モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上3-2

3-2

 

 

――水口凍牙が皇龍を裏切った。

 

そのうわさは少し前から囁かれていたらしいが、金曜日になって爆発的な広まりをみせた。

あくまで皇龍を裏切り敵となったのは凍牙であって、龍華についての話題はクラスメイトもほとんどしていない。

かねてからの存在感の差が出たのだろう。

皇龍の敵、あるいは皇龍に害をなす者としての疑念を一度吹っ掛けられると、あることないこと尾ひれが付いて街中に広がるのも早い。

これはわたしも経験済みだ。

 

「榎本君、凍牙って皇龍の人間的な扱いだったの?」

「いんや、皇龍とはほどほどの付き合いだったが、どこのチームにも所属してなかったろ。今まではだが」

「所属していない、仲間同士とも呼べないチームに楯突くことも、裏切りになるの?」

「さーなー」

 

こんな会話を教室の中で堂々としたのが金曜の昼休み。

1年全体のぎすぎすした空気にいらついていたようだが、榎本君もよく付き合ってくれたものだ。

皇龍じゃない一般の生徒までが凍牙を裏切り者呼ばわりし、「信じてたのに」などと嘆いている姿に納得がいかなかったらしい。

 

「確かに、裏切ったって言い方はちょっと変よね。水口君って皇龍じゃなかったんだから」

「でも水口って手強そうだよな。皇龍が認めていたのは事実だし」

 

わざと周りに聞こえるように榎本君と喋ったので、教室にいるクラスメイトはほとんどが聞いていたようだった。

 

「どっちにしろ、水口が皇龍の敵であることには変わらないぞ」

「分かってるよ」

 

座っていた榎本君の机から下りて自分の席に戻る。

裏切られたなんて悲観的な感情に走って、衝動的に凍牙を害する者が減ればそれでいい。

自分は悪くない。むしろ信じていた心を傷つけられた被害者だ、なんて思考には持って行かせない。

この学校の人間が皇龍をどんなに慕っていようと、わたしの知ったことじゃない。

 

 

放課後、カプリスへと向かおうとしていたわたしに4人の男子生徒が詰め寄った。

ネクタイの色からして2年生だ。

昇降口の隅で囲われてしまい、下校する生徒は見て見ぬふりをして外へ出ていく。

 

「何のご用ですか?」

 

皇龍の意に反する行動をとるわたしに対して忠告してくるのだろうと、あらかたの見当を付けつつ聞いてみる。

派手に動いたつもりはないが、わたしが凍牙よりの行動をしているのは周囲からしても明白なはず。

 

「お前が高瀬だろ。実は俺ら、柳虎晴さんの大ファンでさあ」

 

男のひとりが口にした内容に、思わず「そっちか!」と心の中で突っ込んだ。

予測はものの見事に大外れである。

最近ひとつのことが気になりすぎて視野が狭くなってしまっているな。

しばらくなかったから全く気にしなくなってたけど、そういやこの問題も忘れてはいけなかった。

とはいえ学校の中で来るか。

 

「そのお話なら、わたしなんかよりよっぽど柳虎晴さんに近い人がこの校舎の中にいるでしょう。そちらを当たられてはどうですか?」

「え、いや……吉澤先生に話しかけるなんて恐れ多いし……」

 

4人の男子が頷き合う。

柳さんと同等に神聖視されている人がここにもいたよ。

わたしのクラスは毎日その恐れ多い人と顔を合わせているんだけどなあ。

バイトまでの時間がないのでさっさとこいつらを追っ払いたいのだが、どうしたものか。

クラスメイトでも通り掛かってくれたら「助けて」の視線ひとつでラスボスを呼んできてくれるのに。

反感をかっては後々面倒だから、ひとまず誠意があるように見せかける対応を心掛けて……と自分に言い聞かせる。

さて、どうやってお引き取り願おうか。

 

「邪魔だ。こんなところで固まってんじゃねえ」

 

思案していたところ、聞こえてきたのは地を這うような低い声だった。

4人の男子が中央で左右に割れて後ろを振り返る。

男が退いたわたしの正面には、不機嫌な顔を隠そうともしない凍牙の姿があった。

探している時は見つからないのに、こんなゆっくり話しも出来ないようなとこでは普通に現れるんだな。

 

「おまっ、水口!」

 

焦る男たちを凍牙が睨みつける。

目を泳がせながらもひとりの男が盛大な舌打ちをした。

 

「……行こうぜ」

 

虚勢を張って凍牙をねめつけながら、彼らは校舎から出て行く。

辺りが静かになって、凍牙がわたしを見下ろす。

どうしよう。久しぶりに向き合えたのに、上手く言葉が出てこない。

 

「お待たせ、凍牙君。どうしたの?」

 

凍牙の後ろから小走りでかけてきた西浜先輩がわたしを見つけて目を見開く。

大きく息をのんで先輩は硬直する。わたしと凍牙も動かない。

 

「行きましょう! 凍牙君」

 

たっぷり5秒は数えたころ、はじかれたように我に返った西浜先輩が強く言った。

やがてわたしから目をそらして、緩慢な動きで西浜先輩と並ぶ。

 

「ねえ」

 

2人の後ろ姿を見て出た声は、自分が想定していたより冷たくなってしまった。

足を止めて振り向く凍牙に笑う。

 

「そこって楽しいの?」

 

考えなしに言ってから悔いる。ここは助けてくれてありがとうと言うべきだろう。

 

「凍牙君!」

 

西浜先輩が凍牙の腕を引っ張って先を急がせようとする。

そんなにわたしと凍牙が話すのは嫌か。

 

「さあな」

 

ぽつりと呟いて、凍牙は背を向けた。

 

「……さあなって、なにさ」

 

解せない。わたしのしていることが正解なのかも分からなくなってきた。

素直になれない自分にも腹が立つ。

 

どう出るのが最善か。

わたしが動いて、凍牙の首が締まったりはしないか。

いろいろなことを想定しては行き詰る。その繰り返しで休日は過ぎていく。

 

結局。

中間テストは散々な結果となった。

 

 

続く


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