モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 本編After「いわれ」5

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「こいつらが黙るようなやつでも呼びつけるか」

「ちなみに誰と通信できるの?」

「有効なところで見繕えば、武藤に市宇、蔵元、岩井、それに柳さん辺りだな」

「ちょっと待って最後はいらない。面倒事がさらにややこしくなるから、何があっても連絡なんてしないでよ」

 

凍牙はふざけているのか、それとも密かに怒っているのか。どっちにしてもこれは早急に片付けないと。

 

「おい、武藤とか市宇って、まさか」

「そんなもんはったりに決まってんだろ」

 

口々に言いながらも連中の顔には微かな不安が見える。さすが日奈守。春樹たちの影響力は絶大か。

凍牙が春樹の名字を出した途端、佐智が悔しそうにこちらを睨んできたがこれには構っていられないのであえて無視。

しかしスマートフォンで外部と連絡が取れるのはありがたいな。

 

「どこかに電話してくれるってなら、110番でお願い」

「………は?」

 

わたしの要求が聞こえた先頭の数名が目を点にした。

 

「ここはお巡りさんに仕事してもらおう」

 

今日のわたしたちには後ろめたいことが何もないから、警察を頼ったところで問題ないだろう。

 

「警察か」

「うん。駅前に交番もあったし、誰かが駆けつけてくれるまでにそう時間はかからないだろうね」

「何余裕こいてやがんだ! つーかなんで警察なんだよ!」

 

口にピアスを付けた男が喚く。周りも不安を上手く隠せていない。

どうしてなんて、そんなもの決まっている。

女に叩かれた頬を人差し指で軽く2回つつく。

 

「そちらさんが手を出してきたかね。無抵抗な人間に暴力はアウトだよ」

 

わたしに手を挙げた本人に首をかしげると、女は顔を青くした。

 

「ついでに言うとこっちには連れの証人がいる。さらに言えばあんたらの頭の上、最初に確認しておくべきだったね」

 

建物の軒の下、裏口を見張るために設置された黒い筒状の定点カメラを指し示す。カメラのは目的のドアを映した延長で、レンズがこちらを向いていた。

 

「動かぬ証拠。言い逃れは出来ないだろうね」

 

あのカメラが本当にこの位置までとらえているのかや、電気が通っていないダミーである可能性も否めないが、そんなこと教えてやらない。

 

「みんなで仲良く補導されてこようか」

「そんな……、ただ手を振り回していたらたまたまあんたにあたっただけじゃない」

 

弱気になってうろたえる女が必死になって仲間に同意を求めている。

苦しすぎる言い訳だな。

 

「いいのかよ。警察なんか呼んだらお前の妹が俺らと一晩つるんでたってことも、親や学校にばれるんだぞ」

 

強気な男の発言に、佐智の肩がびくりと跳ねる。そこは特に気にせず見なかったことにしておく。

 

「18歳未満の深夜徘徊、自分で喋って自爆したいならお好きにどうぞ」

 

言った瞬間から絶句する男たちに再確認。どうしてここまで頭が回らないんだ。

あれ、そういや深夜徘徊は現行犯じゃないと補導されないんだっけ。

まあどっちでもいいか。傷害のほうではひょっぴけるから。

佐智が警察だけはやめろとわたしに目で訴えてくる。

両親に不良行為を知られるのは嫌か。

家でまでしておいて、自分が親を嫌いになるのはよくても、親に嫌われるのは怖いのか。

もしそうだとすると、柳さんが言っていた「甘え」とはこういうことを示すのかと密かに納得した。

 

「心配しなくても、あんたがこいつらにした借金踏み倒そうが補導されようが、父さんと母さんがあんたを見限ったりはしないよ。怒るとは思うけど」

「そんなの、分かんないじゃないの!」

 

分かるよ。こいつはわたしが小学生のころどれだけ親に迷惑をかけてきたたと思ってるんだ。

こっそり悪さをする技術が未熟だった当時、わたしのした悪行が原因で、母や保護者代理として涼君が学校に呼び出しを受けたのも1度や2度では済まされなかった。

それでも、わたしがどれだけ悪ガキの問題児であっても、わたしは今も彼らの家族でいられている。

 

「この程度のことでびびるな。そもそも見捨てられるのが嫌なら家でなんかするんじゃないよ」

 

耐えきれず涙をこぼして泣きじゃくる佐智はひとまずおいて、集団を注意深く観察する。

前と後ろにいる人間の表情に違いが出始めた。組織として意思の分裂が起こりつつある。

事態に収拾がついた後に、現在佐智が置かれている立ち位置に付く人間が決定したようなものだ。

勝手に余計な真似をした――わたしに手を出した女のはそんな周囲に気付くことなくこちらに強烈な怒りをぶつけてくる。

少し刺激しただけで今にも飛びついて来そうな形相だ。

さてと、次は自分は悪くないとでも言いたげな後方連中をつついてみようか。

わたしの一挙一動に過敏なまでに神経を集中させているやつらへと、一歩踏み出してみる。

数十センチ近くなった距離に、張り詰めた緊張感が伝わってくるのを鼻で笑ってやった。

先頭に立つ男の拳が震えている。このまま接近すれば確実に殴りかかってくるだろう。

上等だ。挑発するように目を合わせて笑いかけようとするも、突然襟首を掴まれ未遂に終わる。

 

