モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 本編After「いわれ」7

—7

 

思いもよらない名前に、切り返しが遅れた。

顔を上げた佐智も驚きに目を丸くする。

口を開けて固まった金髪。木谷さんは答えをずっと待っていた。

こんな時、凍牙は空気を壊す真似は絶対にしない。つまりは傍観者に徹してしまうわけで、この場を動かせるのはわたしだけとなる。

 

「高瀬涼は、わたしの兄です」

 

混乱しつつも正直に言うと、金髪の目と口がさらに開きゆっくりと無言で指差しされた。

数秒置いて、佐智に向けていた木谷さんの目線がわたしに移る。

油を差し忘れた機械のようにぎこちなく首が回った。

金髪共々、木谷さんがわたしを見る目は未確認生物から、まるで化け物を前にしているような恐怖が混ざったものに変化している。

これだけははっきりさせておこう。彼らに対しわたしは何もしていない。だからこんな扱いはこの上なく理不尽だ。

というか涼君。あんたはこの人たちに何をしたんだ。

 

「あの、冷酷に笑って容赦なく毒を吐く、あの狡猾かつ非情な人間だと謳われた男の、お前は妹なのか?」

 

……ええと。

 

「わたしにとっての兄は、いつもは優しく笑ってるけど怒った時は手加減なしの、曲がったことを許さない家族思いの人です。ひょっとして同姓同名の人違いかもしれませんよ?」

「だよなあ。だいたい兄妹にしては年に差がありすぎるよな」

「そうですか。わたしと兄は13歳ほど年が離れていますが」

「待てこら年代ドストライクじゃねえか」

 

木谷さんが片手で顔を覆ってうなだれる。

 

「……知りたくなかったんだがなあ、俺は。こんな衝撃の真実なんざ」

 

金髪が恨みがましく責めれば、木谷さんはばつが悪そうに舌打ちした。

 

「しょうがねえだろ気になっちまったんだから」

 

そしてわたしと佐智を見比べて、さらにひとこと。

 

「黒猫一匹じゃ苗字を知ったところで結びつかなかっただろうがな。くそっ、妹の顔にあの男の面影を見つけてしまった数分前の自分を殴りたい」

 

悪態は無視に限る。

 

「兄とお知り合いですか?」

 

そしてなぜこの人たちはこんなにも焦っているんだ。

木谷さんは金髪と顔を見合わせて深いため息をついた。

 

「別に知り合いでも何でもねえ。俺たちが一方的に見知っているだけだ。世代としても高瀬涼のほうが上になるしな」

 

仏頂面の木谷さんは落ち着こうと努めるも、動揺を隠し切れていない。

 

「お前にとってはただの面倒見がいい兄貴かもしれないがなあ。俺たちストームもそうだったが、高瀬涼はこの街、日奈守に存在するチームの基盤を作り上げたとんでもない男なんだよ」

 

口元を引きつらせながら放たれた言葉に、嘘だと笑えない自分がいた。どちらかというと、否定より先に納得が来てしまう。

涼君なら何をやらかしてもおかしくないし、逆に出来ないことを考えるほうが難しい。

 

「ただの兄などではありませんよ。わたしにとっても高瀬涼という人は、とんでもない兄ですから」

「……だろうなあ」

 

木谷さんと金髪は遠い目をして脱力する。

気の抜けているところ申し訳ないが、わたしとしては若かりし頃の涼君についてさらに詳しく教えてほしいものだ。

 

 

 

わたしの認識している以上に彼は異常なほどに異質で、とんでもないなんて単語ひとつで表せないくらいに恐ろしい人だった。

高瀬涼が日奈守でその名をとどろかせていたのは、今から十年と少し前の話らしい。

大まかに説明してしまうと高校生だった頃の涼君は、当時やりたい放題で際限がなかった日奈守の不良と呼ばれる者たちに、ある種のまとまりと秩序を築きあげたのだという。

 

「要はあれだ。お前の兄貴は現在で言うモノトーンに似た役目を当時果たしたんだ。まああの人の場合お前らと違って目的もなく、気まぐれの暇つぶしで日奈守を引っかき回していただけらしいがな。それが結果的に治安の平定に繋がったから、高瀬涼を英雄視しているやつは多いが、あの男のすることは独裁者の暴君とされてもおかしくなかったぞ」

 

白いワゴン車の中、後部座席に座るわたしと佐智に木谷さんは自身の知る高瀬涼について教えてくれた。

助手席には凍牙が座り、車は港の倉庫へと向かっている最中だ。

それもこれも実家へ送ってくれると言った木谷さんの提案を、佐智が全力で喚いて嫌がった結果である。

あのまま裏路地で佐智を自由にしたとしても、ひとりで実家に帰るとは思えない。それだとわたしの労力が報われない。心配しているだろう涼君のためにも絶対解放してやるものか。

だからといってあの場にいつまでも留まっているわけにもいかないので、ひとまず車を出してくれるという木谷さんには、港の倉庫行きをお願いした。

倉庫だったら菜月を頼って涼君に連絡をとれるし、仕事が終わったら佐智を回収しに来てもらえるだろう。

同行を渋った佐智は、凍牙の舌打ちと睨みつけながら放たれた「甘えんなガキ」の言葉で大人しくなった。

木谷さんの話は続く。

 

