モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下2-2

2-2

 

 

目の奥が痛い。

あくびをするのに大きく開けた口を手で隠しつつ、電車から降りてホームの階段を上った。

改札を出て人の波にのまれながらも駅の出口へ。

ロータリーのある駅前の広場に下りるため階段へと向かう。

列をなす下りエスカレーターと比較的すいている階段を隔てる壁。

おおよその人が朝の通勤で慌ただしく動く中、そこにひとり立ち尽くす凍牙に気付き、思わず立ち止まってしまった。

後ろにいた先を急ぐ人たちが迷惑そうにわたしを避けるなか、寝ぼけ気味だった頭が一気に覚醒していく。

いや、話を付けようとは決めたけどさ。こうも不意打ちのごとく登場されたって、こっちにも心の準備が必要なのだが……。

 

「……なにしてるのさ、こんな時間に」

 

頭の中でああだこうだ喚いたところで、凍牙を見つけてしまった事実は変えられない。

向こうもわたしをはっきりと凝視しているので、ここで知らなかったふりをして逃げるのは駄目だ。

思い切って声をかけたはいいが、凍牙には眉をひそめられてしまった。

階下から吹き抜ける外の風が直接当たり、この場所はとても寒い。

 

「……お前こそ、何をしていれば始発で戻ってこんなに遅くなるんだ」

 

なぜわたしが始発で帰ってきたことを凍牙が知っている。

春樹か。また春樹が知らせたのか。あいつは一晩かけた話し合いの成果を朝一番で水の泡としたいのか。

いいや凍牙に連絡を取るやつなら成見の可能性も十分にあるな。

どっちにしろサプライズが好きな連中だ。今度覚えてろ。

仲間に対する微かな憤りは心の内に留めつつ、目の前の凍牙を意識する。

遅い、と言われても……。なぜと聞かれたって原因はひとつしかない。

 

「電車、寝過して駅を通りすぎた」

 

乗った電車でたまたま席に座れたのがまずかった。

いつ眠ってしまったのかも定かでなく、目が覚めたときには下車するこの駅のひとつ先の駅。――から発車するために電車のドアが閉まったところだった。

見下ろしてくる凍牙の目が微かに細くなる。これは相当呆れているな。

 

「お前はあらゆる物事に番狂わせを起こさないと気が済まないのか」

 

そんなわけあるか。

人が待っているとあらかじめ知っていれば、わたしだって下車する駅にもっと注意を配っていた、はずだ。

二駅乗り過ごしたところで学校に遅刻はしないと判断したから急がなかっただけである。急いだところで電車はどうにもならないけど。

 

「不可抗力だよ。わたしからしたら番狂わせは確実に凍牙のほうだ」

 

小声で反論してたはいいが、凍牙に聞こえたかは不明だ。何せ周りに人が多すぎる。

さっきからずっとせわしなく通り過ぎる人達の視線が痛い。

子どもがこんな時間からなにをやっているんだと、みんな興味津々である。

 

「……とりあえず、場所を変えるか」

「賛成」

 

振り返って階段を下りる凍牙のあとに続いた。

オフィス街へと流れる人たちからそれて、公園の歩道を2人でのんびりと進む。

駅とは打って変わって穏やかな場所だ。視界が開けていて、人混みよりも息がしやすかった。

 

「原因と責任は必ずしも同じところにあるとは限らないよ」

 

凍牙が口を開く前に先手を取る。

久しぶりに凍牙と2人になれた。この機会を逃すつもりはない。

怒りや憤りはなく、不思議と心は穏やかだった。

電車の中で常に付きまとっていた眠気も、いつの間にかなくなっている。

 

「凍牙が西浜千香に何を言われてどんな要求をされたとしても、それを拒否してたとえ第3者に西浜千香が手を出したとしても、凍牙を責めるのは間違いだろう」

 

横にいる凍牙を見上げたところで、前を向いたままの顔から表情は読めないが構いはしない。

 

