モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下3-4

3-4

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

「……こんなことをして、許されると思っているの」

 

憎悪をむき出しにした西浜が、武藤たちに一歩近づく。

 

「よそ者が勝手に街で暴れまわって、このことを皇龍が知ったらあなたたちもただでは済まないわ」

「そんなもの、とっくに承諾を得ている」

「なっ、嘘でしょ!」

 

女たちの中で動揺が広まる。

中には見捨てられたとでも言いたげに傷ついた表情をした女もいたが、そいつにお前がそんな顔をするなと否定的な言葉を突き付けるやつはいなかった。

調子の良い馴れ合いには同情の余地もなく、むしろ気持ち悪ささえ感じてしまう。

 

「こんなところで嘘なんざつくかよ。口先ばかりでひとつの成果も上げようとしないてめえらと一緒にしてんじゃねえ。うちの結衣が、この程度の交渉に失敗するはずもない」

「……高瀬、さん?」

「ああ。こんだけの人数集めたところで、皇龍に何も直訴出来なかったてめえらと結衣を、同じレベルで見てんじゃねえぞ」

 

悔しそうに西浜が唇を噛みしめる。同じ高校の生意気な後輩よりも自分が劣っているというのは、プライドが許さないようだ。

目を閉じた西浜は仕方ないとばかりにわざとらしく息を吐き出す。

 

「分かったわ。凍牙君は龍華から解放してあげる。もう彼には頼らない。これでいいんでしょう。目的が達成したのだから、あなたたちはさっさとこの街から出ていきなさい」

「ああ? 勝手にしきって終わらせようとしてんじゃねえ」

 

強引であいまいな終焉など武藤が良しとするはずもなく、西浜に武藤を強引に追い返す力などない。

 

「こっちは仲間が数カ月にわたって不本意な拘束を受け、自由を奪われたんだ。てめえはそれを落とし前も付けずなかったことにする気か。更には結衣を勝手に脅しの材料に使っておきながら、俺たちがてめえらをこのまま野放しにしておくわけがないだろう」

 

呆れる武藤の物言いに西浜が俺を睨みつけた。

よくもばらしたなと言いたいのは分かったが、俺からこいつらにはそんなこと全く話していない。

 

「……何、する気なのよ」

 

西浜の後ろ、女のひとりが声を上げた。

 

「さっきも言ったろ。龍華は今日で終わりだ。ここで消えてもらう」

「だから! 何をしようっていうのよ、わたしたちに!」

 

恐怖と不安にかられ涙にくれるその女を隣にいたやつが慰めて肩をさする。

 

「わたしたちも、……殴られるの? さっきのやつらみたいに。何も……してないのに……」

 

すでに集団の中では俺たちが暴力によって落とし前を付けようとしているのが決定事項のようだ。

 

「いきがってチームに入り、半端に悪くなったつもりで遊び呆け、状況が劣勢になれば被害者気取りか。今日この場に、俺がリンチになるところを見に来たやつがどれだけいる。他人の暴力は怖いもの見たさの娯楽になるが、自分への暴力になれば理不尽なものだと嘆くのか」

 

自然と出た声には感情は込められず、淡々としたものとなった。

 

「気持ちは分かるが落ち着け」

 

小声で蔵元が俺を制する。

 

「結衣の喧嘩は何度も見てきてるだろう。相手の感情に振り回されようものなら、この手のやつらには不利にしかならない」

 

冷静になれないなら何もするなと、蔵元は続けた。

 

「うんまあ、ぼっこぼこにしてやりたいってのはすごく分かるんだけどなあ」

 

蔵元の話を聞いていた瀬戸が何度も頷いた。

あえて大きな声で言われた内容に、肩をビクつかせた女たちから小さな悲鳴がいくつも上がる。

 

「けど俺、年上のお姉さん殴って楽しむ趣味はないし」

 

女たちが混乱する中、向こうに聞こえないようにぼそりと瀬戸は付け足した。

 

「……やれるものなら、やってみなさいよ! 街の部外者であるあなたたちが、本当に、無抵抗なわたしたちにここで手を挙げられるのかしら」

 

西浜は完全に開き直り、大の字に両手を大きく広げる。

武藤たちは誰も動かない。

 

「ほら、どうしたのよ。殴ればいいじゃない、さっきの人たちみたいに。龍華を潰すのでしょう? それともさっきのは口から出まかせの虚勢だったの?」

 

