モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下3-5

3-5

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

運転席のドアが静かに開いた。

出てきた人物に、奥の女たちが息をのむ。

荒々しくドアを閉めたその人は、相当いら立っているようだった。

 

「くだらねえことに呼び出しやがって」

 

アスファルトを踏みしめ男が車から離れる。

西浜がうろたえ2歩ほど後ろに下がるのが横目に見えた。

怒りを隠そうともせずにその男、吉澤先生はモノトーンをはじめ、奥にいる西浜たちも余すことなく駐車場内を見渡した。

 

「皇龍創設者のあなたがくだらないなんて言っちゃ駄目でしょう」

 

空気を読まない市宇は吉澤先生に萎縮することなく笑いかける。

 

「一応、彼女たちには現在の皇龍と同じような志があるようですし」

 

違和感など微塵もなく市宇は言ったが、これは吉澤先生に対する完全なる嫌味だ。

 

「……ほんっとに、柳のとこのガキは始末に負えねえ」

「お褒めに預かり光栄ですね。ちなみにそこのオレンジ頭が俺たちのリーダーですよ」

 

市宇の紹介に、吉澤先生は鬼の形相で武藤を睨んだ。

 

「てめえが高瀬の飼い主か!」

「どうも。いつもうちのが世話になってます」

「ああ全くもって世話のかかるとんでも娘だ。てめえのとこの管理体制は一体どうなってやがんだ」

 

大人の大人げない言い分にも、武藤は揺るがない。

 

「すいません。俺んとこにいる連中は基本放し飼いにしてるもんで」

「なにくわぬ顔であっさり責任放棄してんじゃねえ!」

 

同年代で作られた集団の中心にいるというだけで、武藤に仲間の管理責任が発生するかは疑問である。

しかし今はそんなことよりも、完全に忘れ去られてしまっている西浜たちに意識を戻すべきではないのか。

憔悴しきって言葉も出ない西浜を見て、蔵元が呆れた声を上げる。

 

「この街とは無関係な人間は黙っていろとそちらが訴えるてくるのを見越して、当事者になり得る人にお出ましいただいただけですよ。それとも部外者の次は、子どものいさかいに大人がしゃしゃり出るなとでも言ってあの人を追い出しにかかりますか?」

「それを言うなら俺たちじゃなくて彼に直接言うことだね。出来るものなら、だけど」

 

市宇が俺の肩に肘を置き、面白そうに西浜をいたぶる。

即座に距離を取ってやると、悪魔は苦笑して首をかしげてきた。

 

「つれないなあ。表面上の仲良しアピールは大事だよ。特にこういう、内の繋がりが理解できない人たちには、目に見えたいちゃいちゃしか分かってもらえないだろうし」

「重い。さっき受けた傷が痛む」

「はははっ。確かに、凍牙にしては珍しく面白い顔になってるね。敵さんてそんなに強かったの?」

「いんやこいつが勝手にひとりで暴走した結果だ」

 

岩井が恨みがましく俺を指差す。

 

「うわー、見たかったな俺もその場面」

 

上戸に入った市宇はたけたと笑い続ける。こいつが最初からいなくて本当によかったと心から安堵した。

 

「そんな……、こんなことって……。……卑怯よ!」

「どこが卑怯なんだよ。いち組織の頭だってんならチャンスだと思ったらどうだ。この人は街の有力者なんだろ? 上手く取り入れば龍華の立ち位置は盤石になるじゃねえか。機会を与えてやった俺たちに、むしろ感謝してほしいものだな」

 

言っていることがさっきと真逆だ。武藤は確実に、西浜にはそれができないと知ったうえで遊んでやがる。

まさに弱い者いじめだ。大魔王の二つ名は伊達ではない。

 

「どっちが悪いか分かりゃしねえな」

「どっちも悪いから問題ないだろう」

 

岩井と蔵元は役目は終わったとばかりに傍観体制に切り替えている。

 

