モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編下1-2

1-2

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

朝から授業に出ていたものの、絶えず感じる視線と教室の空気に息がつまり、3限目の始まる前に荷物を持って校舎を後にした。

現在学校内では生徒だけに留まらず、教師までもが俺に敵意をむき出しにしてくる。

初めのうちは気にせず放置していたものの、大人げない大人に付き合うのもいい加減疲れた。

そんな中で唯一俺を他と差別せずひとりの生徒として扱うのが、皇龍創設者の吉澤先生だというのは皮肉なものだ。

学校の敷地内で静かな場所を求めると、無意識のうちに第2体育館裏へと足が進む。

さぼった分の補修課題は出来るだけ本日中に提出したいので、学校から帰るのは放課後になるだろう。

課題は人目の多い時間帯に職員室へと取りに行かなければ厄介なことになるのも、最近になって思い知った。

職員室で居留守を使ったりと、皇龍の害になる俺を目の敵にした教師の中には、課題を俺に渡すことすら渋るやつがいる。

嫌味のひとつふたつは聞き流せば終わりだが、意図的に俺の成績を下げてやろうと目論んでくるやつらの思い通りになるのはしゃくだった。

昼休みにでも3、4限にさぼった分の課題をもらい、午後からの授業を受けて帰るかと考えながら第2体育館の非常階段を上る。

見上げた空は雲に覆われ、陰鬱な俺の気分を投影したように暗かった。

授業中はここにいても結衣と顔を合わせる心配はない。

この場所が人目につかないから、誰にも邪魔されずくつろげるからなどと、それらしい理由を付けてまで俺はここに来てしまう。

もはや認めるしかない。

自分で遠ざけておきながら、俺はあいつの影を探している。

西浜が結衣に手を出したところで、崇司がしつこく結衣に言い寄ったとしてもだ。あいつは決して俺を責めないだろう。

結衣がそんなやつじゃないことぐらい分かりきっているはずだった。

自分のせいであいつが苦しむ。結局はそんな罪悪感に俺自身がさいなまれたくないだけだ。

冷たく当たっても俺の助けになろうとする結衣を完全に付き離せないのも、ただの甘えに過ぎない。

階段の踊り場で壁にもたれて腰掛ける。

女々しい感情を払拭するように目を閉じて頭を振った。

風がこの歯を揺らすざわつきが聞こえるなか、人の気配のないことに安堵し肩の力を抜いた。

 

 

そこからどれだけ時間が経過したかは定かでない。

チャイムの音は聞こえてないので、3限目の授業が終わってないのだけは確かだ。

ズボンのポケットに入っているスマホが少し前から振動し続け、一向に止まる気配がない。誰かからの着信だろう。

留守電に設定し忘れたことを後悔しつつ、ポケットからスマホを取り出す。

電話の相手が櫻庭さんなら無視するかと決めて画面をのぞくと、そこには予想外の名前が示されていた。

取るか、切るか。迷っている間も振動は止まらない。

 

「――なんだ」

 

しつこさに嫌気がさし通話に切り替えると、電話の相手は俺の声にくつくつと笑った。

 

「よお、授業さぼりとはいいご身分だな」

「今電話をかけてきたやつが言うことか」

「俺はたった今自習課題が終わって自由になっただけだ。一緒にしてんじゃねえよ」

 

口調からして電話の向こうでそいつ――武藤が上機嫌なのは安易に想像できた。

楽しげな、そしてからかう調子が癇に障る。

 

「何の用だ」

 

用件次第では即行通話を終えるつもりでいた俺に、武藤は即座に本題をつき付けた。

 

「らしくねえことしてるみたいじゃねえか。西浜千香って女はお前にとってそんなに脅威なのか?」

 

武藤が龍華についての情報を持っていたとしても何ら不思議ではない。

直球で切り込んでくるところがこいつらしい。

 

「だったらてめえに関係があるのか」

 

モノトーンと龍華は実質何の繋がりもないはずだ。

 

「大ありだな。結衣を餌に脅されて、お前が従わざるを得ないほどの女がどんなやつか、俺たちが興味を示すのは当然だろ」

 

部外者は引っ込んでろと言いかけた俺に、武藤は当然のごとく告げた。なぜそれを知っている。

切り返すこともできず息をのんで固まった俺の耳に、スマホからわざとらしいため息が聞こえた。

 

「不安や罪悪感を人に話すことによって自分の心を軽くしようとする人間は、この世にごまんといる。西浜千香もその手の人間だ。そして西浜が懺悔を漏らした相手が、その内容を他の誰かに言わない保証はどこにもない。水面下に散らばった情報の欠片を拾い集めるのが得意なやつが、俺の近くにはいるからな。お前も知ってんだろ」

