モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上4-1

4-1

 

11月に入って最初の土曜日にそれは起こった。

正午を過ぎたカプリスは、ビジネススーツに身を包んだお客さんが少しずつ増え始めたころだ。

休日業務に勤しんでいると思われる人たちの中には、夏休みの平日に見かけた常連客の姿もあった。

普段の落ち着いた土曜日とはかけなれ、厨房で忙しく動く静さんを手伝い出来上がった料理をホールに運ぶ。

やがて注文の波が途切れ静けさを取り戻した店内からは、バックミュージックの洋楽とお客さんが動かす食器の音、小さな話し声が時折聞こえてくるだけとなった。

空席待ちの人もおらずこのままゆったりと時間は過ぎるだろうと一息ついた途端、大きな音を立てて店のドアが開かれる。

何事か。わたしと静さんだけでなく、食事をしていたお客さんまでもが手を止めて注目した。

突然の乱入者――三國先輩は肩で息をして額の汗をぬぐった。

 

「いらっしゃいませ、でいいんでしょうか」

「……客じゃない」

 

荒い呼吸の間に三國先輩が告げる。

不安そうだったお客さんたちは、不審な乱入者がスタッフの知り合いだと判断したようで食事を再開した。

 

「柳さんでしたら本日はこちらにいらしてませんよ」

「用事はお前だ、高瀬」

「仕事中です。話があるなら就業時間外にお願いします」

「水口のことだ」

 

強い口調で言われて心臓が跳ねる。

何があったのかと聞こうとして口を開き、空気と一緒に言葉を飲み込んだ。

気になるのは当然だ。だけど――。

凍牙は気になる。でも昼のピークは始まったばかりだ。

営業時の一番忙しい時間帯のため休日は出勤しているようなわたしが、今店を抜けるわけにはいかない。

 

「行ってらっしゃい。お店は虎晴君に応援をお願いするから大丈夫よ」

 

そんなわたしの葛藤を静さんはあっさり打ち消して背中を押した。

 

「この店の店主はわたしよ。わたしが大丈夫って言うのだから、何も問題ないわ」

 

厨房から出てきた静さんは中腰になってわたしと目を合わせる。

 

「きっと虎晴君も結衣ちゃんが水口君のために動くことを望んでいるわ」

 

そうだよね。静さんは柳さんをを最優先する人だったね。

 

「すみません。少し外します」

 

エプロンを外しレジの後ろの棚に置いて、三國先輩の話が長くないことを祈りつつ店から出る。

 

「それで、なにがあったんですか」

「歩きながら話すぞ」

 

長引かないでほしいなんて希望はわずか一秒で吹っ飛んでしまったようだ。

どうやら柳さんが出動するまでに仕事へ戻れそうもない。

大股なうえ速歩きで進む三國先輩に、小走りになりながらもなんとかついて行く。

向かっているのは商店街や駅のある方向だ。

 

「水口が襲われた」

 

いい加減に教えろとわたしが口にするより先に、前を見たまま足も止めずに三國先輩は告げた。

 

「どこのチームにも属さない、普通に一般人とみなされているやつらが図に乗った結果だ。いくら水口に力があっても、武器を持った男が何人も寄ってたかって攻撃してきたら無事なわけがない」

「そういうのってリンチというんじゃないんですか」

「そうだな」

 

人の多い通りには出ず、進みやすい裏道を急ぐ。

 

「赤信号はみんなで渡れば怖くなくなる。ましてや今の水口は皇龍の敵として知れ渡っているからな」

 

だから自分たちが懲らしめてやろうってか。ふざけるな。

 

「凍牙は?」

「騒ぎを聞き付けた皇龍が仲裁に入って病院送りは免れた。アークに連行して強制的に手当てを受けさせてる」

 

敵地のど真ん中じゃないか。

 

「加害者はなぜ皇龍が水口を助けたのか理解しきれていない。焦ってその場から逃げたやつが何人かいて、それも現在皇龍が追っている」

 