「たちの悪いガキどもめ」

「そのガキがここまで足を運ぶはめになった龍華。そしてもとを正せば皇龍を中心とした街のシステムを作ったのはあんたでしょうに」

「……口の減らないやつだ」

 

怒り、いら立ち共に極限まで達した状態で、吉澤先生は俺たちの前を通り過ぎた。

近付くかつての街の支配者に、西浜が震えて後ずさる。

 

「それで、お前たちは何なんだ」

 

完全に委縮した西浜にも、吉澤先生は気を使おうとしない。

思春期の生徒が教師にここまで怯える光景も、この街特有のものだろう。

 

「なに……、って……」

「さっさとてめえらがやろうとしていること、行動指針、目標、理念、何でもいいから俺にプレゼンしてみろっつってんだ。こっちは休日にわざわざこんなところまで駆り出されたんだ。これ以上手間を掛けさせんじゃねえ」

 

ここまで連れてきたのは龍華ではなくモノトーンだ。そんな返しも思いつかないぐらいに、西浜は怯えきってしまっている。

吉澤先生の苛立ちが限界を超えた。

 

「おら、さっさと話したらどうだ」

「場合によってはこの先生から皇龍に口利きしてもらえるかもしれませんよ」

 

首を縮めるだけだった西浜に助け船を出したのは、モノトーンの良心蔵元だった。

教師うけする優等生の仮面をかぶり、愛想良くはにかみながら蔵元は吉澤先生にどうでしょうかとうかがう。

 

「……まあ、考えてやらんわけでもない」

「ですって。よかったじゃないですか」

 

だからさっさと何か喋れ時間の無駄だ。という副音声が蔵元と吉澤先生の両者から聞こえた気がした。

蔵元が割って入ったことにより、張り詰めていた空気が若干和らいだ。

挙動不審に目を泳がせ、荒い呼吸を繰り返す西浜の言葉を皆が待つ。

 

「……龍華、は……街にいる、女の子のための、集まりです。皇龍じゃ……、街の女の子を、守り、きれません。だから、わ、わたしたち、龍華が皇龍の代わりに……」

 

言葉をつかえながらも必死に訴えかける西浜を、吉澤先生は冷たい目で見下ろす。

俺の位置から見える横顔は、眉間にしわが深く刻まれていた。

怒り、だけではない。複雑な感情が入り乱れ、むなしさすら感じられる表情だ。

 

「性別はどうでもいい。街の若いやつは皇龍に守られて当然なのか? 皇龍はてめえらを守らなきゃならねえ義務を、いつからしょいこんだ」

「しかし……、義務があっての権利です。この街で皇龍が優遇されるのは、それなりの働きをみせているからでしょう。いいえ、見せなきゃいけないんです! みんなからの憧れを受けて、特権を甘受して、なのに皇龍は街の人のために何もしませんなんて、そんなのおかしいじゃないですか。だからわたしが、皇龍が手を届かせないところを、龍華で補おうとしているのです!」

 

話し出したら長い西浜は、感情が高ぶると強気に出てしまう癖がある。

数か月の付き合いで知ったことだが、それは吉澤先生に対しても変わらず発揮されていた。

 

「皇龍の特権とはなんだ。羨望の眼差しを受けて周囲に注目されることか? それは街のやつらが勝手にそういった目で見てきているだけだろう。アークなどの店舗における一部私物化については、てめえらにごたごた言わせねえ。あれは俺や柳をはじめとした皇龍OBのつてと財源によって成り立ってんだ。皇龍がアークを牛耳るのが羨ましいなら、てめえもどっかでパトロン見つけて他の店を占領すればいいだろう。俺は止めねえ。好きにすればいい」

 

ぽかんと西浜は開いた口を閉じるのも忘れて吉澤先生を見つめていた。

後方にいる女たちも似たような顔で固まっている。

全員吉澤先生の言った内容が信じられないようだ。

 

