モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上4-4

4-4

 

重い足取りでカプリスに戻ると、柳さんがほくそ笑みながら待ち構えていた。

覚悟はしていた。だけどやっぱり腹が立つ。

昼の賑わいが消えたカプリスにはお客さんが2組いるだけだった。

テーブル席にいる女性の2人組はデザートのケーキを食べていて、カウンターの一番奥に座る男性客は手持ちのパソコンと向き合っている。

入口からみて手前側のカウンター席でくつろぐ柳さんの無言の視線が痛い。

あの人の口元の緩み具合はどうしたものか。

 

「おかえりなさい」

「戻りました。忙しい時間に抜けてしまってすみません」

「いいのよ。結衣ちゃんが出てからはそんなに慌ただしくもなかったわ」

 

スタッフ用のエプロンを静さんから受け取り手を洗って業務に戻る。

レジの点検、接客とこなしていくがその間柳さんに凝視され続けては平常心でいられるわけがない。

 

「……言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか」

「その言葉、そっくりそのまま返そうか」

 

うっとうしいから見るな気が散って落ち着かないんだなんて、お客さんがいるところで口に出せるはずがない。

 

「顔に出てるぞ。営業スマイルは接客の基本だろう」

「そんなに不服そうな顔をしてますか?」

「いんや、表情筋は一切動いていない無表情だが、お前って視線での訴えが強烈なんだ。にしても不服なことは認めたな」

 

にやりと笑われるのが悔しくてそっぽを向く。

調理場では静さんが苦笑していた。

声を荒げるようなことはないので、お客さんたちはさほど気にしていないようだ。

 

「よし」

 

柳さんが両手で膝を叩いた。

歯切れのいい音をさせて、カウンターから立ちあがる。

 

「静さん、ちょっとこいつ連れてドライブ行ってくるよ」

 

決定事項として言ってきたが、わたしは了承していない。

更に今はやっと戻れた仕事中だ。

 

「まあ楽しそうね。気を付けて行ってらっしゃい」

 

静さんもナチュラルに送り出そうとしないでほしい。

 

「当事者を無視して話しを進めるのはいかがなものかと」

「無視はしてねえだろ。お前が口を挟まないだけだ。ほらとっとと裏から自分の荷物持ってこいよ」

「まだわたしは行くとも何とも行ってませんが」

 

ここまで来てしまえば無駄な抵抗だと分かっていても、口ごたえせずにはいられない。

この人に対して従順になるのは本能が拒絶している。

そんなわたしの心情などお見通しの柳さんはさらなる餌を提示してきた。

 

「日奈守まで送ってやるっつってんだ。電車賃が浮くぞ。足代は俺の話し相手でどうだ?」

 

ものすごくおいしい提案だが、簡単に乗っていいものなのか。

 

「お友達のところに行くなら、明日のお仕事もお休みでいいわよ。たまには休みの日にゆっくり楽しんでいらっしゃい」

 

カプリスの店主さんはスタッフをとても甘やかしてくれる。

しかし甘やかし方は毎度少々強引だ。

 

「だったらいっそのこと店も休みにして俺と静さんもどこか遊びに行こうか」

「それもいいわね」

 

私情を挟みまくった店の営業方針は、カウンターにいたお客さんにもしっかり聞こえていたようで、若干おののき気味になっていた。

柳さんと静さんは周囲に構わず話をはずませる。

どうやら明日のカプリスは臨時休業で決定のようだった。

 

 

日奈守に行くための電車賃が浮いたからといって喜んでいられないのが、柳さんとのドライブだ。

わたしと凍牙の現状。皇龍と龍華の関係性。果てにはモノトーンの今後の行動予測まで、この人は根掘り葉掘りわたしから言葉巧みに聞き出していく。

からかってきたかと思えば挑発して、時には真顔で――、一対一で話してここまで精神を削られる人はそういない。

疲れたうえにわたしの中にあるものを根こそぎ持っていかれた気分を味わい、日奈守の街に着くころには力なく助手席でだらけてしまっていた。

郊外を走るバイパスを降りて街中に出た車は海を目指す。

県道へ合流する道で信号待ちをしていた車内。

一通りわたし視点の情報を奪って上機嫌だった柳さんが口を開いた。

 

「お前は大原を責めないのか?」

「どうしてわたしが先輩を責めないといけないんですか」

「いやな、あいつさえいなければ水口は自分に何かを喋ったかもしれないとか。盗み聞きして大事な場面を台無しにしやがって、とかは考えないのかなーと」

「そんな次に繋がりそうにないたらればは嫌いです」

 

大原先輩よりも反省すべきはわたしにある。

人気のない場所でも、確実に2人きりになれるところで凍牙と向き合うべきだった。

凍牙にばかり気をやって周囲を注意できなかったのもわたしの落ち度だ。

次があるなら立ち聞きできない場所を選ぼうと考えはしても、大原先輩がいなければなんて思ったこともなかった。

 

「まあ人間は基盤が安定しているとものすごく前向きになれるもんなー」

「いけませんか?」

「いいや。そんな高瀬が俺は好きだ」

「わたしはあなたが苦手です」

 

