モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下1-4

1-4

 

 

わたしと春樹の喧嘩には、感情的になってしまったほうが負けるというジンクスじみたものがある。

早い話、そんな法則を発見できるほどかなりの頻度でわたしたちは口論を繰り返してきた。

それこそ仲間がまたやってるよと呆れて達観してしまうほどだ。

小学生、中学生、そして現在と、どうでもいいが喧嘩のクオリティは向上している気がする。

バカ、カス、アホ、マヌケなど、人に考えを伝えるためには意味を成さない単語は極力使用しない。

今この場で言い争いになっている内容以外のこと――特に過去の過ちや互いの欠点は持ち出さない。

わたしたち2人のいさかいに、例え仲間であっても他者の同意は求めない。これは多数決でどちらが正しいかを決めるものじゃないから。

春樹とは具体的にこうしようと決めたことは一度もないが、これは喧嘩の時の最低限守るべき暗黙のルールとなっている。

約1年前は失敗してしまったけど、決別したいためにこうして言い争いを繰り返すんじゃない。

喧嘩の根底には、お互いを分かり合う目的がある。

タイムオーバーとなって一度解散し、個々に考え抜いた答えを持って再び意見をぶつけていく。

毎回そんな喧嘩を繰り返してきたわたしたち。一時中断のないケースは予想以上に体力を持っていかれるのだと今回実際やって初めて気付いた。

睨み合いと少しの言葉を交わすうち、疲労とともに感情の起伏は穏やかになる。

次第に春樹に対する怒りよりも、これからどうするべきなのかに焦点を置いて冷静に考え出すようにもなっていった。

 

 

そして……。

 

 

「今、何時?」

「明朝4時15分だ」

 

腕時計を見ながら春樹が気だるそうに答える。わたしもものすごく眠い。

昨夜からぶっ通しで話し合ったかいもあり、わたしたちの中で今回の件はひとまず折り合いはつけられた。

この喧嘩、3割はわたしの物事が順調に進まないことを春樹に八つ当たりしたのが原因だ。

その点は春樹にちゃんと謝った。

自分に対する価値の置き方も、少しずつでも見直していければと思えるようにもなった。

春樹には2割分。重要な情報を掴んでいながらわたしに黙っていた非を認めさせた。

そして残りの5割。

そもそもわたしたちがこうして言い合いをする原因となったやつを置いては、これ以上話しは進まないだろう。ということがわたしたちの考え方で見事に一致した。

ここはもう縛り付けででも中心人物である凍牙を引きずり出して話す場を設けよう。

裏で動こうとするのはもう止める。後ろめたいものが何もないなら堂々と前から挑んでやろう。

 

「俺らがこうしている間も、あいつはぐーすか布団でのんきに寝てるかもしれねえんだろ」

「考えないでおこうよ。想像しただけで布団をひっくり返して叩き起こしたい気分になる」

 

わたしと春樹。互いの怒りの矛先が凍牙に集中しただけな気もするが、言い争いはこれにて終了だ。いやほんと、収拾が付いてよかったよ。

首を回して固まった肩をほぐし、あくびを噛み殺しながらソファの上で伸びをする。

 

「朝のバイトは間に合うか?」

「水曜日だし、カプリスは休み。バイトもないよ」

「ああ、今日は水曜だったか」

 

ぼんやりとこぼす春樹も、徹夜で頭が働いていないようだ。

春樹は目頭をつまむように押えておもむろに立ち上がり、壁に掛けてあったダウンジャケットを着込んだ。

ポケットから取り出した鍵をわたしに見せる。

 

「学校は行くんだろ。今から駅に向かえば始発に乗れるぞ」

「……お願いします」

 

今から帰ってシャワーを浴びて、着替えて学校へ。……マンションで寝ている余裕はなさそうだ。

 

「あーだりい。バイクの後ろで寝るんじゃねえぞ」

「保証は出来ない」

「保証しろ。死ぬぞ」

「多分寒くて寝られないよ」

 

