モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下2-3

2-3

 

 

「素直でもない、扱いにくい子どもだった自覚はある」

「うん」

「反対に崇司は愛嬌があって愛想もいい、昔から誰とでも親しくなれるやつだった。そんなあいつに憧れた時期もあったのは確かだ」

「うん」

「最初は俺が駄目な人間だから、誰もが俺を通り越して崇司に目を向けるんだと思っていた。劣等感にさいなまれながらもガキながらに努力はしたんだ。少しでも崇司に追いついて、親にほめてもらいたかったんだろうな、あのころの俺は」

「……うん」

 

公園を抜けて、裏通りをゆっくりと進む。

凍牙の話に相槌を打ちながら、わたしは聞き手役に徹した。

 

「集団に馴染むのは昔から苦手だった。人に気持を伝えたくとも言葉を探すのに時間がかかってしまうような子どもだ。俺がそうだから友人だと思っていたやつらは離れていくのだと思っていた」

 

やってもいない暴力沙汰や喧嘩を取りざたされて怒られるのは日常茶飯事で、いじめの主犯疑惑にテストの不正疑惑が浮かび上がっても親は疑いすらしなしなかった。

馬鹿馬鹿しいことだと、凍牙は力なさげに笑う。

 

「幼少期は自分に欠陥があるせいで、周囲は俺にありもしない疑いをかけてくるのだと信じていた」

「純粋だね」

「全くだ。崇司を尊敬していた時点で俺の目は節穴だったんだろう」

 

遠くを見つめた凍牙が自嘲する。

 

「何もかもを諦めた瞬間から、視界が一気に広がった。視野が広がり周りが見えて、俺が追い求めていたやつがどんなにくだらないものだったのかを思い知ったんだ」

 

無実を訴える自分に分かった分かったと言いながら、結局は何ひとつ信じようとしない両親。

虚言癖のある子どもだと認識されたところで、凍牙にはそれを覆すすべがなかった。

 

「小2のころだったか。何もかもに嫌気がさして、否定するのを止めた。親が俺を見る目は更に冷たくなったが、俺も期待しなくなった分肩の荷が下りた気がして少しだけ楽になれた。俺にまつわる悪い話は全て崇司の近くから発生していたことに、そこでようやく気付いたんだ」

「それで世界が広がった、と」

「ああ。いろいろなことに納得できた。崇司だって子どもだったんだ。きっかけは母親を幼い弟に取られたくなかったといった些細なものだと思っている。自分の言葉が聞き入れられるのは誰であっても嬉しいことだろ。だから崇司も自分の虚言を止められなかった」

 

違う。そうじゃないだろ。

 

「それは現在の凍牙が過去を振り返って言えることだよね。子どものころからそんな達観ぶりを見せていたなんてことはないはずだよ」

 

言葉を詰まらせる凍牙。行く先の交差点を集団登校中の児童が横断していく。

 

「……ショックはあった。崇司を憎みもした。だが今更俺が何を言っても無駄だという、諦めが一番大きかった」

 

ランドセルを背負った私服姿の小学生を、黄色い旗を持った大人が見送っていた。

 

「認められない。信じてもらえない。この先も、一生――。いっそのこと不満を爆発させて喚き散らしでもすればいいものを、俺は沈黙を選んだ。それこそ崇司の思うつぼだ」

 

横断歩道を渡り車道の隅を歩く。

次第に道はなだらかな上りとなった。

 

「絶望していたんだろうな」

「……うん」

 

2人横に並ぶわたしたちを、前からきた車が迷惑そうに避けていく。

白線の内側にいるのだから大目に見てもらうとしよう。

 

「悲観的たった俺に、一種の踏ん切りがついたのは小3の夏だった」

「うん……ん?」

「真夏のブリザードは俺にとっても衝撃的だった。あれだけ大人を困らせて周囲に迷惑をかけても、当事者どもは悪びれもしない。清々しいまでの開き直りをみせ、更に大きな騒動を持ってくる」

 

褒めてないな、確実に。

猪突猛進で考えるより先に口と体が動いていたあのころのわたしなんて、褒める要素はどこにもないか。

 

