モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下3-2

3-2

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

「もういいだろー、千香ちゃんよお。要はこいつに龍華を抜けるのは撤回しますって言わせりゃぜーんぶ丸く治まるんだろ」

「痛めつけててめえひとりじゃ何もできないってことを分からせれば、こんな気起こすこともなくなるだろ」

 

人を殴りたくてたまらない。そんなぎらついた目が並ぶ。

数は8人。ひとりで相手をするにはきついか。

不利だと分かっていても、引こうとは思えない。

口を使って時間を稼ぐ気にもなれない。

武藤の言葉を忘れたわけではないが、それ以上に俺がこいつらを打ちのめしてやりたい衝動を抑えきれずにいた。

はじめから女を利用してこそこそと陰湿に動くこいつらは気にくわなかったんだ。

向こうがやる気なら俺も本気でかかる。

まさか自分がここまで血の気の多い人間だったとは。新たに発見した己の狂気に薄く笑う。

数カ月にわたり何度も顔を合わせたが、こいつらの名前は誰ひとりとして知らない。そんなやつらに情などわくはずもない。

囲むように距離を詰めてくる連中のひとり、真正面でにやつく男へと地面を蹴って一気に間合いを詰めた。

いきなり接近した俺に驚きびくついて硬直した男の顔面に、容赦なく拳をくらわせる。

反撃に怯んだ隣の男を蹴りあげて、手当たり次第に叩きのめす。

どの道、数にものを言わせられたら敵わない。

ならばやられる前に暴れるだけ暴れてやろうと、本能のままに身体を動かす。

殴り殴られ、殴打された箇所が痛みを訴えたところで、さして気にはならない。

背後を取られ羽交い締めにしてきた男の足をかかとで勢いよく踏みつける。

痛みに呻き拘束が緩んだところで肘鉄を顎に食らわし集団から距離を置いた。上がった息を整える。

口の中は切れて鉄の味が広がっている。

血の混ざった唾を吐き出しやつらを見据えた。戦意は消えていない。まだ戦える。

 

「……化け物め」

 

顔をはらした男が唸った。

化け物か。最高の褒め言葉だ。

男たちに集中し過ぎていた俺は、轟音がかなり近くに来ているのにも気付けなかった。

低いエンジン音。耳には入っていたのだろうが、意識を向けようとしなかった結果だ。

強いライトが薄暗い駐車場を照らす。

音は更に近付き、俺の横を風と共に通り過ぎた。

バイクを視界にとらえたと同時、後ろに乗っていたやつが転がるように車体から飛び降り、すぐに立ち上がったと思えば男たちへと向かっていく。

いきなりの乱入者に怯むやつらにもお構いなしで、そいつはフルフェイスのヘルメットを付けたまま暴れまわる。

バイクは俺の周りを一周し、後ろで停車しエンジンを切ってライトを消した。

ひとつのバイクが止まったところで轟音は消えない。

現れたバイクは全部で4台。

2人乗りのやつがもうひと組みあった。

バイクのライトが奥にいる不安げな女たちを照らしつける。

先陣を切ってひとしきり攻めたやつが連中から少し離れてヘルメットを取った。

男の顔が露になる。予想通り、岩井だったか。

至近距離に敵がいるのを構いもせず、岩井は俺を睨みつけた。

 

「てめえはマテも出来ないのか!」

 

全てのバイクのエンジン音がなくなると同時に怒鳴る岩井。

声はコンクリートに反響し、いらない余韻を残す。

 

「…………出来てたまるか」

 

血が上っていた頭が一気に白けるのを自覚した。

 

「はあ? つうかお前何勝手に俺らが来る前に先走ってやがる」

「時間通りに来なかったのはそっちだろう」

「ふざけんな。少し遅れただけでほぼ時間通りの登場だ。お前の到着が早すぎたんだろ」

「遅刻は遅刻だ」

「てめえ喧嘩売ってんのか!」

 

喚く岩井に唖然とする龍華の面々。完全に状況を理解できていないようだ。

 

「まあまあヒロっち。ここは凍牙が無事でよかったーで終わっとこうよ」

 

ヘルメットを脱いで歩み寄るのは、見知ってはいるがそこまで縁のないやつだった。

 

「や、久しぶり」

 

岩井と並んで瀬戸が俺の前に立つ。こいつとは夏休みに港の倉庫で顔を見て以来か。

 

「また箔のついた顔になってんじゃねえか」

 

あくどい笑みを向けてくる武藤に追従する2人も、知った顔だ。名前は君島と沢辺で間違いないはず。

そいつらは俺を追い越し、目を白黒させる龍華の男たちに狙いを定める。

 

