モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上3-3

3-3

 

  ☆  ☆  ☆

 

新年を迎え、3学期が始まった。

中3の俺たちは高校受験を控え、もうじきこの校舎ともお別れとなる。

心残りは何もない。

中学卒業と同時に、俺はこの街から離れる。

志望校も今の学力があれば余裕で受かるところだ。

空き教室で勝手にストーブを付けて授業をさぼりながら過去を思い返し、中学生活がまずまずなものだったと評価できる自分を笑う。

腫れものを扱うように接してくる連中がほとんどという現状のクラスで、そんな位置付けができるとは。

つまらなかった、どうでもよかったと言い切れない理由は、2年時の内容が濃すぎたからだろう。

面倒事も多々あったが、あの時の俺は確かに水口凍牙としての時間を過ごしていた。

ああ、あいつらともう会えないのは、多少は惜しむところだな。

大勢でいるよりひとりのほうが生きやすい。

そんな俺が馴染めるクラスと行き当たったこと自体が奇跡だったのだろう。

赤く燃えるストーブの火を見つめる。

ずっと聞こえていたストーブから出る低い音の中に、小さな足音が混ざった。

誰かが廊下を歩いてくる。

息を潜めていると廊下側のすりガラスの窓に人影が映った。影は教室の前まで移動し、ドアが数センチ動く。

中をのぞいたやつが黒猫だったので、俺は肩の力を抜いた。

反対に俺を認めた黒猫は表情を変えないまま、中へと入らず静かにドアを閉めた。

小さな足音が遠ざかっていく。

現在中学校中に蔓延している黒猫のよくないうわさはいくつか耳にしている。

俺も警戒されたのかと、その時はさほど気にせず軽くとらえていた。

 

 

後悔は時間がたってからじわじわと押し寄せる。

あの時、中に入ればいいだろうと、ひと声かけてやればよかったと。

仲間のことでしょげているあいつの、些細な愚痴に付き合ってやればよかった――。

 

高校受験の会場で黒猫を見つけ、後悔は更に大きな渦となる。

不器用な武藤たちや黒猫が馬鹿なら、俺は大馬鹿だ。

黒猫の安らげる場所を知っていて、手を貸してやれなかった自分にいら立った。

高校の入学式、ひとりでたたずむ黒猫の背中を前にして、柄にもなく不安になった。

声をかけることすらできなかったあの冬の一瞬を何度も悔いた。

 

そうやって俺は、自分の中で相反するもうひとつの醜い感情を隠していた。

 

黒猫との縁はまだ終わっていない。

面倒な気遣いを忘れられるあの空間が再び手にできる。

武藤たちに怒りを覚える片隅で、どこか安堵している自分に吐き気がした。

いつから俺はこんな人間になった。

執着など、俺に一番似合わないものだったはず。

まっすぐに仲間を思うあいつに接するたび、罪悪感が付きまとう。

こんな俺を「友達」だという黒猫。

黒猫と行動を共にしただけで助かったと俺に感謝してくる武藤たち。

そんなんじゃないんだと口にすらしないものだから、つけが回ってきたのだろう。

俺は聖人君子じゃない、自分本位な人間だ。

日を追うにつれ、あいつに知られたくない一面が強くなっていく。

やり場のない感情はいつからか、どうすることもできない息苦しさに変わっていった。

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

「なあ高瀬、どうやれば俺は前のやる気を引き出すことができるんだろうなあ」

 

呆れ気味の吉澤先生にそう言われたのは、学校が恒例としている2学期中間テスト後に行われる2者面談の時だった。

面談に使用するためクラスの生徒は早々に帰宅して、現在教室にはわたしと吉澤先生しかいない。

先生が教員用の机に並べているのはわたしの一学期末と、先日出たばかりの2学期中間テストの成績だ。

全教科平均点よりかろうじて上回っていた一学期末のテストに対し、2学期の中間テストは数学以外、平均点を下回ってしまった。

全教科赤点だけはなんとか免れたというのに、吉澤先生はこの結果がお気に召さないらしい。

 

「順位の落ち具合も半端じゃねえぞ」

「そうですね。わたしより下にまだ人がいるのには驚きです」

「そこは気にすんじゃねえ」

 

椅子に座る吉澤先生が背もたれに体重を預ける。

スプリングが軋む鈍い音が教室に響く。

 

「そんだけ口が達者なくせになぜ国語で点を稼げない」

「人と話す時に助詞や形容動詞を気にしたことはありませんから」

 

単語がどの部類に当てはまるかなんて勉強以外で意識したこともない。

頭をかきむしった吉澤先生が深いため息をついた。

背もたれを軋ませ体を起こし、机に肘をついて前に立つわたしを見上げてくる。

 

