モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上4-3

4-3

 

もたれかかっていた建物。換気扇の音だけが全てになったこの場で立ち尽くし、肩の力を抜いて狭い空を見上げる。

嫌味なぐらい、雲ひとつない青空だ。

 

「見事なまでの振られようだな」

 

この場には自分ひとりしかいないと思い込んでいたところでの人の声。身体に緊張が走った。

身を固くして警戒していたが、凍牙が消えた方向から足音もなく出てきたのが大原先輩だったことに気が抜けて、思わずしゃがみ込んでしまった。

 

「……なんでいるんですか」

 

ひょっとしてこの人ずっとやり取りを聞いていたのか。

 

「今日はたまたまだ。水口を襲って逃げたやつらを探している最中だったんだ」

「だから隠れて盗み聞きを?」

「出てこれる空気じゃなかっただろう」

 

そこは構わず通り過ぎてくれたらのかったものを。

 

「さっき千里から泣きの報告が入ってきたぞ。アークで一輝が随分荒れているらしいな」

「それってわたしのせいですか」

「十中八九原因はお前と水口だろう。荒れ模様の一輝はいろいろと面倒だから、俺はまだアークに戻りたくないんだ」

「あなたの事情なんて知りませんよ」

 

そうだな、と大原先輩は苦笑する。

 

「ひとり言だと思って聞いてくれ」

 

時間を潰すためか、大原先輩はぼんやりと話し始めた。

 

「年の暮には、俺たち3年は皇龍から出て行かなくちゃならねえ。例年通りだと3年の引退からしばらくは街が荒れる。新体制で統率の取れない皇龍に対して下剋上を狙うチームはいきり立つ。監視が緩んだのをいいことに普段は不良と言えないやつらだって調子に乗ってきやがる」

 

経験があるからか、大原先輩の言葉は次第に怒りの感情がこもっていく。

 

「緩んだ縄を引き締め直すのは、いわば新体制の皇龍に課せられた最初の試練だ。引退したやつらは口出しひとつ許されない。どんなにもどかしくても、ただ見守ることしかしてはいけないんだ」

 

多少は叩かれて苦労しなければ、いいチームは育たない。といったとこか。

 

「俺たちの引退まで、あと2カ月を切っている。一輝は少しでも今ある厄介事を取り去って、次の代に皇龍を引き渡したいんだろうな」

 

だから、龍華を消し去ることにためらいはないと。

 

後輩のために、あの櫻庭先輩が――?

 

「嘘でしょう。今のはあなたの希望であって、櫻庭先輩の考えじゃない」

 

断言すると、大原先輩は目を見張る。

櫻庭先輩が重きを置いているのは皇龍という組織に対してだろう。

所属している人にそこまで気をやってはいないはずだ。

 

「ご自分の気持ちを人のものとして話すのはどうかと思いますよ」

「……お前やっぱりこえーわ」

 

観念したように大原先輩が両手を挙げる。

 

「でもな、あらかた間違いじゃねえんだよこれが。一輝が案じているのは皇龍全体というよりも俊也のことだ」

 

俊也。聞き慣れない名前だな。

 

「総長のことだ。一輝はどちらかというと皇龍のためというより、日暮俊也が皇龍をまとめているからここにいるようなやつだ。あの問題児は俊也以外のやつには意見すら聞こうとしないぞ」

「日暮先輩ってすごいんですね」

「まあ歴代総長の中でもずば抜けているところはあるんじゃねえの。俊也に関しては柳さんも目にかけているらしいし、吉澤先生も認めている」

 

なんだか嫌な風向きだな。

 

「そんなやつがこの夏、皇龍を揺るがしかねない失態を犯してしまったんだ。下の連中の最終責任は上までくるからな」

 

うん。遠まわしに責められてるのは間違いじゃないね。

不本意だと顔に出てしまっていたようで、大原先輩に笑われた。

 

