モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上4-2

4-2

 

 

休日は若者の集客が見込めるため、アークは昼間から店を開ける。

とはいっても昼食や軽食目的の客層がほとんどで、クラブとしての営業は夜にならないと開始されない。

カプリスより遥かに規模の大きいざわついた店内を奥へと進む。

驚いた顔を向ける者は数人いたが、誰も行く手を塞がなかった。

木製の床を歩くのに、足音を殺すのは至難の業だ。だから開き直って大股で歩く。息を潜て近付こうともしない。これから相対する人たちに不意打ちはあまり意味を成さないだろう。

アークに来た時はいつも使用するソファースペース。

一般客のいるエリアとの境目に立っていた男がわたしを認めて顔色を変えた。

 

「ちょっと失礼します」

「え、あ……おい!」

 

男が硬直している隙に横を通り過ぎる。

目指すのは照明によって人影が見えている最奥のスペースだ。

 

「おい待てほんとにやばいって!」

 

後ろの声は気にも留めず、衝立の間から目的の空間に顔を出した。

悪女のような含みのある笑みを心掛けて、心の内を隠し相手の足並みを乱すことを心がける。

 

「こんにちは」

 

さほど大きくない、少し高めの声でゆっくりと言い放つ。

そこにいた、ソファに座っている凍牙が。

凍牙の向かいのソファに深く腰掛ける櫻庭先輩が。

櫻庭先輩の後ろに立つ、日暮先輩と千里先輩が――。

皆の視線が一気にこちらへと集中した。

 

「うげえ」

 

などともらし思い切り顔を引きつらせたのは千里先輩だ。

日暮先輩は呆れた様子を隠しもせずにため息をこぼす。

 

「いやーなタイミングで来るねえ」

 

笑ってはいるものの、櫻庭先輩の口調からは棘を感じた。

 

「有名な人たちが動くといろいろなところに知れ渡りますからね」

 

ここはあえて三國先輩の名前を出さないでおく。

ぎすぎすしたなんて表現では生ぬるい、張り詰めているようで、その実どろどろの空気が充満していく。

凍牙がわたしを睨む目も厳しいものだ。

青あざができた頬や赤くはれた口元よりも、鋭い両目に思わず視線が行ってしまう。

何をしに来たと、口に出さなくても目が語っている。

 

「それで、今日の結衣ちゃんは何の用かなー?」

「友達が襲われたと聞いて、いてもたってもいられず様子を見に来たまでです」

「そっかー。見ての通り水口君は無事だよー。五体満足とはいかないみたいだけどねー」

「そのようですね」

「うん。で?」

「はい?」

「水口君の安否が分かったら君はもういいんじゃないのかなー」

 

次第に櫻庭先輩が普段被っている猫が取れて、言葉が棒読みになっていく。

わたしが来るまでに凍牙と何を話したかは定かでないが、相当いらついているみたいだ。

 

「わたしが用済みなら凍牙ももういいでしょう。手当てが終わっているなら一緒に帰りますよ」

「ざーんねーん。俺たちと水口君の話はまだ終わってませーん」

「状況からして、あなたの一方的なお話を押し通そうとしているように見えるのは気のせいでしょうか」

 

現に凍牙はわたしを睨んではいるも邪魔だとも帰れとも言ってこない。

 

「君はもうちょっと慎みを覚えたほうがいいんじゃないかなー。仮にもモノトーンの一員なんでしょ?」

「そうですよ。まあ何を勘違いされているか知りませんけど。モノトーンはチームとしての規模も街に対する影響力もあなた方とは規格が違うということは、忘れないでほしいですね」

 

モノトーンは治安を守る組織じゃない。

地元のチーム間の仲立ちはしても、自らが頂点に立ってまとめ上げることはしない。

皇龍とは比べものにならないぐらい小さな集まりだ。

解散したところで日奈守が手を付けられないぐらい荒れるなんてこともないだろう。

春樹たちもそこまでモノトーンの名前に執着はない。むしろ存在に依存される前に解散する計画はすでに出来つつある。

その時がくればわたしたちはモノトーンというチームの不良から、ただの問題児に戻るだけだ。

わたしは思うままに動くし、春樹たちもそれを知っている。

 

