モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上5-2

5-2

 

 ☆  ☆  ☆

 

 

――あなたにとって高瀬さんが大切な人であるならば、わたしはそれを利用するわ。

 

 

強気を装いつつも緊張を隠しきれない面持ちで、西浜は言った。

 

 

――確かに高瀬さんは皇龍も認めたチームに入っている。でも彼女自身にはなんの力もないし、この街には彼女と同じチームの人はひとりもいない。チームの拠点から遠く離れたこの場所でもしものことがあっても、助けは来ない。高瀬さんだってひとたまりもないでしょうね。

 

先程のやたら長い説明の中で、西浜は龍華という組織を女のためにあるものとしたいと言っていた気がしたが、あれは俺の空耳か。

それとも西浜は結衣を女だと思っていないのか。

 

――世の中には必要悪って言葉があるの。たくさんの女性を助けるためになら、わたしは心を鬼にできる。高瀬さんを犠牲者にするかどうかは水口君、あなた次第よ。

 

まさかこんな形で結衣を使って俺を脅してくるやつが現れるとは思ってもみなかった。

武藤に報告してしまえば、この女は2度とそんな気が起こらないぐらいに叩きのめされるだろう。主に社会的な部分で。

女はそんなことも知らず、悪者に似せた笑みを俺に向ける。

必要悪。

自覚済みの悪事を正当化させる都合のいい言葉があったものだ。

だが、自分の提案が褒められたものじゃないと自覚しているなら俺も気兼ねなくこいつを使える。

よくもまあタイミング良く都合のいい女が出てきてくれたな。

何をすればいいという俺の問いかけに、西浜は笑みを深める。

順調に物事が進む愉悦と、人をおとしいれたという罪悪感でゆがんだ顔は見るに堪えない。

 

――側にいて。高瀬さんと一緒にいたみたいに、わたしと行動を共にしているところを街の人に見せつけるの。

 

いまいちチームとしての宣伝には効果のないやり方だ。

それでも浅はかなことだと俺がこいつに告げる必要はどこにもない。

 

――従おう。

 

9月1日、新学期初日。

西浜との取引は、そこから始まった。

 

 

2学期に入り2カ月が過ぎても、俺と西浜の奇妙な関係は継続中だ。

この女は俺を広告塔としてしか使おうとしない。

窮屈な中、好意を持たず道具のように扱ってくることだけが唯一の救いだ。

くだらない集会。おかしな理想。

狂ったままの歯車で動き続ける連中に、この街の狂気をかいま見た。

あいつが最もいとうであろう泥沼なまでの馴れ合いの世界がここにある。

カラオケボックスで繰り広げられるのは無謀なまでの行動方針を決める話し合い。

見せものパンダとしてそこにいる俺に意見を求めないのは助かる。

こんなやつらにまっとうな助言なんざやりたくないし、俺の言葉など聞く耳も持たないだろう。

もしかしたら、西浜は俺の反発心を悟って黙らせているのかもしれないが。

俺以外の男たちの目的もこの2カ月で大かた分かった。

こいつらは女たちに全く賛同などしていない。皇龍を落とすための足掛かりとしてここを利用しようとしているやつも何人かいる。

やつらの後ろにはどこかのチームが潜んでいる可能性だって十分にあった。

あの女が気付かないならそれまでだ。俺から教えることもない。

それぞれの思惑が渦巻くいびつな集団。

先頭は現実がそこにあるにも関わらず理想だけしか見ようどしない。

今にも壊れそうなこの歪んだ世界が、案外俺には似合っているのかもしれない。

 

 

学校から帰って、リビングにあった新聞を読んでいるとスマホが震えた。

 

『今夜10時、駅前のいつものところで』

 

メールで届く西浜の指示は端的なものばかりだ。

内容からしてまた街をふらつくつもりなのだろう。

本格的に皇龍が龍華を潰そうとしているのに、西浜は何の行動も起こさない。

話せば分かってもらえるといいながらも話し合いの場すら設けようとしないあたり、皇龍に対してあの女が及び腰なのが良く分かる。

西浜を含め龍華の女たちは、幼いころより刷り込まれた皇龍を絶対視する思考から抜け切れていない。

そんなやつらが意識改革もせずに皇龍と対等に渡り合おうなんざ、夢物語にしかなり得ないだろう。

こちらの思惑もとん挫しそうだが、これは俺の自己責任だ。

リビングのテーブルに並べられたのは、母親が用意したひとり分の晩御飯。

兄である崇司のための準備物であって、俺のものは中学卒業を気に出されなくなった。

家で夕飯を食べる日が不規則な俺に作るのは、無駄になった時の料理がもったいないとのことらしい。

共働きの親の顔は、ここしばらく見ていない。

新聞の社会欄まで読み終わり、紙をたたんでいると玄関から鍵の回る音がした。

ドアが開いて、また閉じる。

薄暗い廊下から、帰宅した崇司がリビングに顔を出す。

あいさつを交わさないのはいつものことだ。

机に置きぱなしになっていたスマホを取って、リビングを出ようとした。

 

「お前が以前一緒にいた子にたまたまあったよ。黒髪で背の小さい猫目の子」

 

普段は声すら掛けてこない崇司の言葉に思わず立ち止まる。

嫌な汗が背中をつたった。

 

「お前にしては上出来だ。あんな根暗なうえに生意気な女、振って正解だよ」

 

せせら笑う崇司を置いて頭をフルに回転させる。

……つまり、お前は俺に振られたということにしたのか。

 

「未練がありまくりでまだまだお前に気があるらしいが、案外そんなおかしな女のほうがお前にはお似合いなのかもな。――今の恋人より」

「……何が言いたい」

 

声を低くして言えば、崇司は勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 

「前にお前が言っていたことがまさか本当だったとはな。告げた真実に疑いを持たせて、逆に本命から遠ざけるか。甘い考えだったな」

 

リビングの椅子にカバンを置いた崇司はまっすぐに俺を指差す。

 

「いいか、お前はこの家の恥だ。うちの家に留まらず人様にまで迷惑をかけるなど許されると思うな」

 

毎度のごとく正義の審判を下すように断言する兄に、怒りも何も感じなくなったのはいつからだろうか。

親の期待、信頼、愛情――。

昔から全てを手に入れておきながら、今はそれが重圧となってこいつを追い詰めている。

親はそのことにすら気付かない。

崇司には何んも返さず自分の部屋へと入る。

俺を下に置くことで安堵して身につけてきた自信を、崇司は揺るがせないために必死だ。

自分が俺より勝っていることを証明するために、あいつは俺が手に取ったものは何でも欲しがる。人でも物でも、例外はない。

シャワーを浴びるための着替えを手に取り、部屋を後にする。

勉強机に置いたスマホは電源を切っても、ロックはかけない。

俺のいない間にあいつは西浜のデータを盗んでいくことだろう。

結衣が今の恋人として意図的に崇司に示したのは、おそらく西浜のことだ。

随分俺にとって都合のいい説明をしてくれたものだな。

奪いたいなら奪えばいい。

あんな女、いくらでもくれてやる。

もしかして、結衣は崇司の性質に気付いたのか。

分かったうえで、西浜のことを崇司に伝えたのだろうか。

あまりにも自分勝手な思考に脱衣所で自嘲した。

散々遠ざけておきながら、俺は結衣に何を期待しているんだ。

 

 

敵にならないと誓ったとしても、俺の味方でいる必要はないだろう。

馬鹿げた考えを持つやつらを、お前に近づけさせない。

お前を害する原因にだけは、俺は絶対にならない。

 

 

  ☆  ☆  ☆

龍華編上 完

龍華編下へ続く


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