「心ここにあらずだな」

「先生が柳さんにおかしな情報を与えるからですよ」

「俺が言わずともやつなら街の情報はどこからでも拾ってくるぞ。察するにモチベーションがだだ下がりになった原因は龍華か」

「違います」

 

即座に否定すると先生は面倒くさそうに口をつぐむ。

 

「……水口か?」

 

そして半眼になって言い直された。

当たってはいるけど、いくら成績が下がったといえどこれ以上は先生に口出しされることじゃない。

 

「先生が生徒の交友関係を気にかけるなんて、意外と優しいところがあるんですね」

「あほか。ガキのごたごたは基本放置に決まってんだろ」

「だったらわたしも放置でよろしくお願いします。相談したところでどうこうなる問題でもありませんので」

 

吉澤先生が頬杖を付いていた手を額にあてる。

 

「そんだけ口が動いて……」

 

残念そうにこぼれた言葉は途中で消えた。

国語ができないのがそんなに不思議か。

 

「心配されなくても、欠点を取るようなことになったら補修は真面目に参加しますよ」

「そこはまず真面目に授業を受けて欠点を取らない努力から始めやがれ」

「そうします」

 

強引すぎる気もするが、面談として話すべく項目は終了したはずだ。

自分の机に移動して帰る準備に取り掛かるも、先生が制止してくることはなかった。

 

「俺はガキのいさかいには確かに干渉しねえ。だが限度を超えた場合には、たとえガキの喧嘩であっても大人がしゃしゃり出るのは当然あり得る」

 

めんどくさそうに吉澤先生は告げる。

 

「ガキの監督は大人の義務だ。それをおろそかにするつもりもねえ。俺から見ても水口の現状はまずいところがある。名が知れているうえに喧嘩もできるやつだ。周りはなおさら容赦してこないぞ」

「それは皇龍が、ということですか?」

「一番危険なのはチームという拘束を持たず、何の縛りもない連中だ。そういうやつほど調子に乗った時にはめをはずして手加減なしで来る。……特にこの街には皇龍ってのが存在してしまっているからな」

 

吉澤先生が心配してくれているのはよく分かった。

だけどその注意喚起はわたしではなく本人にすべきじゃないのか。

秋が深まるにつれ、凍牙に対する学校や街の空気も悪くなる一方だ。

マヤいわく目立つ動きをする者は今のところいないが、街の若者のほとんどが凍牙を目の敵にしているという。

所詮はよそ者、という分かりやすい理由も拍車をかけてしまっているとか。

まるで現代社会の村八分状態だな。

あくまでわたしの予測だが、龍華は近いうちに皇龍によって消される。

凍牙が皇龍の中に取り込まれるのも時間の問題だろう。

あいつはそれを望んでいるのか。それとも他に何らかの布石があるのか。

分からない。分からないから知りたい。でなければいつまでたっても目的のために動けないままだ。

相変わらず凍牙は第二体育館に姿を見せないし、わたしとすれ違う場があっても目を合わせることなく通り過ぎてゆく。

露骨な避け方からして、本人に聞くまでもなくわたしを自分から遠ざけたいのだと嫌でも分かる。

だけどそれは具体的にどうしてか。

考え出しても答えは一向に出てこない。

ここはもう様子見をほどほどにして玉砕覚悟で凍牙に詰め寄るべきか。

などと何度も決心しては行動に起こせないでいるのがわたしの現状だ。

結局はわたしも面と向かって凍牙に拒絶されるのが怖いのだろう。

 

「高瀬」

 

呼ばれてカバンを肩にかけたまま吉澤先生と向き合った。

 

「龍華じゃなしに水口個人を気にかけるのは、お前にとって水口が特別だからか?」

「そうですよ」

 

凍牙は特別だ。仲間やマヤと同じ、わたしにとって数少ない大切だと思える人だ。

それに――。

 

「わたしは自分の決意を曲げるつもりはありません」

 

吉澤先生が怪訝に眉を寄せる。

そりゃそうだろう。これはわたしが自分に課しているルールだ。

他人が知らなくても、自分が守り通せるならそれで構わない。

 

「失礼します」

 

頭を下げて教室を出る。

廊下には次に面談を受ける女子生徒が待っていた。

 

「お待たせ」

「あっ、はーい」

 

顔つきから彼女の緊張が伝わってくる。

二者面談で吉澤先生と2人きりになれるのはうちのクラスの特権だと、クラスメイトの誰かが友人に自慢するぐらいの一大イベントだもんね。

時間より早く終了したけど未練はない。

おかげで閉店までにカプリスへと向かえそうだった。

 

 

続く


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