「名前ひとつでわたしのやりたいことを制限するようなやつらと、わたしが何年も一緒につるんでいるわけがないでしょう」

 

当てが外れたことを嘲笑ってやれば、櫻庭先輩は珍しく顔を歪めた。

 

「くそがき」

「どうも」

 

現実問題、モノトーンを敵として困るのは皇龍のほうだろう。

モノトーンと挟み込む形で抑え込んだ西の連中がどう出てくるかも分かったものじゃない。

皇龍が守るべき地域の外にあるチームに攻め入ったなんて、治安を守るチームとしての存在意義も問われかねない。

大きな組織はその分制約が多い。ゆえに隙もつきやすくなる。

 

「くだらねえ」

 

今のうちにとっとと失せろと念じてはいたが、伝わっていたかは定かじゃない。

だけど凍牙は低い声で言い放ちソファから立ち上がった。

 

「ちょっとー、まだ終わってないんだけどー」

 

わたしと睨み合っていた櫻庭先輩が凍牙を見る。

慌てて口を開こうとした千里先輩を小声で日暮先輩が止めていた。

 

「俺の話は終わってますよ。少なくともこっちはそちらの提案を呑むつもりはない」

 

こいつ、まるでわたしがここにいないかのように振る舞うね。別にいいけど。

 

「龍華は皇龍と対等になろうとしているのであって、敵対する意思はない。今の状態、龍華が皇龍を敵とするのではなく、皇龍が龍華を自分たちも含めた街の敵にしたいだけでしょう?」

 

わたしが来るまで、彼らが何を話していたかなんて知らない。

だけど凍牙の言葉が櫻庭先輩たちにとっては痛いところをついたものだとはなんとなく察した。

 

「……くそがきども」

「失礼します」

 

苦々しくもかろうじて笑みを浮かべる櫻庭先輩を一瞥し、凍牙はこの場から消えた。こっちに視線ひとつくれることなく、店を出てしまった。

 

「置いて行かれたな」

 

うるさいそんなこと日暮先輩に言われなくても分かってる。

 

「報われないねー」

 

からかう材料を見つけたとばかりに櫻庭先輩も乗りかかってきた。

 

「もー、君らほんとに自由すぎるんだよねー。もうちょっと世のため人のために自制して動けないのかなー」

 

ソファに寝そべった櫻庭先輩が脱力しながらもわたしを指差す。

 

「結衣ちゃんはさ、龍華っていうより水口君の味方だよね」

 

当然だ。誰があんな無謀なやつらに与すものか。

 

「その割にはいまいち意思疎通ができてないみたいだけどー。結衣ちゃんは水口君にどうなってほしいの?」

「……失礼します」

 

明確な答えがあったとしても、この人たちに伝える内容じゃない。

目的は達したのだからわたしもこの場を去ろうとする。

 

「これ以上皇龍の邪魔をするなら、君も皇龍に籍を置いてもらうことになるよ」

 

立ち去ろうとするわたしに鋭い目つきで櫻庭先輩が最終警告を下す。

 

「拒むようなら水口君と一緒に街を去ってもらう。この街が特殊なことは君も知ってるよね。その特殊な街の、皇龍の権力をなめちゃ駄目だよ。必要だったら、俺は柳虎晴さんを最初に説得するからね」

 

だらけた態度をとりつつも、言っていることは本気なのだろう。

チームとしての務めを果たそうとする櫻庭先輩の責任感はよく分かった。見かけによらず真面目な人だ。

 

「そうならないようにはしたいですね。少なくとも、高校中退はごめんです」

 

これは切実に。今学校を辞めて実家に帰るなんて絶対にあってはならない。

こういう時、皇龍が理性のあるチームでよかったと思う。

諦めているのかもしれないが、けじめや制裁といって手を出してこないのだからしめたものだ。

 

「高瀬」

 

呼ばれて顔を向けると、腕を組んだ日暮先輩と視線がぶつかる。

 

「水口はお前の首輪になり得るのか?」

 

首輪……、凍牙が、わたしの?

