モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下1-3

1-3

 

 

凍牙と学校で会うことができた。しかも邪魔がいないふたりきりの場所で。

その事実に浮かれていたのだろう。

彼から紡がれた言葉は拒絶ではなかったけれど、わたしにとっては予想外なものだった。

混乱する思考を整理する前に凍牙はわたしの前から立ち去る。

 

 

そんなことがあった、今日の夕方。

程よい時間にお客さんが途切れたので、今日のカプリスは少し早めに閉店となった。

閉店後の清掃を黙々とこなし、仕事が終われば静さんにお疲れさまでしたと言って店を出る。

日の暮れて若者やスーツ姿の人たちで混雑する商店街を、人の間を縫うようにして早足で進む。

たどり着いた駅では発車間際の電車に駆け込んだ。

帰宅ラッシュで混み合う車内、人にもまれながらも到着した日奈守駅で下車し市バスを使って海を目指す。

海沿いのバス停で降りてからはひたすら目的地にへと歩き続ける。

ようやく見えてきた倉庫街。

公道から一番近い倉庫の中、1階にいた人たちへのあいさつもそこそこに階段を上る。

大股で向かうのはそいつがいるはずの部屋のドア。ノックはしない。

たどり着いた勢いのままドアノブを回し室内へと踏み入れる。

中にいた5人の視線が一斉にこちらへと集中するが、気にするものか。

ドアからちょうど対面するソファに座っていた春樹を睨みつけ、感情のままに口を開く。

 

「なに人のやろうとしてること、勝手にぺっちゃぐってやがる」

「……ああ?」

 

不機嫌なわたしに返す春樹の態度もぞんざいだ。

手前のソファに座る菜月は目を丸くして固まっていたが、その隣で成見が苦笑したのをきっかけに呆れた表情を見せた。

菜月と成見の前方のソファにいる綾音は首をかしげている。

部屋の奥でパソコンデスクに座る有希はわたしを一瞥した後、我関せずとパソコンに意識を戻した。

 

「人が裏に回って動こうとしている時に、お前が一番知られちゃいけない人間にそれをばらしたら意味がないだろうが」

 

春樹の眉間にしわが寄る。

 

「それに、西浜千香がわたしを凍牙の取引材料に使ったなんて聞いてない」

 

わたしの怒りを春樹が無言で受けて立ち、空気が張り詰める。

有希がキーボードをたたく音だけが全てとなった空間に、成見が盛大なため息を吐き出した。

 

「そういうことはお2人でどうぞ」

 

言いながらソファから立ち上がった成見に、菜月と綾音が倣う。

 

「部外者は早々に退散させてもらおうか。俺たちは邪魔しないから、後は2人が納得するまで話し合いなよ」

 

成見がわたしの肩に軽く手を置いて、そのまま部屋を後にする。

状況についていけず呆然としていたわたしを菜月が冷めた目で見下ろしてきた。

 

「あんたたちの言い合いに巻き込まれるのはごめんだわ。意見が完璧に対立していても、見かねて仲裁に入った時だけ2人して示し合わせたようにこっちを叩きのめして来るんだもの。あんな経験一度したらもう十分よ」

 

そっぽを向いてわたしの横を通る菜月の腕を綾音が掴む。

 

「春樹も、思い通りに行かないからってあんまり結衣をいじめちゃ駄目よ」

「どういう意味だ」

 

綾音は春樹にくすくす笑うだけで何も返さず、菜月と一緒に部屋から消えた。

スプリングの軋む音がして奥へと目をやると、有希がパソコンデスクの前に立っていた。

 

「喧嘩をするなとは言わない。場合によっては時間と場所と節度さえ弁えるなら、俺たちだって口出しせずに場の提供ぐらいする。まさかとは思うが、1年ほど前にお前らが喧嘩を途中放棄した結果、何がどうなったかを忘れてはいないだろうな?」

 

部屋を出た3人が触れなかった痛い部分を、有希は遠慮の欠片もなくつついて来る。

影のまとめ役はこういうところに容赦がない。

淡く光っていたパソコンの画面が暗転する。それを見届け、有希も迷わず部屋の出口へと足を進めた。

 

「いいか、今日中にお前たちの中で妥協線を見つけて折り合いを付けるか、打開策を打ち出すか、とにかく何かしらの決着は必ずつけろ。間違っても喧嘩に嫌気がさして片方だけが部屋から逃げるなんてことになるんじゃないぞ」

 

ドアを開けて振り返った有希は廊下から、わたしと春樹をそれぞれ睨む。

 

「分かったな」

 

低く鋭い声で念を押し、こちらの答えを聞かないで有希はドアを閉めた。

2人きりになった室内は両者何も話さず、膠着状態となった。

やがて春樹が組んでいた腕をほどきソファを指差す。

 

