モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 本編After「いわれ」8

—8

 

案の定、見開かれた瞳で穴があきそうなほど、菜月と綾音に凝視された。

腕を組んだ春樹も難しそうな顔つきになる。

 

「事実なのか?」

「まあね」

「……そうか」

 

軽い頷きはこれ以上の追及をしないと言うサインだ。

菜月と綾音も寂しげな視線は寄こしても、なぜ今まで黙っていたのかなんて責めてはこない。

分かっていたことだ。だからここは居心地がいいんだ。

強いて言うなら無言かつ無表情な凍牙がこの場では一番怖かった。

 

「あら、何よ。あんたひょっとしてこの人たちに自分のこと打ち明けてなかったの? なーんだ。いくら仲がいいって言っても、所詮はその程度の関係だったのね」

 

鼻で笑う佐智に、なんだかわたしのほうが恥ずかしくなってきた。こんなのが妹でごめんなさい。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

冷たく菜月が吐き捨てた。

 

「じゃあ逆に聞くけど、1から100まで何でもかんでも自分のことを洗いざらい打ち明けないと、信頼関係ってのは構築できないのかしら?」

 

抑揚のない、淡々とした口調で菜月が佐智に問う。

 

「家のこと、自分のこと、仲間がいつどこで何をしていたのか、逐一報告し合わないと成り立たない関係なんて、冗談じゃないわよ。監視し合わなければ安心できない間柄のどこに信頼があるってのよ。そんなのお互いを全く信用できていない証拠じゃない」

「……菜月、かっこいいわ」

 

ときめいている綾音は置いておくとして。

うん、つまりはあれだ。どうやら菜月が説教モードになってしまったらしい。

 

「さすが、元ストーカーに自分の人権認めさせたやつの言葉は説得力があるな」

 

春樹が言うところのストーカーとは、成見のことで間違いないだろう。

まだわたしたちが小学生だった頃の話だ。

確かに出会った当初と比較しても、成見は自身の独占欲を押さえて菜月の幸せを第一に考えるやつに成長した。

そもそも菜月の自由を尊重できないようなら、とうの昔に成見はわたしや春樹によって全力で排除されていたはずだ。

あいつは多少言動に問題のある変態ではあるが、周りの言葉に耳を貸さない馬鹿ではなかった。

 

「そんな、理想論みたいな考え、こっちにまで押し付けないでよね。あなたがいま幸せで満ち足りているから、そんなことが言えるのよ」

 

気丈に振る舞う佐智が、怯えながらも菜月を睨んだ。

 

「あんたもカッコ良くて強い人に守られて、調子に乗ってるだけでしょ」

 

……なんとチャレンジャーな。あーあ、なっちゃん怒ったら怖いのに。

恐る恐る菜月をうかがうと、ものすごくきれいな笑みを浮かべていた。まずい、これは本気で何かある。

 

「春樹、ちょっと上借りるわよ」

 

決定事項として言われた言葉に、春樹は好きにしろと短く返した。

 

「そう、ありがと。わたしこの子と一度じっくり話してみたいって、前からずっと思ってたの。念願かなって嬉しいわ」

 

流れるような所作で佐智の腕を掴んだ菜月は、そのまま階段へと引きずってゆく。

 

「ちょっと! わたしは話しなんて何もないわよ!」

「わたしにはあるの。ここじゃあ春樹や水口君――あなたの言うとの守ってくれる人がいるからフェアじゃないものね。安心なさい。ちゃーんと公平に2人きりになれるところで話をしましょう」

「お前上に有希がこもってるの忘れてんじゃねえだろな」

 

呆れ気味の春樹にも菜月は迷わず、当然のごとく言ってのける。

 

「引きこもりは部屋から追い出すに決まってるじゃない」

 

駄目だ。こうなったら誰にも止められない。

訴えかけるようにこっちを見てくる佐智には心の中で手を振っておく。

 

「あーら、さっきから散々喚いておきながら、今更怖気づいたの? あなたは弱いやつほどよく吠えると言う典型かしら」

「なっ! そんなことあるわけない!」

「そう。ならいいでしょう」

 

強引に言いくるめつつも菜月の足は止まらない。佐智も諦め気味になってきた。

 

「意外と押しが強いな」

 

感心する凍牙に、そりゃそうだと春樹が苦笑する。

 

「なんと言っても成見と付き合ってる女だからなあ」

 

遠ざかる菜月が、階段を上がろうとしたところで振り返った。

 

「ねえ、結衣。自分の出生については、わたしたちに伝えたくても言えなかったの」

 

真っ直ぐな視線の中に、密かな自責をかいまみる。

 

「違うよ」

 

はっきりとした否定はわたしの本心だ。

 

「隠していたわけじゃないけど、あえて自分から進んで話したくなかっただけ。家のこと、家族のことで本当に自分がどうしようもなく追い込まれる事態があったら、ちゃんとみんなに助けを求めていたと思う」

 

これも嘘じゃない。

わたしが身内のことを打ち明けたいと思えたのは、後にも先にもきっと凍牙だけだ。

でもそれは決して、菜月たちを信用していないからではない。

 

「そう。ならいいわ」

 

暗い感情を引きずることなく、あっさりと菜月は笑う。

一瞬、腕を取られる佐智の悔しそうな横顔が見えた。

同情はしない。わたしはあんたの憂いを晴らすために自分の居場所を壊すつもりはないよ。

 

「本当の親については知っているのか?」

「知らない。自分がどうして高瀬家で育てられたのかも正直見当がつかないし。それに両親はわたしがこれに気付いているってことを、感づいていながら知らないふりをしているみたいで、どうにも家の中はややこしい状態でさ」

 

春樹に対して苦笑する。

 

「ぶっちゃけてしまえば、小学3年の時あんたに喧嘩吹っ掛けた大元の原因はそこにあったんだよ。自分が誰なのか分からなくなって、存在を示すためにも学校で暴れずにはいられなかったんだ」

「……初耳だが」

「言ってなかったからね。これだけ年数を重ねたから、わたしも笑って話せるまでに成長できたんだよ。おそらくもう、今となってはわたしが誰の子どもで、どうして高瀬家で育ったのかを知ったところで、そう簡単に何かが変わるとは思えないしね」

 

怖いのは、真実を知ることじゃない。

長い膠着状態の末に家族と向き合う勇気が、わたしにはまだ足りてないのだ。

 

 

続く


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