 

「おっしゃる意味が分かりません」

「ならいい。忘れろ」

 

いいや意味深すぎて当分記憶に残るよこれは。

 

「お邪魔しました」

 

深く追求して手の内が暴かれるのも嫌なので、早々にその場を後にした。

 

 

アークから出てまず、そこに凍牙がいたことにわたしは驚きを隠せなかった。

正面にある建物の壁にもたれている凍牙は周囲の敵意をものともしない。

ドアを出たところで思わず立ち止ったわたしを見て、軽く顔を横に向けてくる。

歩き出した凍牙の後ろに続くと、裏路地の更に入り組んだ細道に入り込んだ。

大通りからも遠く周囲に人は見当たらない。

車は通れそうにない狭い道の先、建物のと建物の間で凍牙は止まる。

雰囲気からしても楽しい話はできそうにないのに、ほっとしているわたしがいる。

邪魔の入らないところで、ようやく凍牙と向き合えたのだ。

 

「無関係者が余計なまねをするな」

 

わたしをコンクリートの壁に追いやった凍牙が唸る。

歯を噛みしめ眉間にしわを寄せ、怒りをあらわにする顔を見上げる。

 

「危険因子として監視されるために皇龍に入るのが目的だったの? それなら計画ぶち壊した責任とって今からでも協力するよ。顔に傷なんて作らなくていい、平和的だけど超絶に皇龍から警戒されるシナリオを組み立ててみせる」

 

凍牙は何も言わない。

鋭く睨む目を怖いと感じないのは、憤りはあっても凍牙に害意が見えないからだ。

 

「あんたは最終的にどうしたいのさ」

 

手を貸したくても、凍牙の望んでいることすらわたしは知らない。

状況から凍牙の真意を読みとるのにも限界がある。

これまで避けられてきたが、それが邪険に思われた末の拒絶からくるものならわたしはもう正面から関わろうとしない。

でもそれは、人づての言葉じゃなくて凍牙の口から直接聞くべきことだ。

 

「お前こそどうしてそこまで俺にかまう。武藤たちを巻き込みかねない面倒事なんざ放っておけばいいだろうが」

 

凍牙の声が届く中、込み上げる感情を隠すためい口をつぐむ。

今ここで「目障りだ」なんて言ってくるものならわたしだって諦めがつくのに。

そんな言い方をいてくるから期待してしまう。

どうしてだって?

決まっている。事態を放置していたら不本意なことになるからだ。

わたしはモノトーンで、一応は皇龍と同盟を結んでいるチームに属している。これが周りの認識。

凍牙が龍華として皇龍の敵となったなら、同盟であるモノトーンも凍牙と敵対したように街の人間から見られかねない。

思惑もないのにわたしまで凍牙の敵として扱われてたまるか。

 

「出来ないことを、わたしは言わない」

 

誓いは守る。自分から示したものならなおさらだ。

 

「わたしは凍牙の敵にだけはならない。前にちゃんと伝えたはずだ」

 

夕方の公園で、ほどほどに期待していると凍牙が返してくれたのだって覚えている。

 

「凍牙は何がしたいの。あんたが本気で龍華を強くしたいなら、わたしを通してモノトーンを使う手だって思いつくだろ。面白がる柳さんをけしかけることだってできるはず。なのにどうして周りに流されっぱなしで自分から何もしないのさ」

 

わたしを使おうとしないのはなぜだ。

どうして今、そんなに苦しそうにわたしを見るんだ。

 

「望みがあるならわたしは凍牙に協力したい。だから、凍牙のやりたいことをわたしは知りたい」

 

わたしの訴えに、凍牙は眉間のしわを深くした。

互いにひとことも話さず、時間だけが過ぎてゆく。

少しの反応も逃すまいと見つめ続けていた凍牙の、結ばれた口が微かに開く。

だけどそこから声は発せられず、歯を強く噛みしめた凍牙はわたしから離れた。

 

「しばらく近付くな。それが俺の望みだ」

 

引き離す言葉。握りしめたこぶしに自然と力が入った。

凍牙はきた方向とは逆になる、大通りから遠ざかる小路へと足を進める。

行き着いたT字路で左を見て盛大な舌打ちをした後、右へと曲がって見えなくなった。

 

 

続く


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