「ちょっと」

 

横やりを入れた凍牙に避難の眼差しを送ったのだが、冷たく睨み返されてしまった。

 

「悪い癖が出ているぞ」

 

凍牙がわたしの襟首を掴む手に力を入れた。よろめくように数歩下がる。

 

「自分を物として扱うなと何度言えば分かるんだ」

 

耳元でささやかれて、くすぐったさに肩を縮める。首筋から電流が走ったような感覚がして力が抜けた。その隙に凍牙がわたしと連中の間に立つ。

 

「口だけ女は黙ってろ。まさか2度目も見逃すと思ったのか」

 

……うわあ。口調からして、大変怒ってらっしゃる。

言われて気付く。落ち着いているように見せかけて冷静さを欠いていた。どうやら頭に血が上っていたのはわたしもやつらと同じだったようだ。

凍牙がなにくわぬ顔でスマートフォンを差し出してくる。流れで思わず受け取ってしまった。

 

「通話のところをタップしたら警察に繋がる。好きなタイミングでかければいい」

 

いやいやいやいや。無理に決まってんだろ。

これは本気で怒らせてしまったか。

まずスマートフォンの画面は黒くなっていて「通話」なんてボタンはどこにもない。それ以前にわたしに電話をかけさせようなんて無茶ぶりにも程がある。

これは目の前にいるやつらへの牽制だと思っていいんだよね。

 

「ああ? なんだお前がやんのか!」

 

前に出た凍牙に先頭の男が大声を上げる。虚勢を張っているのが丸分かりなほど声は震えていた。

 

「そっちが手を出すなら黙ってないが」

 

落ち着いた凍牙の態度に連中の緊張が増す。蛇に睨まれた蛙状態だ。

 

「……納得いかない」

 

不服だ。わたしの時と明らかに様子が違いすぎる。

 

「性別、体格、顔、どれをとっても恐怖が感じられないからな。お前の場合」

 

そうか所詮は見た目か。

 

「どの道喧嘩慣れしてない連中だ。最初から回りくどくせずに直球で脅せばよかったんだ」

「そんなの分かるの?」

「あいつらの手を見れば大体な」

 

さらっと言ってのけたけど、わたしには全く見分けがつかない。こいつはその道のプロか。

 

「……なんだよ、……やんのか? だったらお前もネンショー行きだなあ」

「さっきも言ったが、てめえらが手を出さない限り俺は何もしない。来るならためらわずに迎え撃つがな」

 

凍牙が一歩近付くと、連中はじりじりと後退しだす。

 

「コンビニ強盗を手荒に店員が撃退したとしても、さほど非難はされないだろう。同じことだ」

 

そういや何年も前にテレビで見たなそんな場面。

カメラは見た! みたいなバラエティ番組で、包丁ちらつかせた強盗に店員さんがレジを投げつけていた。

ここはちょっと乗っかっておこうか。

 

「同じかどうかは別として、どちらが最初に手を出したかは結構重要になってくるね。傷害と過剰防衛の違いは大きい。そしてここでだったら、証言だけでなく映像としても証拠が残せる」

 

言葉にして自覚させれば余計手を出しづらくなるだろう。

ここで開き直って後先考えずに暴れる勇気は、おそらくこいつらにはない。

立場の弱いやつを操って遊んでいる時点で程度が知れる。

 

「はっ、結局てめえもそこの女と同じで口ばっかりじゃねえか」

 

顎を突き出してこちらに唾を吐き捨てた男がにやりと笑う。

先頭を切った男の意図に乗って、次々と他のやつらも挑発を始めた。

 

「この手も出せないへなちょこが!」

「やれるもんならやってみろや! 人も殴れない臆病者ども!」

 

だから、こっちから暴力に走ることは絶対にないって。

声を張り上げる連中の顔がちょっと痛い。必死すぎるぞ。

中指を立てて挑発してきたところで、そっちに指一本触れるつもりはないからね。

目の前にある凍牙の背中に呆れを通り越した哀れみを感じるのは気のせいか。

ここまで温度差が開くともはや罵倒も空回って彼らがかわいそうに思えてくる。凍牙を怒らせたいのだろうけど、これじゃあなあ。

こっちが取ったやり方を、たった今自分たちが思いついたように実行されても意味がないだろう。あんたたちに定点カメラの情報を与えたのが誰なのかもう忘れたか。

わたしと凍牙がしらけているのを目の当たりにし、佐智の涙は引っ込んだ。怒号の中心にいるにも関わらず、彼らに対する恐怖は払拭されている。

ちらりとわたしを振り返った凍牙の目が、どうすると聞いてきた。

最終目的は佐智を自由にしてこいつらを退けたいだけだから、別に負かす必要はないのだ。

やかましいのが落ち着いたら、自分たちが仕方なく見逃してやったぐらいに思わせて、さっさと退場してもらおう。

それにしても、大声を上げて喚き散らすのって気力も体力も相当消費するだろうに。

こいつらほんとに元気だな――なんて感心していたのがいけなかった。

 

「うるせえんだよ!! 裏でごちゃごちゃ騒ぐな!」

 

なかなか静まらない集団を、怒声が一瞬にして黙らせた。

 

 

続く


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