モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 epilogue

epilogue

 

2学期の期末テストで、凍牙は学年3位の成績を取ってみせた。

授業をさぼる頻度も以前と比べ大幅に少なくなったという。

龍華の名前が校内で囁かれていたころと打って変わり、教師の凍牙に対する態度はかなり軟化した。

本人に言わせれば、劣等性を演じるのがめんどくさくなっただけとのことだ。

期末テストの成績によって、ご両親が凍牙を見る目は多少ましになったものの、家では相変わらずお兄さんがうるさいらしい。

凍牙は最近家に帰らず、柳さんの店で寝泊まりする機会が最近増えた。

毎週水曜日、わたしのバイトの休みに合わせて凍牙も柳さんから休暇をもらっている。2人で日奈守に行くのが定番となり、港の倉庫に着けば凍牙はいつも仮眠室で死んだように眠ってしまう。

柳さんの下で働くというのはとてつもなく気力体力を使うらしい。

だけど凍牙の口から、仕事に関して多少の文句は聞いても弱音は絶対に出てこなかった。

 

「移動時間を考えるなら、毎週日奈守まで行くほうが体に負担がかかってるんじゃないの?」

 

心配になって聞いてみたものの、これは即座に否定されてしまう。

 

「休みの日だろうが、所用ができて近くに俺がいるのが分かれば、あの人は容赦なく出動要請を掛けてきやがるんだ。日奈守ぐらいあそこから離れていたほうが安心して休める」

 

これを聞いていた春樹たちはあからさまに同情の視線を送っていた。

ほんとに、よくあの人についていけてるよ。

 

かつて付き合っている体裁を繕っていた夏休みよりも、わたしと凍牙が共に過ごす時間は格段に少ない。

学校の昼休み、水曜日の放課後。そしてたまにであるが、静さんと柳さんに晩御飯をごちそうしてもらう時――。

少ないといっても、わたしからしたらかなりの頻度だと思う。

マヤに言わせれば夜に電話やメールができないのは寂しいらしいけど、これは価値観の違いだろう。現状に不満はない。

 

 

来週半ばには冬休みが始まる。そんな日曜日。

わたしと凍牙は隣県にある海に面した水族館に来ていた。

凍牙が期末テストで好成績を収めたご褒美にと、柳さんが2人分の入場チケットをプレゼントしてきたのがことの発端だった。

昨日、土曜日の夜。カプリスで静さんと柳さん、わたしと凍牙で晩御飯を食べていた時の話だ。

 

「どうせ明日は仕事が予定だったろうから、まさか行けないなんて言うわけないよなあ?」

 

などと半分脅し交じりで柳さんはわたしと凍牙に水族館のチケットを渡してきた。随分と強引なご褒美だよ。

ちなみに柳さんと静さんは本日、店を閉めて日帰りの温泉旅行に出かけてしまっている。

受け取ってしまったからには行くしかない。普通に貰ったら嬉しいもののはずなのに、なぜか2枚のチケットからはいい知れぬプレッシャーを感じた。

めんどくさがって行かなかったら後が怖いという意見は凍牙と一致した。

比較的空いている時間に見て回ろうと朝早くから電車に乗って、開館と同時に水族館へ入り施設内を楽しんだ。

昼前には建物を出て駅を目指すため海に背を向けた。

天気は良くても風がものすごく冷たい。

さっきまで暖房のきいた屋内にいたから、寒さが一段と身にしみる。

歩道に等間隔で植えられた木々には、深緑のコードが巻きついていた。

もうすぐクリスマスだ。

日が落ちれば電飾がこの道を煌びやかにいろどるのだろう。

 

「そういやクリスマスの予定は?」

「柳さん次第だ」

 

まあ、そうなんだろうね。

 

「出来たら23日を空けておいてほしい。春樹がみんなで焼き肉行こうって前に言ってた」

「本番は洋人にバイトが入った。年末年始は人出が少なくなるから稼ぎ時らしい」

 

洋人は24時間営業のコンビニに勤めているのだが、従業員は既婚者や恋人のいる人がほとんどだとか。

 

「あいつも頑張るな」

「大家族だし、大学行くためには今から貯金しておく必要があるんだって」

 

たわいない会話をしながら通りすぎた店のウィンドウには、大きなクリスマスツリーが飾られていた。

ツリーの根元でサンタの人形が四角いプレゼントをこちらに掲げる。

センサーが内蔵されていたようで、目の前を通ると白ひげのサンタが腰をふって踊り出した。

 

「欲しいものでもあるのか?」

「特にこれといっては何も。凍牙は?」

「切羽詰まって必要なものはないな」

 

考えもせず返してくる凍牙からは、全く物が置かれていない整理整頓の行き渡った彼の自室が安易に想像できた。

わたしも人のことをとやかく言えな部屋に住んでいるのだけどね。

 