「高瀬涼の恐ろしいところは、あの男がチームのような集団体制を取らず常に個人で動いていたことだ。武藤がモノトーンを結成し、日奈守にあるチーム間の仲立ち役という立場を確立させたのと同じことを、あの男は自身と相棒のたった2人でやってのけた。まあその実情は、高瀬涼と相方が気にくわないチームや個人を片っ端から潰していっただけなんだがなあ。そこからいつしか高瀬涼には逆らうなっつう公然のルールが日奈守一帯に広がった。そして日奈守中のチームのやつらが、高瀬涼のご機嫌を取るという目的のもとで最低限の結束をみせたという話だ」

 

……暴君だ。

 

「俺が高校に上がったころには、高瀬涼は高校卒業してそういう世界からは足を洗った後だったが、やつの影響はそこかしこに残っていた。入学早々、手配書のように拡大された高瀬涼の顔写真を先輩から見せられて、忠告を受けたのは今でも覚えている」

 

この男を見かけても絶対に目を合わせるな。

話しかけられたら誠意をもって対応し、絶対に逆らうな。

もしもこの男から被害を被った場合、天災にあったと思って諦めろ、とのこと。

 

「今でも店には注意喚起のために使われた高瀬涼の写真がいくつか残ってるぞ。今度見るか?」

 

これだけ黒い部分を暴露されても、不思議とわたしの抱いている涼君の印象は変わらなかった。

涼君ならやりかねない。ただそう思っただけである。

 

「メディウス・クロスって店は知ってるか?」

 

知らないし、聞いたこともない。

お前はどうだと話を振られた凍牙が小さく「名前だけなら」と答えたのに、木谷さんは軽く頷く。

 

「日奈守にある結構有名なクラブの名前だ。高校時代の高瀬涼の拠点であり、かつての日奈守の中心地とも言える場所だ。いくらもらっていたかは知らないが、あの男はメディウス・クロスで迷惑客の対応を仕事としていたと聞いている。現在は高瀬涼の相方が店を継いで営業しているらしいから、当時のことをさらに詳しく知りたきゃそこに行けばいい。所詮俺の話は実際に体験していない又聞ばかりだ。くれぐれも全てを鵜呑みにするんじゃねえぞ」

「分かりました。機会があればうかがってみます」

 

涼君の謎が少し解けた気がする。

それにしても高校生でクラブの従業員とは、おそらく正規の雇用ではなかったんだろうな。稼ぎはどれぐらいあったのだろう。

口を割らずに涼君が隠し続ける理由はここにあったのか。

赤信号で車が止まる。木谷さんは体をねじってこちらに顔をみせた。

 

「ここまで話してやったんだ。悪いが、布施と朝倉のことは大目にみてやってくれねえか」

「まず布施さんと朝倉さんはどちら様ですか?」

「さっきのはげと金パだ。騒音にぶち切れて結構なこと抜かしてただろ」

 

言われてから理解する。この謝罪と情報提供はモノトーンではなく、高瀬涼の妹としてのわたしに成されているものなのだろう。

要は涼君について知りたがっているわたしに対するご機嫌とりだ。

そんなに涼君は彼らにとっての脅威なのか。

 

「気にしてませんよ。うるさくしてしまったのはわたしたちですし、彼らが怒るのも当然だと思ってますから」

「そう言ってもらえりゃ助かるわ」

 

安堵の息を吐き出して、木谷さんは体勢を戻した。

とりあえず、ストームの弱点は高瀬涼にあり、と。

 

 

港の倉庫では入り口手前にて春樹が寒空の下で自分のバイクを洗車していた。

ワゴン車に気付き作業を中断したようだが、木谷さんはわたしたちを降ろすと春樹に顔をみせることもなくすぐに帰ってしまった。

倉庫の奥からほうきを片手に、綾音と菜月が駆け寄ってくる。

床を掃いていたのか、倉庫の中は誇りが舞って微かに視界がぼやけていた。

他のモノトーンの人たちは見当たらない。

春樹や綾音、菜月の登場に佐智はあからさまに嫌そうな顔になる。

 

「ごめん。ちょっとお邪魔する」

「構わないが、そいつは誰だ?」

「妹。悪いんだけど菜月、涼君に伝言頼めないかな」

「いいわよ。何て?」

「佐智はここにいるから、仕事終わりに回収してほしいって」

「了解」

 

詳しい経緯を説明する必要もなく、菜月は二つ返事で了承してジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「いい加減にしてよ! 人の意思も無視してさっきから好き勝手ばっかり!」

 

叫び声に、菜月がスマートフォンから目を離す。

 

「迎えなんてなくてもひとりで帰れるわよ! あんたにわたしの行動をとやかく言える権利なんてないでしょ!」

「ごちゃごちゃうるさい。ひとまず涼君が来たらあんたは家に帰れ。そして父さんや母さんとちゃんと話し合え」

 

大体一泊分の金銭も持たずに家でなんて、無計画にも程がある。

 

「えらそうなこと言わないでよ。あんただって、お母さんたちから逃げてるくせに」

 

嫌悪をむき出しにして、震える声で佐智は言葉を投げつける。

 

「ずっとずっと、自分が高瀬の本当の子じゃないって知りながら、お父さんやお母さんに何も聞こうとしないで。あげくの果てには家か消えて独り暮らし? これは逃げじゃないっていうの? わたしのことを非難する前に、自分を改めたらどうなのよ!」

 

大声で余計なことを。

 

 

続く


BACK  TOP  NEXT

Loadingこのページに「しおり」をはさむ