モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 本編After「いわれ」4

—4

 

凍牙が結論を急ぐ。早くしないと集団を見失ってしまう。

バスのエンジンが掛かった。小刻みな振動が全身に伝わる。

ああそうだね。わたしが佐智に遠慮や気遣いなんてしたことがないし、これからも優しい姉になんてなるつもりはない。

善き行いをしたいわけじゃないんだよ。ただね、あんたがそういう連中と一緒にいるってことに、わたしは少し興味がある。

だから確かめずにはいられない。

 

「ごめん、巻き込む」

「今更だ」

 

運転手が行き先を告げる車内放送に反して、凍牙が乗客をかき分け出口へと向かう。

あとに続き段差を蹴る勢いで地面に降りる。先を行く背中を追いかける。

行く手の赤信号は走る車が途切れたタイミングで走り抜けた。

人の多い歩道を進んでいるとはいえ、わたしが凍牙に付いていけるのは気にかけてくれているからだろう。

肩にかかるショルダーバッグが邪魔だ。道行く人にぶつかって不機嫌な顔をされたけど謝っている暇もない。

バスの中から連中が見えていた位置までたどり着くころには、目に見える範囲に目的の彼らはいなかった。

 

「裏に入ったか」

 

凍牙が忌々しげに呟いた。

歴史のある日奈守駅周辺は大通りをひとつ外れるだけで、小さな道が幾重にも入り組んだ迷路のようになっている。

大通りに近いところには昔からの街並みが楽しめる観光エリアもあるが、さらに奥へ進んでしまうと一般人はまず足を踏み入れない危うい地帯も点在する。

駅から離れた山合いに実家があるわたしは、そこまでこの近辺の地理に詳しくはなかった。

注意深く探りながら、一番近くの小路を歩く。

10歩も行かないうちに再び道なりに曲がると、車一台通るのがやっとな細くて長い道に出た。

道の両側は2階建て以上の建物が並び、昼間でも太陽の光が届かず薄暗い。

建物ごとに取り付けられた室外機が不気味に唸る。

数十メートルごとに左右に伸びる道は、車が通れないぐらいの道幅だ。

左は常に大通りに繋がるようで、賑やかな喧騒が微かにこちらにも届いた。

早足で直進していると、目的の集団はすぐに見つかった。

わたしたちに背を向けて、裏の通りをさらに奥へと進んでいく。

集団の歩く速度が遅いため、もう見失うことはないだろう。

 

「この先って何があるか知ってる?」

「エリアからしてそこまで危ない場所ではない。このまま行けば広い通りにぶつかる。

 

激安のカラオケ店や、ゲームセンターにクラブ、要は若年層が群れる地帯だ」

 

娯楽施設の密集地か。店に入られると厄介だな。

大勢の後ろ姿をとらえつつ、細い通りを見渡す。客向けの扉や看板はなく、建物は両側とも店や事務所の裏側にあたるようだ。

従業員向けの簡素なドアと、稼働している換気扇。屋根の下についた小窓からは人口の灯りが漏れている建物もある。

最悪の事態が起こっても、大声で騒ぎ立てれば第三者はすぐに駆け付けてくるのが予想できる。

状況は申し分ない。よほど鋭いやつがいない限り、大人数相手でも太刀打ち可能だ。

 

「もしも向こうがわたしに手を出してくるようなことがあっても、一発目は動かないで」

「喧嘩慣れしてそうなのが顔面狙ってきたらどうする」

「そうならないよう努力する」

 

不服そうな顔をした凍牙が反論してくるより先に集団に接近した。

 

「ちょっといいかな」

 

年下と推測して敬語はなしで。この集まりの主導権を握っているであろう先頭の連中にも聞こえるぐらい声を張り上げる。

 

「なんだよ、お前」

 

最後尾にいた少年が怪訝な顔で舌打ちする。集団に紛れていた佐智がわたしをとらえて驚愕に目を見開いた。

 

「そこでおどおどしている気弱そうな子って、あんたたちの友達か何かなの?」

 

言いながら佐智をまっすぐ指し示す。

集団の中で小さなざわめきがしばらく続き、やがて先頭にいた連中が細い路地で仲間を押しのけ近付いてくる。

男が3人女が2人。この集まりの中心人物たちだな。

 

「なによ、あんた。この子に用事?」

「それ、一応わたしの妹だから」

 