「とりあえず、座れ」

 

ゆっくり言い聞かせるような口ぶりは、春樹自身が努めて冷静になろうとしているのだろう。

立腹状態のわたしには、こいつの命令口調ひとつとっても気にくわない。

だけどここで食ってかかっていると、いつまでたっても本題に入れないのは目に見えて明らかである。

不本意なことだと目で訴えつつ、春樹から最も遠い位置に腰掛けた。

 

「まず聞くが、何に対してお前はそこまで怒ってんだ」

「さっき言った」

「順を追って詳しく教えろっつってんだ。お前ひとり憤りをぶつけてきても、俺に伝わってなければ意味がないだろ」

 

感情のぶつけ合いでなく、話し合いのできる環境を整理し場を作ろうとする春樹を前にして、劣等感が胸の奥をかすめる。

まるでわたしが大人に不満ばかりをぶつける子どもになったようだ。

自分を不利にさせるであろう、小さく芽生えた春樹への尊敬の気持には蓋をして口を開く。

 

「糸口が見えていた。タイミングさえ逃さなければ西浜千香とパズルの最後のピースであおる人と、あと皇龍を使って全部を終わらせられるはずだった」

 

水口崇司が西浜千香に接触しようものなら、わたしひとりでも出来ることがあったのに。

 

「それで、自分が水面下で暗躍して、本人の知らないところで凍牙を解放してお前は満足か」

 

そうだよ。それで大満足だ。

西浜先輩が崇司さんにほだされる時が来れば、凍牙は龍華にとって敵かあるいはつまはじきになる。

そこを狙い凍牙を取り込もうとする皇龍をわたしが止めれば、あいつは自由を取り戻すことができた。

凍牙は知らなくていい。全部わたしが自分の意思で勝手にすることだ。

感謝されたいわけじゃない。ただわたしが凍牙に自由であってほしいと望んでいるだけだ。

 

「わたしが動くなんて予告も決意表明も、お前が伝える必要なんてなかっただろ」

「……凍牙から聞いたのか」

 

頷く代わりに記憶を掘り起こして言葉にする。

 

「わたしに関わることは、わたしの知らないところで処理するほうが円滑に進むと春樹たちはみなしているんだろうなって。大事にのけ者にされて、知らないうちに春樹たちが整備した地面を進んでいける。わたしは幸せ者だなってさ」

 

皮肉のきいた凍牙の発言には腹が立った。

だけどこれが事実なら、知らないうちにならされた道に疑問を抱かず立ち続ける自分のほうが愚かで怒りを向ける対象となる。

そして何もわたしに伝えようとしなかった春樹にも、物申すことが過大に出てくる。

 

「お前はそれで文句を言える立場か。俺が報告しなかったからなんだ。てめえが凍牙にしようとしてることと変わらねえだろ。つうかあの野郎、余計な言い方しやがって」

 

苦々しげに呟く春樹に苛立ちが増す。

 

「あんたがほのめかしていたパズルの最後のピースってのは、わたしだったってことか」

 

突然参入してきた崇司さんの存在に舞い上がっていたわたしが馬鹿みたいだ。

春樹と、そしておそらく有希はかねてから西浜先輩が凍牙との取引にわたしを使ったのは知っていたはずだ。

有希が情報伝達の最終決定を春樹に任せるのなんて、今に始まったことじゃない。有希に口止めしたのは紛れもなくこの男だろう。

長い沈黙の後、頭をかきながら春樹はわざとらしく大げさなため息をつく。

 

「これを伝えたと仮定して、お前はどう動いた。大きなお世話だとお前を心配ないし慮った凍牙に怒りをぶつけるか? 自意識過剰もうっとうしいが、自己的価値を持たない人間もそれはそれで問題なんだよ。生憎、今回のケースでお前が凍牙を罵るのはあまりにも報われないことだと、俺自身が判断しただけだ。だから凍牙の肩を持った」

「……つまり、自分というものをそこまで大切にしない人間には、たとえ自分に関わる話であっても、お前が重大な情報を掴んだところで教える必要はないと」

「そうは言ってないだろ」

「そう言っているようなものだろう」

 

再び、沈黙。

視線は常に互いの顔をとらえ、決して外れることはない。

この場所に完全下校の時間指定などあるはずもなく。

高校に入った春樹とわたしには、門限はない。

時間に制限のない喧嘩は初めてだった。

ピリピリとした空気の中、相手の出方をうかがいどちらも延々と言葉を発しない。

季節は秋の終わりだ。まだまだ夜は明けない。

我慢大会のような睨み合いも、まだまだ長くなりそうだ。

 

 

続く


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