モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下3-1

3-1

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

――正午だ。土曜日の正午に龍華のやつらを一か所にかためておけ。

場所は任せる。決まり次第俺に教えろ。

なあに、末端の連中まで揃える必要はない。

中心にいるメンバーと漁夫の利狙う馬鹿な野郎どもがくれば十分だ。

お前が少し反逆するそぶりを見せておけば、それぐらい簡単に集められるだろ。

 

どんな悪事を企てているかは教えられることもなく、武藤が俺に下した指示はそれだけだった。

 

 

これまで一方的なやり取りしかなかった西浜に、初めて俺から「話がある」と金曜日の夜に連絡を入れた。

その後、用件はなんだというメールが西浜より届いたが、会った際に伝えると一度返信しただけでやり取りは終わらせた。

意のままに操っていたはずの俺からの呼び出し。しかも指定した場所はめったに人が来ない廃業したパチンコ店だ。

西浜がこれに何を思ってどんな行動に出るのか。伊達に2カ月以上、下手に出てやつを見続けてはいない。

理想を追い求める女は自らの悲劇に酔いながら、己の正当性をどこまでも主張して裏切り者を処理するだろう――。

などといった予測を立てては見たものの、生憎俺には結衣のような人を見極める観察力はない。

土曜の昼、その場に来るのが俺の指定通り西浜であるケースも十分にあり得る。

もともと信用されていない自覚はあったものの、西浜にしてみれば俺は弱みを握って首輪で繋いでいるようなものだ。

武藤は簡単だと言ってのけたが、本当に龍華のやつらを俺は集められるのか。

不安は常に付きまとった。過剰に敵意を態度で示しては、企みがあることを悟られかねない。

当日までは9月からしていた生活とそう変わらない過ごし方をし、武藤との連絡も最低限にとどめた。

 

 

11月の第3土曜日。腕時計はあと15分で正午を指す。

県道から小道にそれた街の片隅にあるその場所は、周辺の治安の悪さも相まってめったなことがないと一般人は近付かない。

何年前に潰れたのかも定かでないパチンコ店。一階の大部分は建物の下部までくりぬかれたように駐車スペースとして取られている。

道と反対側、フェンスでさえぎられた建物の裏手には川が流れ、河川敷は手入れもされず背の高い草が所狭しと生い茂る。

雑草によって押し上げられ、ひびの入ったアスファルト。車の進行を指示する白線の矢印はかすれてしまい輪郭しか残っていない。

駐車場の屋根の役目も果たす建物は、長年酸性雨に晒されコンクリートが溶け、角の部分に小さなつららが出来ていた。

電気は当然通っていない。

車体の高さ制限の表示がつりさげられた、錆び付く鉄パイプでできた入口から、光の届かない奥へと警戒しながら進む。

暗がりに目を慣らすためあえて歩調を遅くし、足音を消して息を潜める。

人の気配はあった。

先へ行くにつれ微かにだが話し声も聞こえてきた。いるのは一人二人ではなさそうだ。

あえて靴の下で地面を滑らせるように足音を立て、2、3歩進む。

小さな囁きが波立つようにざわめきへと変わり、そして話し声は消えた。

それで潜んでいるつもりか。丸分かり過ぎて付き合ってやる気にもなれない。

 

「いるんだろう。さっさと出てこい」

 

足を止めて闇の向こうに言葉を放つ。

反応は数秒たった後に来た。

前方右側、建物の入口へと示された古びた看板の奥からぞろぞろとそいつらは姿を現す。

予想以上の大所帯だ。龍華を名乗るやつ全員が揃っていてもおかしくない。

 

「水口ー。随分と遅い登場だなあ」

 

