モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上4-5

4-5

 

 

国道に面したコンビニ前のバス停で降りて団地内を進む。

行き着いたのは一戸建ての実家ではなく、10階建てのマンションだ。

ガラス張りのドアを入ったところにある機械に部屋番号を入力する。

 

「はい」

 

数秒と待たずスピーカーから聞こえてきた声に緊張するのはいつものことだ。

機械を挟んだ間接的なやり取りにはどんな場面でも慣れることはない。

 

「高瀬です」

 

ここで名前じゃなく苗字を名乗るのもいつものこと。

何年も前から続く、マンションに住む彼との暗号のようなものになっている。

スピーカーの向こうの相手はそれ以上喋らず、マンションのエントランスへと続くドアを解錠してくれた。

エレベーターで3階まで上る。

南側通路の奥から3番目のドアが目的地だ。

インターフォンを鳴らすとすぐ、鍵を回す音がしてドアは開いた。

 

「急にすみません」

「結衣は急じゃないことのほうが珍しいからな。俺は問題ないよ」

 

この部屋の主である涼君は、なんてこともないかのようにわたしを迎え入れる。

勝手知ったるリビングは、この前来た時と違いこたつ仕様に変わっていた。

涼君の住むこのマンションには着替えやわたし専用の日用品が常備されている。今となっては実家よりもわたしの私物は多いはずだ。

 

「今日は泊りでいいんだな?」

「ご迷惑でなければお願いします」

「おう、ゆっくりしていけ」

 

さっそくこたつに入ってくつろぐわたしの前に、涼君は器に入った山盛りのミカンを置いた。

冬支度は万全のようだ。

 

「菜月ちゃんもいい読みしてるな。ひょっとするとこっちに来るかもしれないって、さっき連絡が入ったが、案の定だ」

 

台所にいる涼君の声にミカンの皮をむく手が止まる。

 

「その情報網、なんとかなりませんか?」

 

もしかして涼君は綾音やマヤとも繋がっているのだろうか。

考えただけで少し怖い。

湯気の立つマグカップを2つ持ってリビングに来た涼君は、わたしとは向かい合わせでこたつに入る。

 

「気になるな結衣も仲間入りしたらどうだ」

「顔の見えないやり取りは苦手なので」

「お前がそんなだからなー。心配性なお兄ちゃんは妹の周りに人脈広げちまうんだぞ」

 

こたつの上に置きっぱなしだった携帯電話を手に取って、涼君は画面をわたしに見せてくる。

映っていたのはわたしの寝顔。襟元の服からして今日の写真だ。

 

「……なっちゃん」

 

思わずうなだれる。隠し撮りをしたあげく涼君に送り付けたのか。

 

「結衣の周りはノリのいい子が多くて面白いな。さすがは俺の妹だ」

 

この人、絶対に柳さんと引き合わせてはいけない気がする。

 

「携帯を持ちたくないならそれでもいいが、いざとなるとやっぱり不便だからな。これぐらいは大目に見とけよ」

「ほどほどにしてください。特に写真のやり取りは控えて欲しいです」

「まあそう言うな。みんな結衣のことが心配なんだよ」

 

苦笑する涼君はマグカップに手を付ける。

わたしの分のカップを確認したら、中身は緑茶だった。

 

「そういえば、結衣が今日寝るとこはここな。いつもの部屋は本で埋もれて足の踏み場もないんだ」

「構いませんが、珍しいですね」

 

整理整頓を得意とする涼君は物を溜めこまない人だったはずだ。

 

「愁(シュウ)がな、自分の部屋に置ききれなくなった本を持ち込んでるんだ。来年のセンター試験が終わったら整理するから、それまでは保管しといて欲しいんだと」

 

愁君――わたしと2歳違いの、高瀬家の次男だ。

 

「あいつは本の虫だからなあ。これからも増えるぞ」

「何もここまで運ばなくてもわたしの使っていた部屋に置いたらいいのに」

 

引越しの時に私物のほとんどを処分したので、あの部屋にはベッドと勉強机しか残っていないはずだ。本を置くスペースなら十分にある。

 

「あそこは今も結衣の部屋だろ。本人の許可なく不用意に物を置くのは愁にとってもはばかられるんだろうな」

「でしたら、今度会った時にでもわたしが使っていいと言っていたとでも伝えてください」

 

もしかしたら2度と立ち入らないかもしれない場所だ。

有効に利用されるならそれがいいだろう。

 

「そういうことは自分で直接愁に言え。まあ、俺はたとえ結衣が言ったところで愁は断るだろうと簡単に想像できるがな」

 

それはどうしてか。理由が分からず首をかしげる。

こたつのテーブルに身を乗り出した涼君はわたしに手を伸ばし、髪をくしゃくしゃにしながら頭をなでてきた。

 

「あいつ心境も、いろいろと複雑なんだよ」

 

困ったように笑う涼君は、それ以上のことを教えてはくれなかった。

 

 

 

例えるならジグソーパズルだと、次の日会った春樹は言った。

描かれているのは泣きじゃくる赤ん坊を抱く母親の絵。

あとひとつ、ピースを埋めればパズルは完成する。

抜け落ちているのはちょうど母親の口にあたる部分だ。

もしも最後のピースに描かれた口が笑みを浮かべているなら、赤ん坊をあやす母親というほほえましい絵画が出来上がる。

しかしピースに描かれたものがへの字に曲がった口だったら、一気に絵の雰囲気は変わる。

見方によっては赤ん坊の境遇を心配しなければならない解釈の絵が出来上がってしまう。

凍牙のことに置き換えても同じことが言える。

わたしの手の中にはパズルのピースは全て揃ってはいない。

最後のピースという情報はそれだけ重要なものだ。だから全体像はっきりと見渡せずがあいまいになってしまっている。

 

「案外そこが凍牙にとって触れて欲しくない部分じゃないのか」

 

何気なく口を挟んだであろう洋人の言葉は的確だった。

知られたくないから隠すのは当たり前のこと。

誰にだって、たとえどんなに仲が良くても踏み入れてはならない領域は存在する。

凍牙がわたしに言わ部分が、遠ざかろうとする理由がそんなところにあるなら、こちらもむやみに立ち入ってはまずい。

 

「八方塞がりか」

 

倉庫の2階にあるソファは2人掛けとなっていても、女子3人なら余裕で並んで座れる。

左右に綾音と菜月が座る中央で膝を抱えてうずくまる。

しばらく近付くなと凍牙が言ったのなら、ひとまずはその通りにすべきだろうか。

 

「諦めるのかい?」

 

向かいのソファに座る成見が聞いて来た。

 

「諦めるも何も、龍華が潰れて凍牙が皇龍に取り込まれたら全てが終わるわけじゃないからね」

 

敵にならないという宣言に、期限なんてない。

 

「その後凍牙が自由を望むなら、皇龍を潰したっていい」

「まずは平和的な交渉から行けよ、その時は」

 

パソコンに向かっていた有希が口を挟む。

 

「皇龍に対する取引材料はいくらでも持ってるだろ。惜しまず使ってやればいい。完全な対立はそれからだ」

「了解」

 

春樹の後押しはものすごく心強い。

だけどできることなら凍牙が皇龍となる前に、一度は腹を割ってちゃんと話をしたい。

 

 

続く


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