モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 本編After「いわれ」6

—6

 

集団の奥にあったドアが開き、がたいのいい坊主頭の大男が出てきた。

 

「日中だろうが店の裏で騒音立ててんじゃねえ。寝ているやつらも起きちまっただろうが」

 

強面で今にもな男性の後からは、さらに背の高い金髪の男も登場する。釣り上がった目が鋭くこちらを射抜く。

両者とも、年は20代前半から半ば辺りか。

驚いてわたしたちに背を向けた集団は硬直し、跡形もなく戦意が喪失した。

 

「あれだけうるさく騒ぎ立てて、こちらに迷惑かけたんだ。落とし前付ける覚悟は当然出来てるんだろうな」

 

目を細めて笑う金髪の男に狂気をかいま見る。あいつは成見と同じ性質だ。

男2人に近いところにいるやつらが後退し、じりじりと押されながら集団はこちらへと寄ってくる。

相手は2人。わたしと凍牙も2人だったのに、こいつらの反応の違いはなんだ。

 

「所詮見た目か」

 

わたしも強面になれば第一印象であそこまで萎縮させることができるのだろうかと、つい考えてしまう。

 

「お前は油断させておいて後から一気に付き落とすタイプだろう。ないものねだりはするんじゃねえ」

 

不満が顔に出ていたのか、凍牙に軽くこめかみを小突かれた。

2人の男が迫ってくる。

集団はどんどんわたしと凍牙のほうへと後ずさり、佐智との距離が次第に遠ざかってゆく。

盾にするかのように集団は佐智を自分たちの前へと押し出した。

 

「ザコが」

 

吐き捨てた凍牙の言葉に怒りをみせるやつはいない。みな自分が助かることに集中してこちらが目に入っていない状態だった。

 

「仕方ながないよ」

 

へっぴり腰で下がってくるやつらを押しのけて佐智の元へと急ぐ。

 

「きゃっ」

 

小さな悲鳴に目を向けると、後ろで女が尻もちをつく姿がちらりと見えた。

先頭がつまづいたことにより、後に続いて数名が共倒れになる。

集団の波を抜けて、棒立ちになる佐智と近付く男たちの間に体を滑り込ませた。

大人2人を見上げ目を合わせ、そして深々と頭を下げる。

 

「騒がしくしてすみませんでした」

 

地面と顔が平行になり、2人の足元が目に入った。

履いている物は水色の便所サンダルだ。なぜか必要以上に申し訳なく思えてしまう。

 

「お前がそいつらの頭か?」

「いいえ。わたしとこいつと後ろの子はあそこの連中とは友好な関係ではありません。絡まれただけの赤の他人です」

 

さっさと逃げればいいものを。怖いもの見たさか、いつでも逃亡できる距離を置いて集団は戦々恐々と様子をうかがっている。

そんなやつらを一瞥した金髪の男は、ゆっくりとわたしに手を伸ばす。

刹那、凍牙に腕を掴まれた。同時に向かってきた手が止まり、男が獰猛に笑う。

 

「謝罪している割に、そっちのやつはやる気満々だな」

「こいつに手を出すなら黙ってません。誠意が見たいなら、土下座でもすれば伝わりますか?」

 

凍牙がわたしを自分の後ろにもって行こうとするのは、足を踏ん張り抵抗して耐えた。

 

「ほう」

 

目を細める金髪。坊主の男が気の毒そうにわたしたちを見つめてくる。

仲間がこっちに同情するぐらいこの金髪は危険なのか。

 

「向こうで群れてんのは中坊か? 後で顔から名前と学校割り出してやるから覚悟しとけ」

 

金髪が定点カメラを指差す。どうやらあれはちゃんと動いているようだ。

 

「んでもって、お前らはどうしてやろうか。つーかどっかで見た気するんだよなー、お前。これまでに俺と会ったことあるか?」

 

指名されたのはわたしだった。この人は誰と間違えているんだ。

 