分かりやすいな。告げた途端に聞いて来た女は目を泳がせる。わたしは悪いことをしていますと言わずに教えているようなものだ。

あちゃー、身内が来ちゃったよ的な気まずい雰囲気を全体が纏いだす。これなら事は簡単に終わると密かに安堵するも、そうは問屋が卸さない。

 

「ふ、ふざけないでよ! あんたなんか家族でも何でもないわよ!」

 

お前がふざけるな。状況を考えろよ。

 

「あれー、まさかのお姉ちゃん拒否?」

 

ほら、気落ちしていたあんたの周りの人たちが持ち直してきたじゃないか。

 

「それで、そこの子はあんたたちの友達なの?」

「友達っていうと友達だしー、言ってみればわたしたちあの子にとっての恩人みたいなものなんだよねー」

「ねー」

 

にやにやしながら近場の仲間と同意し合う、仲良しを見せつけつつ仲間意識を確認している行為に、斜め後ろから「うぜぇ」という小さな悪態が聞こえた。

 

「へーえ。恩人、ねえ」

「別に何でもいいじゃない! あんたには関係ないでしょ!」

「お前黙れ話が進まねえ」

 

地を這うような凍牙の声に、佐智がすくみあがる。

まあ初対面で目つきの鋭い長身の男にそんなこと言われたら誰だってびびるか。

佐智の周りいたやつらも一瞬ぎょっとするも、凍牙が睨む対象は自分でないと判断するや否やすぐに調子を取り戻す。

それでいい。こちらを格下だと思っていてくれるほうがやりやすい。

 

「で、恩人の皆様はその見るからに気弱そうな子に、恩着せがましくも一体何をして差し上げたのかな?」

「何ってぇ、助けてあげたのよ。その子昨日の夜ひとりで街をうろついてて、家に帰りたくないけどお金がないっていうし、一緒にカラオケでオールしてあげたの」

 

わたしの質問に胸を張って得意気な返事を返す女子に、こいつら馬鹿か大物のどっちかだと結論付ける。

 

「誰も挑発されたってことに気付いてないな」

 

ぽそりとわたしにかろうじて聞こえるくらいの声量で、凍牙が呟く。

言わないでよ無かったことにして流そうと思ってたのに。

段差もないところでひとりつまづいた気分だ。目論みが外れたことを指摘されたのが恥ずかしくて顔が熱い。

 

「それはありがとう助かりました。じゃあカラオケでオールしてくれた後、一夜明けても妹と一緒に行動している理由は?」

 

平静を装って話を続ける。凍牙にはばれているだろうが前のやつらに動揺が知られていなければ問題ない。

 

「ええーだって、一晩分もカラオケ料金払ってあげたんだよー。それなのに何もしないでさようならって、俺らに何の得もないじゃん。今日一日ぐらい遊びに付き合ってもらわないとねー」

「さっきのビルでもおもしろかったよねーさっちゃん。ショップのおばさんすごい顔になって怒ってたし、思い出しただけで笑えてくるわ」

 

近くにいた女に肩を組まれ、佐智が真っ赤になって俯いた。

察するところ、カラオケ代金を盾にして佐智に迷惑行為をさせて、こいつらはそれを見て楽しんでいるらしい。

典型的な弱い者いじめだ。調子に乗って見境がなくなると、そのうち万引きとかも強要していきそうだ。

 

「本当に今日一日でその子とはさよならしてくれるのかな?」

 

念のために聞いてみると、なぜか目の前の連中は大うけした。笑いのつぼがよく分からない。

 

「いやいやだめでしょ。たった一日で一夜の恩を忘れるとか、さっちゃんそんな薄情な子じゃないもんねー?」

 

同意を求められ、佐智の顔色が赤から青へと変化する。

だろうね。せっかく出会えたとっておきの遊び道具を簡単に手放すわけがないか。

 

「話が違うじゃない。今日だけ言うこと聞いたら、それでチャラにするって……」

「えー、そんなこと誰か言ったー?」

「今日で全部チャラにしたいってんなら、もちろんさっちゃんは今すぐ昨日のカラオケ代払ってくれるんだろうね」

 

焦り出す佐智をよそに、連中のテンションはヒートアップしていく。

周りの建物にいる人たちが迷惑しているのではと案じるぐらい、ものすごくうるさい。

騒いでいるのは向こうなのに、わたしが悪いことをしている気分になってきた。こいつらとやり合う場所にここを選んだのはわたしなのだから、罪悪感に見舞われるのは仕方がないか。

 