「際限なくやらかすお前らを傍目で見て、自分の世界が広がった。それまで俺は親や崇司といった、家の中の人間が全てだったんだ。諦めたと言っても、俺自身どうしたいかなんて何もない。結局は家族に自分を委ねていた」

 

学校を巻き込む騒動によってざわつく周囲を観察し、改めて自分の足元を見直せたと凍牙は続けた。

 

「つまりなんだ。あんたのそのゴーイングマイウェイのサボり魔の根幹はわたしたちが作ったとでも言いたいのか」

「ゴーイングマイウェイもさぼり魔もお前にだけは言われたくないな。だがそれが俺にとって性に合った生き方なんだと、見つけることができたのはお前らのおかげだ」

 

思わぬ告白だ。こんなところで誰かの人生変えてしまっているなんて思いもしなかったよ。

 

「救われたんだろうな、俺は」

「……そんな高尚なものでも、感謝を受けるものでもないよあれは」

 

きっかけからしてわたしは自分勝手で周りを見れない子どもだった。わたしが春樹にしたことも、本来ならば許されるものじゃない。

当時のわたしは、むしゃくしゃとしたやり場のない憤りを、馬鹿げた理由を付けて春樹にぶつけていただけだ。

 

「わたしの親は、本当の産みの親じゃない。幼少のころから親戚にそれとなくほのめかされていたし、わたし自身、両親の態度には違和感があった。だけどそんなことはないって、自分に言い聞かせ続けていた。それが小学3年生になった時、両親が決定的な話をしているのをたまたま聞いてしまったんだ」

「……お前」

「拾われたのか、誰かから押し付けられたのか、どうしてあの家で育てられるようになったかは聞いていない。両親はわたしが本当の子じゃないと気付いていることを、おそらく察しているはずだ。どんな理由があってか、彼らは今でも自分の娘としてわたしに接してくる。互いに歩み寄れず本心を打ち明けられない、そんなぎこちない膠着状態がもう何年も続いている」

 

付き合いの浅い人にこんなこと言ったら中二病扱いされるんだろうな。

被害妄想が激しい痛いやつに認定されるのが関の山だ。

これを告げられたのは、それだけの過程を経てきたから。

凍牙は信頼に値する。凍牙が腹を割るなら、わたしだって自分のほの暗い胸の内をみせられる。

 

「あの時の春樹との喧嘩は、わたしが実家での鬱憤を学校で発散させた結果だ。春樹と和解した後の騒動は、なるようになっただけだし。正直、どうしようもない子どもだったんだよ、わたしは」

「武藤はそれを?」

「知らないよ。喧嘩の終わりはわたしが謝って、どつかれはしたけど、どうしてこんなことをしたのかは聞いてこなかったし」

 

春樹にも、最も長く共にいる菜月にも言っていない。

隠していたつもりはないけど、家庭のことを進んで話す気にもなれなかった。

 

「家は家、みんなはみんなで全く別のものとしてみていたからね。これを話したのは、凍牙が初めてだよ」

 

どんなに頼りになる涼君にすら言えなかったことだ。

知らないわけがない。わたしが生まれた時の涼君の年齢を考えると、彼は高瀬家にわたしが来た理由も知っているはずなんだ。

こちらが何も言わない限り、涼君からは話すつもりはないのだとしたら――、涼君は父と母の意思を尊重している。

 

「俺も、身内のことをここまで打ち明けたことはなかった」

「誰かに漏らした愚痴が回りに回って崇司さんの耳に入るのが面倒だから?」

「ああ」

「向けられた同情が違う場所で、話の話題として取り上げられているのが想像に難くないから?」

「ああ」

「人に秘密を話すのって、勇気がいるからね」

「ああ。だが、悪くない」

「本当に」

 

向かい風は冷たくて、コートの袖に隠れた手はかじかんでいる。

なだらかながらも延々と続く上り坂に、足がだるい。

吐く息は白く、空はどんよりと曇って太陽は見えない。

空がどんなに陰鬱であっても、足がどんなにしんどくても、気分は穏やかに晴れていた。

胸の中でつかえていた重荷は坂の下に置いて来た。そう思えるぐらい、心が軽かった。

 

 

続く


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