モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下4-4

4-4

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

結衣の元を離れ、自身の家へと足を向ける。マンションの鍵は開いていた。

玄関に並んだ靴からして、母親と崇司は中にいるようだ。

リビングの前を通ると、母がテレビを見ている姿があった。

3人掛けのソファに寝転がり、俺を横目に捉えて彼女はすぐにテレビへと視線を戻す。いつものことだ。

廊下を奥へと進み、自分の部屋を過ぎた先――崇司の部屋のドアを開ける。

こいつに関してだけは、俺がけじめを付けなければならない。何を言っても無駄だと諦めるのは終わりだ。

部屋の中、崇司は勉強机に座り両肘をついて頭を抱えていた。

髪をかきむしる手の震えは、俺が部屋に入るのと同時に止まる。

憎らしげにこちらを睨む崇司がものを言う前に、襟首を掴んで無理やり立たせた。

右手のこぶしを強く握る。パチンコ店での乱闘時に殴った男の歯が当たり、手には傷ができているがこいつひとりどうこうするのに支障はない。

突然のことに硬直する崇司の横顔に、一発。

これまでため込んできたものを精算する。自然と手には力が入った。

ベッドの上に倒れ込んだ崇司は勢いのまま壁に激突し、鈍い音を立てる。

攻撃を受けたことを呑みこめず、動こうとしない崇司の上体を無理やり起こし、胸倉をつかんで顔を突き合わせた。

 

「親の期待、周囲の信頼、社会の評価。そんなもの、全ててめえにくれてやる」

 

好きなだけ持っていけばいい。こいつが俺ついて他人にどう吹聴しようが、これからも止めるつもりはない。

 

「だけどなあ、俺が自分で出会い関わることによって手に入れたものだけは、てめえに渡すつもりはない。てめえにも、他の誰にも奪わせねえ。あいつは、あの場所は俺のものだ」

 

顎を震わせる崇司の鼻から血がつたい落ちた。

拭うことも忘れ、崇司は荒い息を繰り返す。

 

「手を出すなら容赦しない」

 

胸倉から手を放す。ベッドに尻もちをついた崇司は俺から後ずさり壁に背中を付けて震えあがった。

怯えきった兄の表情に、呆れる自分がいる。

俺は今まで何をこいつに遠慮してきたのだろうかと、この場になって不思議に思う。

反論するなら口で叩きのめすつもりだったが、崇司はこちらを見上げて萎縮するばかりだ。

これ以上は何も言わず部屋を後にする。帰ってきたばかりだが、玄関に行って靴をはいた。

やるべきことはまだ残っている。

 

「……母さん! 母さん――、凍牙が……!」

 

背後に響いた慌てふためく声も、外に出て玄関の扉を閉めると聞こえなくなった。

マンションを後にする時には、いい知れぬ解放感に包まれていた。

やらかしたことの重大さはそれなりに理解しているつもりだ。

俺は養われている身の学生で、親を頼って生活してきた。

崇司に暴力を振るったと父親に知られると、来月の小遣いは間違いなく渡されないだろう。

バイクも処分されるかもしれない。

もともとはこれを買うのを理由にバイトをしようとしたところ、親が先手を打って買い与えてきたものだ。

あれば便利だが、なくても生活に困ることはない。

親の名義といえば、もしかするとスマホも解約される可能性がある。

こちらが反省をみせなければ、最終手段に出てくるはずだ。

予測はできても、そこまで危機感はない。

どの道一番近くにいたいやつとは、通信機器では繋がることすらできないのだから。

しばらくの食費は貯金を切り崩せばなんとかなるが、いずれは底を尽きるだろう。

生活していく中で、金銭は絶対に必要不可欠だ。

だからといって、今回のことで親や崇司に俺から謝るつもりはない。

不満を抱えながらも現状に甘え続けていた俺も、少しは結衣を見習うべきか。

 

 

目的地に到着し、古びた店のドアを開ける。

 

「お、どうした?」

 

店内ではここの主である柳さんが、ひとりカウンターに座り新聞を読んでいた。

龍華のことをも俺のしたことも、この人が知らないはずもない。しばらくぶりに顔を合わせたというのに、柳さんは悔しいまでにいつも通りだった。

 

「頼みがあります」

「お前が? 俺にか」

 

さすがにこれは予想外だったようで、顔には出さないがほっとした。

覚悟を決めて、柳さんに頭を下げる。

顔を戻すと、きょとんと目を見開くこの人にしては珍しい表情と対面した。

 

「業種は問いません。ただ、18にもならない俺みたいな学生が、履歴書に親の承諾もなしで働けるような場所を知っていたら、紹介していただけませんか」

 

柳さんは俺が言い終わる前に、普段の楽しげな顔に戻っていた。

眼鏡の奥で、瞳が鋭くぎらついている。

 

「冷めきって世の中見下したつまんねえ面しかしねえと思っていたが、やあっと面白い目つきができるようになったじゃねえか」

 

満足そうに頷く柳さんが、新聞をカウンターに置く。

 

「知り合いに紹介するまでもない。働き口探してんなら、とっておきがある」

 

ゆっくりと、新聞を持っていた手で指し示したのは、店の床だった。

 

「給金ははずむ。こき使ってやるよ」

 

あくどい笑みを浮かべ宣言された時、頭の中はかつての自分を悔いていた。

なぜ俺は今まで、この行動ひとつ取ろうとしなかったのだろう。

目を閉じてもうもう一度深く礼をする。柳さんに負けないぐらい、今の俺は楽しげに笑っている自信があった。

 

「望むところです」

 

自由になるために自分で選んだ道だ。

後悔はない。

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

続く


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