「別にお前を責めているわけじゃない。現総長が俊也でなければ、あの騒動で皇龍は消えていたかもしれないというだけで、今でも皇龍はちゃんとある。でもまあ……もしかすると、柳さんは皇龍を消すためにお前を寄こしたのかもしれないと、俺には思えるぐらいだからな」

 

ぽつりとこぼした大原先輩はどこか寂しげだったものの、すぐに表情は真剣なものに戻された。

 

「なんにせよ、俺たちの代にこれ以上の失態は許されない。一輝は総長に有終の美を飾らせるためにも、龍華に対して容赦はしないだろうな。お前や水口にも」

 

大原先輩と櫻庭先輩。

動機は違っても治安を守るために龍華を消すという目的は同じということか。

 

「それをわたしに伝えたのはなぜですか?」

「あんまり期待はしてねえが、少しはこっちの事情を組んでほしいと思ってな」

「無駄な訴えですね」

「分かってる。あんまりと言わず全く期待していなかったのが本音だ」

 

割り切ってもらえているのは禍根が残らなくてとても助かる。

 

「お前はこれからどうする気だ?」

「仕事に戻ります」

「……こっぴどく突き離されても、まだ水口の味方でいるつもりか」

 

呆れた口調で言い直されてしまった。どうやら流されてはくれないらしい。

 

「当然です」

 

憮然とした態度で言いきったわたしに、大原先輩は大きなため息を吐き出す。

諦めたのか、とりあえずわたしを止めるまねはしてこないみたいだった。

 

「ひとつだけ教えといてやる」

 

大原先輩は顎で自分の潜んでいた小路を示す。

 

「あそこの道、この時間帯だと太陽が通りの延長線上に出て日が当たっているんだ。俺がここに向かっていた時、太陽はちょうど俺の背中にあって影は体の前方にのびていた」

 

いまいち要領を得ない話しに首をかしげるも、先輩は構わず続けた。

 

「この場に行き着いた時、俺はミスを犯している。お前と水口の声が聞こえ慌てて足を止めて身を潜めたが、あの時俺の影はお前らのいたこの場から見える位置まで来てしまっていた。その様子だとお前は気付いてなかったみたいだけどな」

 

ちょっと待て。まさか、凍牙は。

 

「もしかすると、水口は気付いてたかもな。誰かが自分たちの会話を立ち聞きしていたことに」

 

つまりあれか。邪魔ものなしで話しができると思っていたのはわたしだけだったということか。

凍牙ひとりに集中して、周囲に気を配らなかったのがそもそもの間違いだった。

 

「証拠と言っちゃなんだが、水口は去り際に俺を確認して思い切り睨みつけてきやがった。あいつだって身の安全が危ぶまれている現状なんだ。わざわざ危険な小路を行くよりも、素早く人目のある大通りに出たほうがよっぽど安全だ。そこをあえてこっちの道を選んで俺を見たということは、立ち聞きしていたやつが誰なのか調べておきたかったんだろ」

「もういいです。十分です」

「前向きに考えれば愛されてんじゃねえの。得体のしれない立ち聞き者の正体を把握してからお前をひとりにしたんだから」

「分かってますから、変な期待をさせないでください」

 

大原先輩の言いたいことは伝わった。

おかげで頭の中がものすごく混乱しているのだ。

まだ、あきらめなくていいのか。わたしはこのまま意思を貫いても大丈夫なのか。

しばらく近付くなって、わたしはいつまで凍牙から遠ざかればいいのだろう。

 

「なぜこのことをわたしに?」

「敵に塩を送るのも悪くないと思ってな。お前って卑怯な手段にはそれなりに返してくるけど、誠意には誠意で対応してくれそうだし」

「買いかぶりすぎです」

「なんにせよ貸しひとつだ。返すのは俺個人じゃなくて皇龍にしてくれ」

 

あっけらかんに言い放ち、大原先輩は何事もなかったかのように立ち去っていく。

ある意味、櫻庭先輩よりも侮れない人だ。

 

 

続く


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