「あ、でも……」

「どうした?」

「いや、何かが欲しいとか、そういうわけじゃないんだけどさ。希望というか、一応わたしたちは付き合ってるわけだし……」

 

思い浮かんだ要望に気恥かしくなり歯切れが悪くなる。

しかしここまで言って引き下がってしまのもなんかなあ。

 

「……手とか、繋ぐのは駄目かな……?」

 

覚悟を決めて、恐る恐る凍牙の顔を見上げて聞いてみた。

足を止めた凍牙は怪訝に眉を寄せてわたしを見下ろしてくる。

 

「……手フェチ説は本当だったか」

「聞き捨てならない! 一体どこからそんな疑惑が!?」

「提唱者は咲田で、それを聞いた市宇がわざわざ俺に知らせてきた」

「あ、あいつらー!」

 

違う。わたしは断じて手フェチじゃない。

けらけらと腹を抱えて笑い転げる成見の姿が目に浮かんだ。

人で遊びやがって。あいつ本気でふざけるな。

 

「ほら」

 

ここにいない変態悪魔に怒りを燃やしていると、凍牙が右手を差し出してきた。

意味が理解しきれず、一瞬頭が真っ白になる。

 

「クリスマス限定の話だったのか?」

「いや、そうじゃない」

 

ためらいながらも、自分のよりも遥かに大きな握る。

凍牙は何事もなかったかのように歩き出した。

あまりに自然すぎる流れに、上手く思考がまとまらない。

ひとつだけ、今の率直な感想を言うとしたら……。

 

「手……冷たいね」

「お前だってそう変わらないだろう。一体俺の手に何を期待したんだ」

 

いや……、だって。この寒い中、手はかじかんで痛いぐらいだし。

自分が冷え症なのは自覚しているし、人さまの手はもっと熱を持っているものだとばかり……。

 

「駅ビルででも手袋買って帰るか」

 

しみじみと漏らす凍牙に頷く。

 

「……そうしよう」

 

うん。この季節に2人して基本的な防寒具を身につけていない時点でまずアウトだな。

クリスマスまでなんて待っていられない。

 

「恋人の定義って、どこにあると思う?」

「今度はどうした」

「いや、これはなんとなくの思いつき」

 

春樹と綾音。成見と菜月。三國先輩とマヤ――。

基準になりそうな人は周りにたくさんいるのだが、どうもわたしと凍牙の仲は彼らと比べて冷めているように見えるらしい。

わたしのクラスの人たちは、わたしと凍牙が付き合っているのは知っているが、事実として信じていないのがほとどだ。

モノトーンというチームに所属している者同士、いざとなったら共闘体制を取るために交際しているのだと認識されているらしい。

人がどう思おうが、それは個人の勝手である。

だけど時々、性懲りもなく考えてしまう。性分から、はっきりさせてみたいのだ。

わたしと凍牙の関係を言葉にしたら、恋人というものになるのだろうか――?

どんなに考えても、まず恋情というものの基準が定まっていないから、いつまでたっても答えは出ずに分からずじまいだ。

だから、分からないから、今ある望みを口に出してみる。

 

「知り合い、友達、親友、彼氏彼女、恋人、愛人。名目はなんでもいいんだと思う。ただ世間が見る目で、凍牙の隣に立つ女は恋人だというなら、わたしはそうでいたい。関係性の名前がどうとかじゃなくて、わたしはこの位置に居続けたいし、ここを他の誰にも譲りたくない」

「そうか」

「うん。誰にも邪魔されたくないって思えるほど、今がすごく楽しい」

 

ふとした時に、凍牙が隣にいる。それが何よりの幸せで、仲間とともに過ごすのとはまた違う心地良さがここにはある。

この心の安定がわたしの一方的なものでなく、凍牙と共有できるものであればと、切実に思う。思ったところで、わたしには凍牙の本心を知り得ないけど。

現状でわたしが出せる答えなんて、この程度のものか。

 

「そうだな」

「……………うん」

 

頭の中がパニックに陥った。

こいつ何か変なの口にしたかとあらぬ疑いをかけてしまうぐらいに、思考が混乱する。

冷やかされるかもしくは聞き流すのかと思いきや、まさかの肯定。

凍牙がどんな顔をしているのかと見上げようとするも、それは同時にわたしの今の顔を相手に知られることに繋がる。

迷った末に顔は前を向けたまま、2人歩道を行く。

気まずさを紛らわそうと凍牙の手を強く握れば、応えるようにやんわりと握り返された。お願いだからいつもみたいに言葉で突っ込んでくれ。

恥ずかしさを隠すため俯き気味となったわたしの髪を、冷たい風が揺らす。

冬も本番。ビルの間を吹き抜ける風には容赦がない。

 

そんな中でも凍牙と繋いだ右手だけは、どちらのものともいえぬ熱が行きかう。当初の冷たさは名残もない。

いつか離すのが惜しまれるほど、凍牙の手は暖かかった。

 

 

『モノトーンの黒猫』本編end.


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