一般人だがけじめは必要だと、三國先輩は付け足した。

 

「龍華とも皇龍とも無関係な人が、それを理由に襲ってくるとか。随分とここは理不尽な街ですね」

 

皮肉を込めたものの三國先輩には無視された。

人を痛めつけるのに、肩書は関係ない。

不良でなくても、ヤクザでなくても、暗殺者でなくてもいいんだ。

物を握る手があれば、人の首を絞めることができる。

刃物を持てる握力さえあれば、人の首を切ることができる。

法律と道徳や倫理による縛りを気にしなければ、人は誰でも人を殺せる。

同じことだ。

不良と言えない一般人だからなんて、そいつが暴力を振るわない理由にはならない。

皇龍に対する憧れが罪の意識を覆い隠すこの街ならなおさらに。

集団リンチの理由に自分たちが使われる事実を現役の皇龍は、そして吉澤先生や柳さんはどう思っているんだろう。

なんて考え出したけど途中でやめる。

これは皇龍の問題であってわたしがどうこうするものじゃない。

ひとまずは凍牙が無事ならそれでいい。

 

「で、あなたはなぜこのことをわたしに教えてくださったのでしょうか?」

 

今まで三國先輩に付いて行っていたが、ここまでくれば目的地はわたしにも分かる。

この人は最初からアークを目指していたのだ。

 

「上の指示じゃないですよね。櫻庭先輩ならわたしに知られないよう動いて来ると思いますし」

 

凍牙が襲われたことが事実だったとしても、それをわたしに伝えたのには何かしらの思惑があるはず。

油断はできない。マヤの彼氏だったとしても三國先輩だって皇龍の人間だ。

 

「緘口令はまだ出ていない」

「そうですか。それで、その屁理屈を通してまでわたしをアークに誘導したい目的は?」

 

三國先輩は顔色を変えることなく当然のごとく口を開く。

 

「俺が水口のことを知っていながら高瀬に伝えないなんて、マヤが悲しむ」

 

……あれ?

え、そうくるの?

 

「あなた仮にも皇龍の幹部でしょう。何私情を優先してるんですか」

 

いや、わたしにとってはありがたいことなんだろうけどね。

 

「咎はうける。必要なら幹部も降りる。皇龍がマヤをよく思わないなら、俺は皇龍を抜ける」

 

うわあこの人の優先順位って明確すぎる。

幹部にはなれても絶対組織の頂点に立ってはいけない人だよ。

 

「マヤは高瀬と水口を含めたこの騒ぎが丸く治まることを望んでいる。このまま水口が無理やり皇龍に入れられると、よくない方向に物事が転びそうだからお前に伝えた」

 

わたしは皇龍内にある思わぬ落とし穴を見つけてしまったようだ。

 

「何よりマヤがお前たちのことで気に病むのは俺が気にくわない」

 

結局は今のが本音だな。

これは三國先輩の嫉妬から来る行動か。

ようするにマヤの憂いを取り払いたいだけなのだろう。

だけど恩着せがましくもない、安心できる動機だ。

 

「マヤに感謝します」

「そうしろ。そしてさっさと水口とよりを戻せ」

「努力はします」

 

せめて凍牙とまともに話すことができたら、今後のわたしが取るべき動きにも迷いがなくなるのだけど。

わたしは凍牙の望みを知らない。何を狙って動いているのか見当すら付いていない。

だけど、今することは決まっている。

 

「ここまででいいです。教えていただきありがとうございます」

 

アークまでの道は分かる。

何も三國先輩が連れ添ってくれる必要はない。

わたしの意図を汲み取った三國先輩は道の端によって行き先を開ける。

どこまでも恋人優先な先輩に感謝して、アークへと走った。

やることはひとつ。

万が一凍牙の思惑がここにあったとしても、わたしが潰したところで十分にやり直しはきく。

だから躊躇しなくて大丈夫。

彼らが強要しているであろう、凍牙の皇龍への仲間入りをぶち壊しに行こうか。

 

 

続く


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