「……くっそ」

 

前髪をかき上げた先生は、苦々しげに吐き捨てる。

 

「俺はなあ、自分が高校を卒業する時に皇龍を解散させなかったことを、今でも後悔している。当時、皇龍がなくなり再び街が荒れたとしても、どんなに下の連中にせがまれたとしても、俺は自分の手で皇龍を潰すべきだったんだ」

「そんな!」

「どうして……!」

 

絶望の混ざった驚愕の声が次々に上がる。

吉澤先生の告白は西浜たちにとってそれほど衝撃だったようだ。

黙って聞いているモノトーンとの温度差がそのまま、この街の異常を現すことへと繋がる。

皇龍がいるから街の治安は安定している。

皇龍は特別なチーム。だから憧れ敬うべきだ。

――憧れ敬われ、特別扱いを受ける皇龍が、自分たちを守るのは当然のことだ。

長い年月によって染み込まれた思考だ。

行き着いた結論に疑問を抱けない時点で、西浜たちは皇龍のいる街という特殊な環境に染まりきってしまっている。

 

「皇龍が街を守って当然だ? 笑わせんな。あいつらはてめえらと同じ年の高校生だぞ。給料も出ない、一歩街から出れば社会のはみ出し者としか扱われねえようなやつらに、一体何を期待している」

 

荒々しい口調で吉澤先生は自らのしたことは過ちだったのだと打ち明けていく。

 

「年が重なるにつれ、街の風潮に皇龍がからめとられ、あいつらも抵抗を示さなかったおかげで街全体がおかしな方向に進んでしまったことは俺も分かっている。だからといってなあ、このまま狂い続けて街が更におかしくなるのはもうこれ以上見過ごせねえんだよ」

 

吉澤先生の言葉は、果たして西浜たちに届いているのだろうか。

自分に都合のいい発言以外は受け入れられない。そんな人間はごまんといる。

だが、西浜がそんな人間であったとしても、今ここで吉澤先生が言った言葉を忘れることはできないはずだ。

信じていたものに裏切られたとこの場では嘆いても、いずれ分かる時が来るだろう。

 

「皇龍にも、いずれ終わりは来る。街の連中は過去の栄光にしがみつき、チームを終わらせたやつらを能無しだと罵るだろうな。その時が来たとしても、終焉という重荷をそいつらに押し付けるつもりはない。汚名も周囲の勝手な失望も、全てを引き受ける覚悟で俺はこの街にいるんだ。最悪職を失うかもしれねえが、これが俺のけじめだ」

 

まさか、と。

先生の話を聞いているうちにひとつの可能性が浮かんだ。

柳さんが教師を辞めてこの街に戻った理由は、本当に仕事がつまらなかったからなのか。

吉澤先生の決意を察したから、先生ひとりに全てを背負わせないためにだとしたら――。

などと考えては見たものの、俺には知る由もないことだ。

問いただしたところで、あの人が本心を語ってくれるとは到底思えない。

 

「皇龍と同等の扱いを街から受けて、龍華の設立者としててめえは俺と同じ道を歩むか。高校を卒業した後も、大学行って就職したその先も、街と離れられない人生を送る覚悟が当然あるから、てめえは第2の皇龍を作ろうとしているんだろうなあ」

 

言い終わると、吉澤先生は口を閉ざして女たちを見渡した。

集団の中には、何人か怒りをあらわに自分たちの代表を睨んでいるやつがいる。

龍華に入った自分の選択を差し置いて、無責任な眼差しは無言で西浜を攻め立てていた。

空気に余韻を残す中、力なく西浜がアスファルトに膝をつく。

 

「うっ……あっ、あぁ……」

 

嗚咽を漏らし、泣きじゃくる女を励ます者はひとりもいない。

自らの人生を龍華に捧げる覚悟など、この女にあるはずもなかった。

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

続く


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