学校指定のコートは当然のことながらバイク対応のものじゃない。

手袋も持ってないんだ。制服はスカートだからは膝がむき出しとなるし、この格好で11月の早朝にバイクは寒すぎる。

送ってくれるのはありがたいので文句は言わないし、ここはもう我慢するしかないだろう。

春樹と部屋を出る。しょぼしょぼする目をこすりながら、ドアの鍵を閉めた春樹の後をついて行く。

廊下に出てから、風の唸るような低い音が倉庫内で微かだが聞こえてきた。不審に思った春樹が手すりに近付き1階を見下ろす。

 

「……おいおい」

 

驚き混じりの、呆れた声音にわたしも階下を見る。

すぐに風の音の正体は、古い石油ストーブからしている音だと知れた。

そして轟音をあげてフル稼動しているストーブを囲うように、ソファや長椅子を持ち寄って、菜月、成見、綾音、有希、昨日はいなかった洋人が――。

みんなが2階を見上げていた。

 

「お前ら馬鹿だろ」

 

1階に下りた春樹は開口一番そう漏らした。

決してけなしているわけじゃない。それはみんなも分かっているようで、苦笑してわたしと春樹を迎えてくれる。

 

「わたしたちだってさすがに不安になるわよ。あんなことの後だし、解決もせずにどちらかひとりだけが倉庫から逃げようものなら総出で部屋に押し戻すつもりだったの」

 

菜月が肩の力を抜いて言った。

 

「喧嘩はとっくに終わっていて、そのまま部屋で2人仲良く寝ていたらどうしてやろうかって話をちょうどしていたところだよ。洋人が部屋に突撃する前に出てきてくれてよかった」

「さらっと俺に一番嫌な役を押し付けてんじゃねえ。つうか俺はそのためにここに呼ばれたのか」

 

成見の発言に洋人が噛みつくも覇気がない。相当疲れているようだ。

 

「もういいのか?」

 

有希の問いかけに頷いて、1歩前に出る。

 

「ご心配をおかけしました」

 

反省と感謝の意を込めて、深々とみんなに頭を下げた。

 

「俺たちだって成長はする。もうあんな泥沼にはならねえよ」

 

うん、あれは2回も繰り返していいことじゃないよね。

 

「結衣、目の下ひどい隈よ。すごく眠そう。今から仮眠室で一緒に寝ましょうか」

 

そう言う綾音の顔もすごいことになっている。

とても魅力的な誘いに心が揺れるも、これは綾音の彼氏が許さない。

 

「こいつは今から駅に送って学校だ。テストで成績稼げないやつは授業の出席点だけでも出来る限り取っとけ」

 

ここで春樹が真面目に授業を受けろと言わないあたりに、せめてもの思いやりを感じた。

わたしは今日の授業を終日寝て過ごすだろう。

 

「わたしも帰るわ。少しだけでも自分の部屋のベッドで寝たいし」

「じゃあ俺も。菜月送って家帰るよ」

 

菜月の言葉に当然のごとく成見が返す。

 

「こいつ送ったらすぐ戻ってくるから、綾音も一度家に帰れ。それまで暖かくして待ってろ」

 

春樹がこうして気にかけるのは綾音限定だ。

綾音は春樹に微笑みながら頷いた。

有希と洋人はここで仮眠をとって直接高校に行くらしい。

 

「ひとつ、お願いがある」

 

それぞれがばらばらに動き出す前に、わたしからみんなへと訴えかけた。

 

「凍牙と、ちゃんと話を付ける。それで、ことの次第によっては、みんなに協力してほしいんだ」

 

ずっと考えていたことを、この場で打ち明ける。

わたしのかしこまったもの言いは、みんなにらしくないな、水臭すぎるんだと笑われた。

 

「お前のやらかす騒動に、俺たちが便乗するのは今に始まったことじゃないだろ」

 

何を今更と当然のごとく言い放つ春樹に、言葉では何も返せなかった。

その時のわたしは気持ちを伝える言葉を探しきれず、寝不足も相まって、さぞ不細工な顔をしていたと思う。

 

 

続く


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