声を挙げて笑い出した柳さんは運転中のハンドルを何度もたたく。

笑いのつぼがよく分からないが、そんな中でも車の走行はなんともなかったので冷たい目で見るだけに止めておいた。

やがて車は海沿いの道に出て、倉庫街に到着する。

電車で来るよりも遥かに疲労したドライブはようやく終わりを告げた。

 

「ありがとうございました」

「おう。最後にひとつだけ聞いてもいいか?」

 

シートベルトを外してドアを開けようとした手を止める。

 

「何ですか」

「お前が水口を思って動くのは、水口のためなのか?」

 

そんなもの。

 

「自分のために決まっているでしょう」

 

はっきりと言いきって車の外に出る。

凍牙が自由であるのなら、わたしも嬉しい。だから助けたいと思う。

龍華のことだって、凍牙が楽しんで取り組んでいるようなら口出しするつもりもなかった。

わたしのしていることは、皇龍にとって褒められたものじゃない。

そんな何かしらに禍根を残してしまう動きを、凍牙のためなんて言葉であいつに押し付けたりはしない。

 

「やっぱりお前は面白いな」

 

柳さんの面白い認定は非常に厄介なものなので、何も返さずドアを閉めた。

わたしの態度にひとしきり笑った後、柳さんはひらひらと手を振って大通りへと走り去って行った。

 

 

倉庫の二階にいたのは、ソファに座ってスマートフォンをいじる菜月だけだった。

昼過ぎで成見と有希もいたのだが、所用で出かけてしまったらしい。

座るスペースはらいくらでもある室内で、あえて菜月の隣に腰を落ち着ける。

密着するようにもたれかかり、菜月が折りたたんで使っていたブランケットを2人で共有する。

互いに触れ合う肩が暖かかった。

 

「柳さんは強敵だ」

「そうね。今更確認するまでもないわ」

 

わたしが車中の出来事を愚痴ったところで、ドライな菜月は適当な返事しかしてこない。

スマートフォンから目を放そうともしないし、親身になってくれないからわたしも気兼ねなくぐちぐちと続けられる。

ここで共感されてむやみに同情されたら、悪口なんて逆に言い辛くなってしまうところだ。

話半分ぐらいで聞き流してくれるからわたしも安心してしまう。

暖房のきいた快適な空間で、更には菜月が隣にいてくれる。

さっきまで張り詰めていた緊張の糸は完全に切れて、うとうとし始めたわたしはひとしきり愚痴を吐いた後、そのまま眠りについた。

 

 

浮上していく意識。

まずはじめに髪を梳くように撫でる手に気付いた。

頭の上から耳の後ろへと何度も繰り返される行為が心地よくて、再び意識が沈んでいく。

次に目が覚めた時にもわたしをなでる手は変わらずあった。

眠る時と変わっていたのは、わたしの体勢だ。

 

「……これは成見に見られたら殺されそうだ」

「大丈夫よ。あんたにだけは成見も寛容だから」

 

横向きで寝ころがているわたしの頭は、いつの間にか菜月のふとももの上に。

俗に言う膝枕状態だ。

眠る前に膝の上にあったブランケットは体に掛けられている。

菜月からのお許しが出たので起き上がらずにもそもそと体を動かし上を向いた。

片手でスマートフォンを操作しながら、もうひとつの手でわたしの髪をいじる菜月を下から見上げる。

額を撫でた菜月の手を取って自分の手と重ねてみた。

身長差もあるので、当然菜月の手のほうがわたしより大きい。

そのまま指を組んだり、両手で挟んでみたりと何も言われないのをいいことに好き勝手に遊んでみる。

短く切られた爪。長くて細い指は中指の第一関節だけが少し膨れていた。

 

「これ、どうしたの?」

「中学の時に部活でやった突き指をほったらかしにしたらこうなったのよ」

「痛くない?」

「今はもう何ともないわ」

 

ふうんと頷いて手の平を両手で覆う。

わたしの手より大きい菜月の手は、女性らしいしなやかなものだった。

 

「凍牙の手とは全く違うね」

 

あの時握りしめた手は、もっと筋張って菜月よりも大きかった。

 

「男の人の手と比べたら当然でしょう」

 

スマートフォンをローテーブルに置いた菜月は真顔になる。

 

「というか、あんたいつから手フェチに目覚めたの?」

「……誤解だよ」

 

頼むから、そんな疑いのこもった眼差しを向けないでほしい。

菜月の手を放して起き上がる。

わたしが独占していたブランケットは2人の膝に戻した。

 

「今日はどうする予定なの? ここに泊まる?」

 

それもいいが、着替えは持ってこなかったからなあ。

 

「一度帰って明日もまた来るよ」

「そう。だったら明日は全員揃うわね」

 

嬉しそうに微笑む菜月に、わたしの心も弾む。

倉庫への帰還が夜になる成見を菜月は待つようだったので、バスの時間に合わせてわたしはひとりで倉庫から出る。

海沿いのバス停からバスに乗って、駅とは反対にある山手の団地へと向かった。

 

 

続く


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