 

蔵元のことか。

 

「まあ少し考えれば、頭をひねらなくても可能性のひとつとして出てきてもいい話だ。あれだけ頭が回るくせにうちのにゃんこにその考えが浮かばないのは、自分に対する価値をあいつは全く見出してないからだ。自分自身を便利道具のようにしか考えてない結衣には、自らが脅しの材料として使われるほどのものだなんて、思いつきもしないんだろうな」

 

武藤は得意気だった。結衣という人間を最も理解しているのは自分だとでも言いたいのか。

 

「あいつは諦めねえぞ」

 

一方的に通話を切ろうとした俺に、武藤は静かな声で宣告した。

人差し指で触れていたスマホの電源ボタン。力を入れるのが躊躇われた隙をつき、更に武藤は続ける。

 

「一度懐いた人間を、結衣はそう簡単に嫌いにならねえ。いくらお前が結衣を嫌悪し、邪険に扱ったとしてもだ。お前の感情なんざあいつには関係ない。自分が大切に思うからお前のために動く、それだけだ。たとえ一生自分に関わるなと結衣に言ったとしても、あいつはお前からは見えないところで、お前のためになる働きをしようとする。そういうやつなんだ」

 

電話に出た当初とは打って変わって、スマホ越しに伝わる武藤の雰囲気は真剣なものだった。

やたらと説得力があるのは、武藤自身も経験したことだからか。

 

「なんてことは、普段のお前だったら分かることだと俺は思うんだが。物事の当事者ってのはどうしても視野が狭くなってしまうとは思わないか?」

 

自嘲気味の笑いを含んだ問いかけに、口で答えは返さない。悔しいので心の内で同意しておく。

 

「言いたいことはそれだけか」

「ああ。出来れば西浜千香のことを詳しく教えて欲しかったがな。高望みはしねえ。俺個人ははお前のやることを止めるつもりはないから安心しろ」

 

どこに安心する要素があるんだ。どうせてめえは結衣の行動を制限するつもりもないんだろう。

 

「西浜千香はお前らが気にするまでもない、取るに足らない小者だ」

 

伝えた後、返事を待たずに通話を切った。

スマホの電源を落とし、外部との通信手段を完全に遮断する。

今は誰とも繋がりたくない気分だった。

画面の黒くなったスマホをぞんざいに足元へ放り投げ、目を閉じる。

 

――あいつは諦めないぞ……。

 

武藤の声が頭の中で何度も繰り返された。

 

 

焦燥感にかられる中、3限目は終了する。

武藤が結衣について、誰よりも理解があるのは当たり前だ。

何年もかけて培ってきた信頼の絆。

電話口の声からもそれがありありと感じられ、まるで見せつけられているようで腹が立った。

俺に関わることで、結衣の危険度は確実に増す。

それを知っていながらも、結衣を野放しにし続ける武藤に苛立ちを隠せない。

何よりあの電話時の余裕な態度が気にくわない。

高みの見物人気取りか。やはり正真正銘の部外者は黙っていろと言ってやればよかったと今になって思う。

武藤が俺に連絡を寄こしたのは、結衣を慮ってのことだろう。そこがまた面白くない。

やつあたりに近い感情をあらわに時間も気にせず考えを巡らせていたのがまずかった。

校舎から聞こえた4限目の終了を伝えるチャイムに、思考が現実へと戻される。

昼休みはあいつがここに来るかもしれない。

などと焦る間もなく、階段の下から砂を踏む足音が聞こえた。

踊り場に座ったまま見下ろせば、案の定結衣が俺を見て階下で足を止めている。

失敗した。4限目の終了が定時より早まることなどいくらでもある話だ。

カバンを肩にかけたまま、階段の下で結衣は黙って俺を見上げる。

一瞬目を見開いた結衣はすぐまた真顔に戻り、顔の表情筋をぴくりとも動かさない。

自分の感情を隠してこちらの出方をうかがっているのだと。

つぐんだ口と瞬きひとつしない目。無表情の裏で内心かなり当惑しているのだろうと察するぐらいには俺はこいつを分かっているのだと、今更ながら思い知った。

諦めない、か。

同時に離れて過ごしていても結衣を完全に理解する武藤の鼻に付く笑みを思い出し、いらつきが増す。

今この状態。俺が動くのをひたすら待ち続ける結衣に罪はない。

俺がこの言葉をこいつに告げるのは、武藤に対するただの憂さ晴らしだ。

 

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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