挑発だ。ここにいるやつらでそれが分からない者はいない。

こちらから手を出させて、暴力事件として表沙汰にしようと目論んでいる。

出来ないと判断しての悪あがきか。馬鹿馬鹿しい。

武藤たちには十分助けられた。

こんなところで、こいつらにとって足を引っ張る経歴を作らせるわけにはいかないだろう。

俺が連れてきた問題は、俺で終わらせるべきだ。

 

「だからやめておけと言っているだろう」

 

拳を握り西浜へと向かおうとした俺の腕を蔵元が引いた。

 

「あえて乗ってやるまでない。お前が努力するのはこの場ではなくこれからだ」

「は?」

 

真意をつかみきれない俺を置いて、蔵元は西浜を冷笑する。

 

「こちらには暴力意外に力がないと思われているのは心外だ。甘く見られたものだな」

「まあ、暴力に限らず財力、権力どれをとってもこっちが上なのは明らかだが、そんな力を使うまでもないだろ。こんな小者」

 

武藤は余裕な姿勢を崩さない。はったりではなさそうだが、狙いが全く読めない。

 

「小者って、どのレベルのだ?」

「ミジンコレベルでいいんじゃねえの」

「せめて陸にいるもう少しでかいのにしろよ。でないと踏み潰せねえ」

 

これはどうでもいい。

やることがなくなり暇を持て余した瀬戸たち3人は武藤の言葉を拾って勝手に盛り上がる。

意味を成さない雑談により、挑発によってこの場の主導権を握ろうとしていた西浜たちを完全に置いてけぼりにした。

最終的にこいつらの答えは「ダンゴ虫」でまとまったようだ。

満足そうに頷き合う3人にだからなんだと突っ込むやつは生憎ここにはいなかった。

 

「……よかったな。目に見える生物にまで格上げされて」

 

取り残されたようにたたずむ西浜に同情をみせた岩井がフォローするも、これはどう好意的に捉えても火に油を注いでいる。

西浜を励まそうとして言ったのなら、なおさら岩井はたちが悪い。

顔を真っ赤にした西浜と不安を隠しきれない後ろの女たち。どうあがいてもこいつらモノトーンの前では優位に立ちことすら出来そうもない。

喉の奥で武藤が笑う。

たったそれだけの動きに、女たちはこの先を絶望し顔を青くする。

 

「心配しなくとも、俺たちはてめえらにこれ以上手は出さねえよ。ここを出ていこうとしない限りは、だけどな」

「……どういうことよ」

「まあもう少し待ってろ。じきにてめえらのなけなしのプライドとねじ曲がった志、根元からぽっきり折り曲げてやっからよ」

 

第三者がこの場を見たら、100人が100人とも確実にモノトーンが悪者だと判断する。そんな確信が得られるほど、武藤に良心など微塵もない。

まさに大魔王だ。それでも俺には西浜よりも遥かに、武藤のほうが共感できる。

表の通りを時折近付いては通りすぎていくばかりであった車の音に、変化があった。

低い音は遠ざかることなくゆっくりと、次第に大きくなっていく。

そしてほどなく、駐車場に現れた白い乗用車のヘッドライトが俺たちを照らした。

車の前に止められたバイクの影が長くのびる。

やがて車のエンジンが止まり、ライトも消えた。

車内に動く人影はふたつ。運転席と助手席にいる人物は話しこんでいるようでなかなか下りてくる気配がない。

ライトの灯りによってまひした目が暗がりに慣れて視力も戻る。

しばらくしてようやくフロントガラス越しにも、車中の人物が誰なのかを特定することができた。

 

「………………おい、何閻魔大王召還してやがる」

 

思わず武藤に悪態をついてしまう。それぐらいに意外すぎて衝撃的だった。

 

「恩師をつてに頼っただけだろ。自分の持っている人脈をフルに活用して何が悪い」

 

悪びれもしない武藤を前に、今更頭が痛くなる。

そうだった。こいつらは巻き込めるものはどこからでも際限なく引っ張り出してくるような連中だ。

車の中での話し合いが終わったようで、助手席のドアが開く。

 

「ご苦労だったな」

「全くだよ。この人をひとりで説得しろとか、春樹も相変わらず人使いが荒いよ」

「どうせ柳先生の協力も得られたんだろ。成功したんだったらつべこべぬかすな」

「ほんと、簡単に言ってくれるね。大変だったんだよ」

 

助手席から降りた市宇と武藤が軽口を交わす。

大変だと言いながらも、市宇はどこまでも楽しげだ。

 

「や、凍牙久しぶり」

 

爽やかに手を振ってきたのには、軽く頷くだけにとどめた。

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

続く


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