「いくらなの?」

「――え? なんか言った?」

「その子に使ったカラオケ料金はいくらなのかって聞いてるの」

「あれれー、もしかしてお姉ちゃんが払ってくれるのー?」

「やっさしいねー! いくらにするー?」

 

ぎゃはははと調子に乗ってふざける連中に囲まれながらも、佐智が屈辱そうにわたしを睨んでくる。

勘違いするな。あくまで立て替えておくだけだからね。

集団の一番近くにいた目元のメイクがやたらときつい女に手を差し出す。

 

「は、何この手?」

「代金払うって言ってんだから、さっさと領収書見せてよ」

 

当然のごとく要求してやれば、はしゃいでいた連中が次第に大人しくなっていく。

 

「はあ?」

 

何言ってんだこの女、頭おかしいんじゃないのかとひそひそ話す声はばっちりこちらに届いている。

いいやわたしの頭はいたって正常だ。

 

「まさか見ず知らずの他人に金銭を要求しようってのに、レシートひとつないなんて甘ったれたことぬかすんじゃないだろうね」

 

信用ならない向こうの言い値で払うわけがないだろう。カラオケ店でレシートを貰ってないなら問答無用で踏み倒すぞ。

 

「社会のルールにのっとっているというのに、お前のほうが非常識に見られるのは不思議だな」

 

感慨深げに凍牙が頷く。

 

「社会に出る前だから仕方ないのかもしれないね」

「お前も大概甘いな。引率なしのひとりで買い物ができるようになった時点で、どんなガキでも売る側からしたらいち取引相手としてみなされるだろ」

「もしかしてひとりで買い物ができないから、これだけ大人数で群れているのかも」

「ああ、その可能性はあるな」

「……てめえら」

 

さすがにこの挑発は通じたか。

殺気立つ手段を前に、凍牙も同じことを思ったに違いない。

 

「あんた、何様のつもり?」

「男連れてるからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

 

怒りの矛先はわたし限定らしい。別にいいけど、見た目ってこういうところで重要になるな。

わたしは連中にとって格下の存在で、佐智と同じくいたぶる対象になり得ても、意見を述べて反発するのは許し難いランクの人間らしい。

佐智を――自分たちより立場を低くした者を連れ回していたところからして、ここのやつらは人の上に立つ優越感に貪欲なのだと推測する。

わたしよりも惨めなやつがここにいる。だからわたしは惨めじゃない。

わたしより弱いやつがそこにいる。だから自分は強い。

くだらない虚栄心だ。

せめて比較対象で最弱にもっていくやつは自分たちの中から見つけたらどうだ。予備軍なら後ろのほうに何人もいるだろう。自己満足の見栄を張るのに他人を巻き込むな。

改めて集団をぐるりと見渡す。リーダー格が5人、真ん中は彼らの取り巻き、そして後ろのほうは彼らのお遊びになんとかついて来ている数名。取り残されまいと、集団からはみ出ないようにと彼らは必死だ。

学級にもよく見れる、典型的な「集団」である。これなら崩すのもたやすい。

 

「俺がいなくとも、結衣の言動はそう変わらないだろう」

「いや、いてくれてものすごく助かってるよ。多分わたしだけだと佐智が反抗的になって収拾が付けられない」

 

さっきの凍牙の一喝はものすごくありがたかった。

 

「てめえまじでウザいんだよ!」

 

こちらの態度が気にくわないのか、荒々しい口調で叫びながら接近してきた女が腕を上げる。勢いよく振り下ろされた手はわたしの頬に直撃した。

高く乾いた音が大きくしたものの、それほど痛くはない。女の平手だ。男に拳で殴られるよりもはるかに弱い。

だけどまあ、向こうが手を出してきたことには変わりがない。これで佐智のカラオケ代を立て替える必要もなくなったか。

感情で動いた女に、仲間たちも呆気にとられている。特に後ろにいるやつらの動揺は大きい。

誰も喋らないし、動かない。この場の主導権を握れるかどうかの分岐点だなと、じんじんする頬をさすりながら考えた。

ここでわたしや凍牙が怒りを表に出したら、連中に軍配が上がるだろう。流されては駄目だ。間違っても向こうに合わせて受け身で返してはいけない。

ペースを崩してこっちのいいように空気自体を持っていく。わたしの得意分野だ。

 

「口は動くか?」

「平気。頭もちゃんと動いてるよ」

 

声のトーンが気持ち低くなった凍牙に、こともなげに返す。

余裕をかまして笑っているわたしとは反対に、スマートフォンを片手に持つ凍牙の顔は無表情なままだ。

 

 

続く


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