「で、どうするんだ?」

 

岩井がいらつきながらも武藤に尋ねた。

 

「予定通りだ。邪魔な向こうの戦力を叩きのめすぞ」

「よしきた凍牙の弔い合戦だ!」

 

瀬戸が嬉々と叫びながら男たちに向かっていく。

俺は死んでいない。百歩譲ったところでこいつらに負けてすらいない。

武藤たちは呆れ果てる俺を置いて、龍華の男たちを問答無用で巻き込み乱闘に明けくれる。

数では不利な状態だが、ひとりひとりの戦力はこちらが上だ。

バイクの置かれた近くでは、蔵元が喧嘩に加わることなくスマホをやつらに向けていた。

スマホの画面をのぞいた蔵元は渋面な顔をし、バイクのライトを点灯する。

敵の顔写真を撮るには光が足りなかったらしい。

 

「おい、この面子まさか」

「ああ」

 

もしやと思い確認のため蔵元に話しかけたが、内容を言わずともこいつはあっさり頷いた。

 

「中2、柳組の戦闘要員で揃えてみた」

 

……やはりか。

 

「頭の痛い人選しやがって」

 

人数のハンディなど武藤たちはものともしない。

際限を知らない連中の手により目の前は阿鼻叫喚の地獄絵図となりつつあった。

 

「事情が事情だからな。私情をはさみまくった動員に、お前が気を使わなくてもいいようにと知った顔ぶれでみつくろってやったんだ。もっと俺の気遣いと優しさを噛みしめたらどうだ」

「そこまで恩着せがましく抜かすなら、当然こいつらの歯止め役もぬかりなく連れてきているんだろうな」

 

スマホで写真を撮る蔵元の手が止まった。

 

「それは水口が頑張ればいい」

 

俺を一瞥した後、蔵元は何事もなかったかのように作業を再開する。

この本性、こいつが真面目で勤勉な聞き分けの良い優等生だと信じ込んでいる大人たちに見せてやりたい。

敵のひとりが喧嘩を抜け出しスマホをいじる蔵元に向かってきた。

蔵元は画面から目を放すことなく片手にかけていたヘルメットで男の頭を殴り付ける。

よろめいたところを俺が蹴りつけ、男は再び乱闘の中へと強制的に送還した。

 

「なーんか懐かしいよなー、このメンバーでやるのって」

「中2の夏以来じゃねえの」

 

しみじみと言った瀬戸に君島が同意する。

 

「あれか、課外授業で行った自然公園でうちのクラスに絡んできたやつを返り討ちにしたら、後日仲間引きつれて中学まで乗り込んできたっていう」

 

武藤の補足説明にそういえばそんなこともあったなと思い返す。

教師不在の自習中だったのをいいことに、教室を閉め切って暑苦しい中での大乱闘が繰り広げられたのは俺もよく覚えている。

 

「ああ……確か乱入によって安眠を邪魔された結衣が怒って、こっちの喧嘩中に攻め込んできたやつら全員の自転車を画鋲でパンクさせやがったんだよな」

 

遠い目をして語る岩井に、仲間全員が笑った。

 

「傑作だったよなー。意気込んで乗り込んでくるまでの交通手段がチャリってだけでも笑えるのに、教師が駆けつけてずらかろうとしたやつらの焦り様ときたら!」

 

瀬戸が爆笑しながらも敵を蹴りあげる。

思い出話に花を咲かせながらも、全員手と足はぬかりなく動いていた。

 

「そういやあの時って、なんであんなに早くセンコーが駆けつけたんだっけ?」

 

首をひねる沢辺に答えたのは俺の横にいる蔵元だった。

 

「見かねた水口が生徒指導の教師に報告したからだろ」

「あ!? まじか!」

「荒れた教室の後始末を考えれば、俺は十分我慢したつもりなんだがな」

 

ただでさえ教員から煙たがられていたクラスだ。

有事に誰も大人を呼びに行かなかったとなると、後々クラス全体が問題視されかねなかった。

 

「凍牙ぁー、今回は止めんじゃねえぞー!」

 

こちらに向かって瀬戸が叫ぶ。

 

「この場に止める理由はないだろう」

「よっしゃあー!」

 

投げやりに言い放つと瀬戸たちは更にテンションをあげた。

怯む龍華のやつらにもお構いなしだ。

殴られた男の巨体が縮こまる女たちに突っ込み、奥の集団から甲高い悲鳴が上がる。

力の差は歴然。

武藤たちが龍華の戦力を制圧するまでに、さして時間はかからなかった。

 

  ☆  ☆  ☆

 

続く


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