般生徒に頑張って擬態してんのに、周りが銛で突いてくるから毎回すぐに平穏を壊されちまう。あいつは人を狂わせる天才だ」

 

高瀬結衣がそれを望んでいるかは別として、狂わせた人間を駒にする才能も、彼女には十分備わっている。

存在そのものは厄介だが、だからこそ見ていて飽きない女でもある。

 

「お前らなら、高瀬を上手く扱えると思っていたんだがなあ」

 

残念だと、心にもないセリフを呟いた柳には先程の狂気的な空気がすっかり消えている。楽しげに弾む口調とにフロアの惨状があまりにも見合っていないが、本人に気にする節はない。

 

「制裁を受け入れたってことは、自分たちの罪を受け入れたってことでいいんだよなあ? 無抵抗に免じて今日はこれで勘弁してやるが、次はないぞ」

「全員に徹底させます」

 

日暮の発言に柳は笑みを深くした。

 

「なあ日暮、俺はお前にも期待してんだ。俺の楽しみを奪ってくれるな」

 

頭を下げた日暮の肩に手を置いてからOBたちを引きつれて柳は颯爽と店を出ていく様を、現役の皇龍所属者たちは呆然と見送った。

嵐が去った。

店の惨状に思わずため息をこぼした日暮が、大原に目配せをする。

意図を読んだ大原が軋む体を動かして周囲に身体の手当と店の片付けの段取りを指示していく。

2階の者が重い腰を上げて動き始めるなか、日暮は取り残された少年を連れて1階へと下りた。

1階の状態は上階に引けを取らず荒れていた。汚れた床や壊れた備品が散乱し、すぐには店の営業は再開できそうにない有様だ。

突き刺さる視線に、少年は縮こまる。少年に向けられる怒りや憎しみの感情は2階のそれとは比べものにならないほど強い。

お前のせいで、と。誰もが語らずに彼を責めた。軋む心が今にも壊れそうだ。

数多の男たちが取り囲む中心で、日暮は少年を殴った。

頬に一発。衝撃に床を転がりうずくまる。周囲が大きくざわめく。

 

「この件はこれで終わりだ。高瀬を疑っていたのはこいつだけじゃないだろう」

 

よく通る低い声で、日暮はアーク全体に言い放つ。少年に敵意を向けていた一部の者が、気まずそうに目をそらした。

日暮は後のことは幹部たちの支持を仰ぐように告げると、うずくまる少年には見向きもせず2階へと戻っていった。

総長が直々に制裁を下し、収束を宣言した。それが全てだ。

元凶となった人物に物言いたげな視線を送る者はいても、ほとんどの皇龍所属者たちは早々に気持ちを切り替え後始末に勤しんだ。

床で丸くなる少年の背に、誰かがポンと手を置いた。すぐに気配は離れていき、周囲がせわしなく動く店内では自分の背後に誰がいたのかもすぐに分からなくなってしまった。

だが、一瞬感じた人の体温は、間違いなく彼の心を侵食した。

後悔と、罪悪感と、いたたまれなさと。感謝や、恐怖。

様々な感情が一度に押し寄せうずくまる少年はただただ、泣き叫んだ。

 

  END


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