「そんなの、脅すやつが悪いし、人に手を出してくるやつが悪いに決まっている」

「……そうか」

「そうだよ」

 

気の抜けた返事にむきになって言い返す。凍牙は相変わらず、こちらを見ようともしない。

公園の広場を迂回して細い歩道をのんびりと歩いた。

前方から来たジョギング中の男性に半歩下がって道を開け、距離の開いた凍牙に小走りで追いつく。

 

「……崇司に会ったそうだな」

「うん? ああ、まあ」

 

ようやく口を開いたと思えばそんなことか。わたしの出した西浜先輩の話題は綺麗に流されてしまったようだ。

 

「どう思った?」

 

極端に単語の抜けた問いかけだ。流れからして崇司さんについて聞いているので間違いはないのだろうが、どうと言われてもなあ。

 

「……隣の芝生が青く見えてしまう人、かな。自分に手の中にある物には価値が見出せないから、人が大切にしているものを欲しがってしまう」

 

あるいは人のものを自分のものにする、という行為自体に価値を見つけてしまっているといったところか。

 

「的を射てはいるが、俺が聞きたかったのは分析ではなく感想だ」

 

だったら最初からそう言ってほしい。

感想、崇司さんと会ってわたしはどう感じたか。

楽しそう、面白そう、つまらない、好き、嫌い、愛しい、憎い――。

あの人に対して情緒面で揺れ動く部分はあったか……?

 

「そういうの、必要だった?」

「……お前、読書感想文は原稿用紙あらすじで埋めて終わらせるタイプだろう」

「今それを言うところか」

「それでもっと自分の考えを書き込めといった教師のコメント付きで、減点を受けたものを返却されると」

「現状に全く関係ないだろそんなこと」

 

まるで見てきたかのように言ってくるな。その通りだよちくしょう。

前を向いたままこちらを見ようともしない凍牙を睨みつける。

こいつが何を考えてわたしと一緒に歩いているかは知らない。

だからと言ってもうこれ以上わたしも黙っていられるか。

 

「目を付けられたらめんどくさそうな人だとは思ったよ」

 

あくまでもしもの話であって、崇司さんの興味がわたしに向こうことはこの先もないのだろうけど。

あの人に執着されているのは、どう考えても凍牙だ。

 

「誰かと比べて自分は優秀だ。誰かよりも自分は認められている。そんな比較論でしか幸せを実感できない人。誰かの部分にあてはめられたやつは、常に崇司さんより下に居続けなければならない。ねえ?」

 

口をつぐんだまま凍牙がわたしを見下ろす。

 

「外れていたら違うって言ってよ。あの人と2回顔を合わせただけのやつが言うただの推測だ」

 

眉を寄せる凍牙は少しだけ目を細める。

痛みに耐えるような顔つき。心の傷をえぐっているのは分かっているが、もうここで引いてはやらない。

 

「成績、本当はもっと上を狙えるんじゃないの? あんたの素行の悪さは素のものだとは思ってるけど、そうなったそもそものきっかけはあの人にあるとか?」

 

凍牙が立ち止まる。

2,3歩と先に進んで振り返ると、半眼でわたしを見据える凍牙と視線が絡んだ。

 

「お前絶対本物の魔女だろ」

 

これはすごい言いがかりだ。

凍牙にそんなファンタジックな考えができるなんて大発見だよ。

 

「そっちがなにも言ってくれないから、自分で考えるしかなかっただけだ。正解だというなら、わたしの観察眼もたまには役に立つね」

「……敵に回したくないな」

 

だから何を言ってるんだ、こいつは。

 

「わたしは凍牙の敵にだけは絶対ならないって、何回言えば分かってもらえるんだろうね」

 

呆れながらも訴えると、目をつむった凍牙は額に手を当て大きなため息をついた。

 

「……敵う気がしない」

 

力のない呟きは諦めの色が強い。

脱力して微かに下がった凍牙の肩に、わたしは自然と口角を上げていた。

 

 

続く


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