モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下5-2

5-2

 

 

呆然と立ち尽くす先輩の瞳に恐怖が映し出される。

人じゃない化け物に遭遇してしまったとでも言いたげな、こんな怯えた視線にももう慣れた。

 

「わたしの推測に誤りはないってことで、よろしいですか?」

「……優しい人なのよ」

 

そう言うと西浜先輩は地面に顔を向けたまま話し出した。

 

「小学校のころから、彼のことは知っていたわ。気さくでいつもみんなに頼られて、人がいいからなんでも引き受けてしまう。ずっと昔から憧れていて、姿を見つけるとつい目で追ってしまって……、好きだって自覚したら、もうどうしようもなくて。報われなくてもいいから、わたしは、野田君の役に立ちたくて……」

「そこら辺はどうでもいいです。あなたがどうして野田先輩を好きなのかなんて、興味ありません」

 

知りたかったのはわたしの推測が正しかったかどうかの一点だけだ。

思いきって野田先輩のために龍華という組織を作ったというのなら、西浜先輩の恋慕の情がどれだけ深いかは本人が語らなくても十分推し量れる。

 

「西浜先輩が野田先輩をしたっていると確認できたので、そちらの話はもういいです。これでようやく本題に入れます」

 

わけが分からないと言いたげな西浜先輩に目を細める。

 

「わたしが、先輩の大事な人が誰なのかを知っている。ということを忘れずに聞いてください。次に西浜先輩がわたしや凍牙、モノトーンに手を出した時は野田先輩に消えてもらうとします」

「………………は?」

「皇龍内での失脚か、この街での信用消滅。まあどうしてやるかはその時の状況次第でしょうけど」

 

凍りついた西浜先輩がかろうじて口だけを動かす。

 

「………どうして」

 

「そのほうが、西浜先輩に直接攻撃するより効果がありそうなので」

「ふざけないで! 彼は関係ないじゃない!!」

「それを決めるのはわたしです。こちらからしてみればあなたを突き動かす動機になっている時点で、野田先輩は立派な関係者ですよ」

 

西浜先輩の握りしめた拳が震えているのはここからでも見て取れた。

憎しみのこもった、今にも襲いかかって来そうな先輩の憤りは軽く受け流す。

 

「今、先輩がわたしに抱いている感情ですけど、ひとまずご自分に向けてみてはいかがでしょうか。先輩も、凍牙に似たようなことを言ったのですから」

 

先輩の怒りをほとばしらせた顔が少しだけ和らぐ。

 

「それともなんです。誰かのためという名目を付ければ、人を脅す行為に正当性が生まれるとでも? でしたらわたしも、わたしと仲間の安寧のためとでも理由を付けさせていただきましょうか」

 

困惑を隠しきれず、先輩の目が泳いでいる。

 

「もしくは西浜先輩は特別な人で、人を脅して従わせるやり方を誰も咎めてはいけない存在だとか? それはそれは、随分と大層なご身分であらせられることで」

 

話している途中から、鼻をすする音が聞こえ出した。

目を真っ赤にした先輩は、頬をつたう涙を乱暴に拭う。

 

「ほんとになんなのよ、あなたは……。わたしをこけにして、そんなに楽しいの?」

「いいえ全く」

 

これのどこに娯楽要素があるというのか。これからを平穏に過ごすためにも、次がないように釘をさしているだけにすぎない。

腹も減っているし、わたしはとっとと終わらせて弁当が食べたいんだ。

 

「言い方を変えましょうか。これから先、先輩にどんな理由があろうと、たとえどうしようもないぐらい大切な人のためであったとしても、目的を成し遂げるためにわたしたちを利用しようとするのはやめてください。わたしや凍牙は、あなたの便利で使える人間には決してなりません」

 

はっと息をのみ込んだ西浜先輩と、ようやく目が合った。

 

「もしもそんなことがあれば、わたしは先輩の心の憂いとなっている、根本的なところを取り除きます。今言ったこと、プラス思考では捉えないで頂ければありがたいです。人の思い通りに動くのは、好きじゃありませんから」

 

第一、龍華を作るだけの行動力があるならもっと違う方向で活かせないのか。

そこまで勢いのある人間なんてそうそういないはずだ。

思ったところで、この人に伝える義理はないので何も言わないけど。

 

「わたしからは以上です。では、もうこうやって話す日が来ないことをこちらは願います」

 

立ち尽くす西浜先輩の横を通り、校舎に戻る。

それにしても寒い。選んだ場所がまずかったか。

室外で体を動かさずに長々と喋るのはもうやめておこう。

 

「待って!」

「……何か?」

 

振り返ると、重ねた両手を自分の胸にあてた西浜先輩が悲痛な面持ちで聞いて来た。

 

「あなたも、皇龍の存在は間違いだったと思っているの? 吉澤先生みたいに、ずっと昔に、なくなっていればよかったと……本当に……」

 

あの先生はそんなことを言ったのか。

 

「間違いか正解か、答えはどちらかでないといけないんですか?」

 

これは極端すぎて笑えない。

 

「わたしも詳しくは知りませんが、吉澤先生が皇龍を次代へと繋げたことにより、終わらなかった皇龍によって救われた人もたくさんいるでしょうね。そんな人たちに、あなたが救われたのは間違いだったと、先輩は言えますか?」

 

わたしも、彼らには助けられた。あてにしたこともある。

正解と不正解の二極化で物事をとらえようとするから、そうやって納得できずに悩んで動けなくなってしまうんだ。

まあ、世の中白か黒かどちらかはっきりさせたい人間が圧倒的大多数を占めているからこそ、わたしみたいなのが楽できるのだろうけど。

西浜先輩の目から、涙は引っ込んでいた。

何かを見つけたように、その目はわたしを通り越し遠くを見つめている。

無言で背を向けても、彼女に呼び止められることはなかった。

突出した建物に沿って進み、体育館へと続く渡り廊下から校舎に入る。

 

「だから大丈夫だって言っただろ。逆上させて襲いかかられるようなへまはしないよ」

 

壁にもたれかかっていた凍牙から、自分のカバンを受け取った。

わたし廊下と反対側にある窓からは、中庭の様子が丸見えだ。

 

「ああ。校内からはお前が2年の先輩をいびっているようにしか見えなかったぞ」

「もうどう思われてもいいよ。それより空腹が限界だ」

 

昼休みも半分以上過ぎてしまっている。

食いっぱぐれて5限目突入だけはどうしても避けたい。

 

「校内だと第二科学室か」

「静かに食べられるならどこでもいいよ」

 

さすがに寒い時期に屋外で昼を過ごすのは避けたい。

第二科学室は鍵が壊れていて、いつでもだれでも入れることを知る生徒は少なくないはず。

たとえ今日は人がいなくても、毎日がそうだという保証は出来ないか。

 

「校内の穴場も見つけないとなあ」

 

これはひょっとして、真面目に授業を受けている場合ではないかもしれない。

凍牙の発案は不真面目に考えるわたしよりもさらに上をいった。

 

「いっそ適当に部活でも作るか。そうすれば部室が確保できる」

「……その手があったか」

 

実現したあかつきには、ぜひ吉澤先生に顧問を務めてもらうとしよう。

そうすれば、部員数の規定云々、多少の融通はきかせられるはずだ。

 

 

龍華編 下 END

epilogueへ続く


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