「わたしには覚えがありません。おそらく初対面かと」

「ふーん」

 

信じてないな。

 

「どっかのチームに入ってたりとかしねえの? そっちの兄ちゃん含めてよお。物腰からしてそんな気がするわ。嬢ちゃん警戒しているがビビってねえだろ俺たちに」

 

自分たちに怯えない。イコール不良のチーム所属者なんて、一体どんな方程式だ。当たってるけどね。

 

「積極的に参加はしていませんが、籍を置いているところはあります」

「どこだ」

 

ごめん、と心の中で春樹に謝る。

 

「モノトーンです」

 

言った瞬間、金髪の男がぽかんと口を開けて固まった。

坊主の男は眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。今度はこっちが信じてないな。

 

「……お前、ひょっとして武藤の猫か?」

 

………ここで肯定するのはわたしの自尊心に差し支える。坊主の次はわたしが眉間にしわを作る番となった。

ひとり納得した金髪が興奮気味に坊主へ訴える。

 

「ほら、前に話しただろ。ぶち切れた武藤にバケツの水吹っ掛けたとんでも娘。そういやこんな顔だった。それにこのふてぶてしい態度、絶対こいつだって」

 

なんだその認識のされ方は。というか本当にこの人はどこの誰だ。

未確認生物でも見ているかのような坊主の眼差しに居心地が悪くなる。

敵意が消えたのは嬉しいが、これはこれでよろしくない。

 

「おーい、木谷―。武藤のにゃんこがいるぞー」

 

盛り上がる金髪男は自分の出てきたドアを開けて大声で叫んでいた。

 

 

襟首の伸びたTシャツの上にダウンジャケットを羽織った、木谷という男はほどなくして現れる。

寝癖の付いた髪を豪快にかきむしり、大きなあくびをしながらも緩慢な足取りでこちらに来た。

無精髭を生やした年齢不詳な怪しい男に反応したのは凍牙だった。

 

「ストームか」

 

軽く息を吐き出した凍牙の態度が軟化する。

 

「知り合い?」

 

その様子からしてさほど危険な人物ではなさそうだが。

なんともなしに聞いただけなのに、凍牙が肩を落として見つめてきた。

 

「ストームも木谷さんも、有名ではあるな」

 

どうやら顔見知りではなさそうだ。

そもそもストームというのはあれか。モノトーンとか皇龍と同じ、チーム的なものを指す名称なのか。

 

「……お前はどうなんだ」

「知ってるわけがない」

 

わたしがこの手の関係者、さらに絞って日奈守の周辺で顔を把握できているのはモノトーンの人たちだけだ。

 

「ストームがどんなにここらで有名だったとしても、一般人が気軽に知れる人たちじゃないだろうに」

「…………一般人?」

 

あらぬ方を向いて凍牙が口の中で呟いた。おい、聞こえてるぞ。

社会的に地位のある出自でも、どこぞの貴族の血を受け継いだ由緒正しい家の人間でもないのだから、わたしは一般人で十分なはずだ。

 

「言いたいことがあるなら口に出したらどうだ。受けて立つよ」

「論争が果てしなく続きそうだから今ははしょるぞ。後でいくらでも相手してやる。とりあえず、あの人とは今年の夏休みに一度会っているはずだ」

 

あの人、と顎で無精髭の男を示されたが、記憶に引っかかるものがどこにもない。

 

「どこでさ?」

 

凍牙にヒントをもらおうとしたところ、木谷という男が喉の奥で笑う。

 

「覚えてねえのか、釣れねえなあ。こっちは片時も忘れたことはなかったってのによお」

 

頭上にごつごつした皮膚の厚い手が接近して、反射的に横にずれて撫でられるのを回避した。

わたしが避けた結果、佐智が男たちの前に姿を現すはめになったがこれはもう問題ないだろう。

ん? と佐智を気にする間もなく、頭に引っかかりを見つける。

この感覚、前にもなかったか?