笑いの混ざった人をけなす男の声。続いてげらげらと集団がわき立つ。

演出に成功し上機嫌なやつらの前に西浜が立ち俺を睨みつける。

西浜の隣に龍華とは無関係なはずの崇司の姿があり、呆れを通り越してひとり感心してしまった。

勝ち誇った様子で俺を嘲笑う崇司が滑稽すぎて、思わず言葉に詰まる。

俺が怖気づいたと勘違いした連中は更に声を大きくして笑う。

人の顔に見分けが付くぐらいには目が慣れた。

龍華に賛同したと見せかけて、皇龍の首を狙っている男たち。

西浜を矢面に立たせ、組織のおこぼれにあやかろうとする女たち。

9月からこれまでで見知った顔はほぼそろっている。

思惑通りに西浜が動いたことには安堵すべきなのだろう。崇司の存在は余計だが。

それにしても、こいつらちょろ過ぎはしないか。

裏の裏をかいた罠でもあるのかと疑ってしまいかねないぐらい、ことが上手く運び過ぎて逆に不安になってくる。

勘ぐりすぎも危険だが、警戒はしておくべきか。

 

「凍牙君、話ってなにかしら」

 

上から目線で西浜が告げた。寄り添うように崇司が西浜の肩を抱く。

 

「人が用件を述べるだけに、随分な人数を集めたものだな」

「あら、あなたはわたしひとりで来いなんて言わなかったじゃない」

 

揚げ足を取れたのが嬉しいのか、西浜は鼻で笑った。

闘志をみなぎらせる男たちは、今にも襲いかかってきそうだ。

ギャラリーの女どもはこれから起こることを想像し、非日常なこの場に異様なまでに興奮している。

俺がこいつらにリンチされるところがそんなに見たいか。

 

「いい加減に茶番を終わりにしようと思っただけだ。俺は龍華を抜ける。もとより仲間になったつもりもないが、これ以上見せものに使われるのはごめんこうむる」

 

はっきり言いきると微かに西浜が怯む。

 

「いいのかしら、みんなの前でそんなこと言ってしまって。それに、凍牙君がわたしのお願いを聞いてくれないなら……、分かっているはずよ」

「勝手にしろ。お前らとはここで終わりだ」

 

脅しをものともしない俺の態度に、肩をビクつかせた西浜は目に見えて動揺する。

 

「龍華を抜けるというのなら、それなりのけじめはつけさせてもらうわ」

「その言い様だと、俺を見せしめにする目的でこれだけのやつらを集めたのか。龍華を抜けようとすればどうなるのか、お前の後ろにいる連中に見せつけるために」

 

集団にざわめきが起こる。

 

「うそでしょ。千香、そんなわけないわよね!?」

 

不安を隠しきれない女のひとりが焦りながらも西浜に問う。

 

「あ、当り前じゃない!」

 

咎めるように声を荒げるこいつは相当めでたい思考をしているな。

 

「今西浜に確認したやつをはじめ、動揺をみせた連中は少なからず状況によっては龍華を抜ける想定があるんだろうな」

 

冷やかに告げると西浜は必死になって俺を睨んだ。

 

「自分の意に従わないやつには制裁を。これもお前の言うところの必要悪か?」

 

かつてこの女が俺に使った言葉で責めると、西浜は涙目で悔しそうに歯を食いしばる。

悲劇に見舞われたようによろめく女を崇司が支えた。

 

「流されては駄目だよ。こいつは人の傷を何の気もなしにえぐる非情なやつだ。気をしっかり持って。君は間違っていないんだから」

 

西浜をなだめ励ます崇司に、今更ながら納得した。

今日ここに龍華の人間を揃えられたのは、崇司の功績もあるのか。

俺を絶望させるために崇司は西浜に近付き、俺の疑惑をいろいろと拭きこんだのだろう。

崇司の言葉は無責任なものだったが、西浜から罪悪感をぬぐうには十分だったようだ。

俺を敵とみなした西浜は、裏切りに打ちひしがれながらも気丈に振る舞う。

悲劇のヒロインぶっているようにも見えるが、この女かつて俺を脅した事実を忘れてないか?

気を取り直した西浜が視線を向けてくる。

 

「思い留まってもらわないと困るの。凍牙君には、名前だけでも龍華にいてもらわないといけない」

「え?」

 

西浜の発言が想定外だったのか、崇司が軽く目を見開いて密かに慌てる。

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

続く


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