 

「夏休みの港の倉庫。お前がきれた武藤を止めに行ったあの時だ」

 

繋がりかけていた糸が凍牙の補足で結びついた。

そう言えば、夏にこんな顔の人に会った気がしないでもない。

初めて港の倉庫におもむいた時、有希がストームという言葉も言っていたような……。

チーム名もあやふやだし、木谷さんについても人違いといわれたら納得してしまいそうなぐらいうろ覚えだけど。

 

「こんな個性をむき出しにしたやつを忘れるか」

 

金髪に苦笑されてしまったが、わたしは忘れたわけじゃないと思う。

最初から顔と名前を意識に入れてなかっただけである。昨日すれ違った通行人の顔を思い出せと言われても無理があるのと一緒のことだ。

 

「本当にこいつなのか。武藤の飼い猫とやらは」

 

坊主頭が怖い顔で訝しげに観察してくる。金髪と木谷さんよりこっちのほうが安心できるのはなぜだ。

 

「いんやこいつであってるぞ。そういやあん時も、武藤んとこからひっこ抜こうとして断られたんだよなあ。いろいろ役に立ちそうなのに、当の猫ちゃんはちっとも俺に懐いてくれねえんだ」

「……高瀬です」

 

名乗りながら木谷さんから距離を取る。この人苦手だ。

 

「ふうん。……高瀬、ねえ」

 

顎髭を触りながら木谷さんが意味深に呟き目を細くした。

突如、大勢の足音がして振り返ると、すっかり蚊帳の外になっていた連中が背中をみせて走り去った。というかあれ、まだいたのか。

 

「で、あのガキどもは何だったんだ?」

「不運にも黒猫ちゃんにからんじまった調子乗りなお子様の集まりだとよ」

 

金髪が木谷さんに説明するが、若干事実と異なる気がするも、訂正するほど外れてはいないので何も言わないでおく。

 

「ほー。そんじゃあカメラの動画を武藤んとこに送っておけば、後でモノトーンが騒音立てた分も含めてきつーいお灸をすえてくれるな」

 

勝手に今後の計画を立て始めた木谷さんに従い、坊主の男が店の中へと消える。

この人たち、面倒事をモノトーンに押し付けようとしてないか。

というか、あのカメラの映像はまずい。モノトーンに見られるのは、主にわたしがよろしくない。

 

「お前もついでに咲田と鈴宮に怒られとけ」

 

凍牙が自分の頬をつつきながら、突き放すように告げてきた。

わざとぶたれるように物事を持って行ったわたしが悪いのだが、凍牙の弁護は期待できそうにない。思わずうなり声が出てしまった。

 

「そっちの兄ちゃんもモノトーンなのか?」

 

木谷さんの問いかけに凍牙が頷く。

 

「ええ。水口と言います」

「ひょっとして、これもチームとして動いてたのか?」

「いえ。今回のことはあくまで個人的な事情です」

 

へー、と木谷さんは無感動に漏らし、凍牙への興味は失せたのか次は佐智に視線を移す。

 

「こいつは?」

「わたしの妹です」

 

余計なことを言われる前に、簡潔に応える。佐智から否定の言葉はなかった。

 

「へー、ほー。……妹、……か」

 

見ず知らずの男に凝視され、居心地を悪くして佐智がよろめくように数歩下がる。

木谷さんは佐智から目を離さない。顔つきが先ほどよりも真剣なのがとても気になった。

 

「おい」

 

低い声で木谷さんが強く呼ぶ。すくみあがった佐智は返事も出来ぬまま、地面を見て動かなくなってしまった。

 

「……おい、武藤の猫」

 

いつまでたっても反応しない佐智に痺れを切らせた木谷さんが、顔はそのままでわたしを呼ぶ。

 

「高瀬です」

 

すかさず訂正すると、木谷さんの表情が険しく変わる。

 

「そう……、その名前だ。お前、ひょっとして高瀬涼の縁者か?」

 

 

続く


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