モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上3-1

3-1

 

  ☆  ☆  ☆

 

中学2年。

4月から同じクラスになって分かったことがある。

校内でも有名な黒猫と武藤たちは同じグループとして周囲に扱われているものの、決して四六時中行動を共にしているわけではないようだ。

恋人同士や友人と。男女別に固まっている時もあれば、個々で動いたりとそれぞれが自由気ままに移ろってゆく。

そうかと思えば武藤を中心に団結し不意打ちのごとく騒動を引き起こすものだから、教師たちがこいつらの対応に頭を抱えるのにも納得してしまう。

特に黒猫の自由度は計り知れない。

咲田や鈴宮ですら少し目を離したすきにいなくなったと教室内で嘆いているのを何度か目撃している。

中学2年に進級してからというもの、毎日が単調でなくなった。

主な原因はあのふざけた新任教師にあるのだろうが、おかげで時間の経過が早く感じる。

気が付けば季節は夏になり、あと3日で夏休みだ。

その日も蒸し暑い教室での授業をさぼって、俺と黒猫は非常階段にいた。

 

「もしも教室に戻った時、自分のいるべき位置に他人が成り代わっていたらお前はどうする?」

 

前触れもなく、ふと思いついた疑問が口から出る。

黒猫が答えることは最初から期待していない。

だが何の気まぐれか、青空を眺めていたその時の黒猫は俺の問いかけに付き合ってくれた。

 

「どうにもならない。でも納得はできないかも」

 

意外にも普通の回答だ。

 

「今この瞬間にも、そうなる可能性を持つやつが武藤たちにすり寄っているかもしれないと、不安になることはないのか?」

 

言っておきながら後悔する。なんだこのいやみな質問は。

きょとんとする黒猫の視線が痛い。

心の内にあるどす黒い闇を暴かれそうで、居心地が悪かった。

自分で話を振っておいて、自業自得だ。

俺の心情を悟ったところで黒猫はそれを指摘することはない。

 

「四六時中側にいないと成り立たない関係なら、わたしは春樹たちと一緒にいないよ」

 

授業終わりのチャイムを聞いて黒猫が立ち上がり、何事もなかったかのように軽い足取りで校舎へと戻っていった。

分かりきっていたことだ。改めて問うまでもなかった。

真夏のブリザードに始まり、黒猫と武藤たちの絆は一朝一夕で出来上がったものじゃない。

俺がしなかったことを、あいつらはした。それだけだ。

本気で他人とぶつかって勝ち得た信頼はそう簡単に崩れない。

人付き合いが面倒で他人を避け続けた俺が羨ましがること自体おかしい。

あいつらを見ていると、自分がとてつもなく矮小な人間に思えてくる。

その度に所詮は努力しない人間のないものねだりだと自嘲してしまう。

ひとりでいるのに孤独とは無縁な黒猫を、羨ましいと思っている自分にも驚きだ。

孤独は嫌いではない。この場所も気に入っている。

これ以上になく満足する環境は整っているというのに、俺は何を欲しがっているんだ。

 

「凍牙!」

 

教室に帰ったはずの黒猫が校舎4階のドアから顔を出した。

急いで戻ってきたのか息が荒い。

 

「次の授業、柳先生のロングホームルームに変更だって。2学期の文化祭の役割分担を決めるらしい」

 

それは出ないとまずい。さぼりでもすれば厄介な役を押し付けられかねない。

踊り場にいた俺は立ち上がり、駆け足で黒猫の待つドアへと階段を上った。

授業に間に合うよう2人で足早に教室へと急ぐ。

暑さも相まってだるそうな黒猫には知らせてくれた礼も兼ねて、昼休みに冷たい飲み物でも渡すとしよう。

 

 

俺とこいつらは違う。何度も痛感したことだ。

だが遠すぎて近寄れない存在だと、眩しすぎて直視できないやつらだとは不思議と認識していない。

こいつらは手を伸ばせば届く場所にいる。

教室でたまたま近くにいたというだけで、容赦なく騒動に巻き込んで来るのは頭の痛いところだが。

さらに担任が面白がって乗っかってくるものだから、なおさら始末に負えなくなる。

この間は見かねた俺が行きすぎたあいつらを制止する側にまわるという、前代未聞の体験もした。

本気でめちゃくちゃだ。クラスの連中も毎回便乗して調子に乗るんじゃねえとつくづく思う。

 

――こういう場では常に冷静なやつが一番損をするんだよなあ。

 

そう俺に告げたのは担任だった。

頑張れよお母さんなどと言われた時にはさすがに足が出た。余裕でかわされたが。

こんな頭の痛いクラスでも、「凍牙」、「水口」と呼ばれる度に、自分がここにいるのだと自覚できるんだ。

多少の気苦労があったところでこいつらを中心とする今のクラスは、これまでと比べものにならないくらい呼吸がしやすかった。

 

  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「昨日も来たのなら呼んでくれたらよかったのに」

 

次の日、2日続けて倉庫に顔を出したわたしは待ち構えていた綾音にソファの上で抱きしめられた。

 

昨日と同じ部屋。向かいのソファには成見が陣取り、右側に設置されたひとりがけには春樹が座っている。

有希は相変わらずパソコンに明け暮れて、洋人と菜月は不在だった。

2人ともバイトかと思いきや、菜月は普通2輪免許を取得するため教習所に行っているらしい。

終わる時間に成見が迎えに行くと言っていた。

 

「それにしても面白いね。凍牙にスキャンダルって」

「その言い方はおかしくないか」

 

綾音がくっついた状態で成見に反論する。

龍華のことはわたしが来る前に有希が報告していたようだった。

 

「状況が腑に落ちないってんなら、何かしらつかめていないことがあるんだろ。その情報ひとつで全ての見方が覆されるかもしれねえな」

 

春樹の言うとおりだ。むやみに決めつけてしまうのはよくない。

深く頷きながら、これからのことを思案する。

もう一度凍牙にあたってみようか。

この前の対応からして真意を打ち明けてくれるとは思えないけど。

手を引いて、わたしがこの件の無関係者になることを凍牙は望んでいるのかもしれない。

わたしはその程度のものか。人を助けるだけ助けておいて、あんたはわたしに何もさせてくれないのか。

気分が急降下していき、ソファの上で膝をかかえて小さくなる。

 

「靴はちゃんと脱ぎましょうね」

「……はい」

 

ここは素直に従う。

 

「いじけ具合が重症だな」

 

春樹きの声は膝に頭をうずめて聞き流した。

 

「水口のスキャンダルと言えば、小2のころにもあったな」

 

パソコンから手を放した有希が話に加わる。

向かいのソファを占領する成見の足を押しのけて、空いたスペースに有希は座った。

 

「喧嘩で生徒に怪我させたとか?」

 

興味を示して成見が食いつくが、有希は首を横に振る。

 

「いや、テストのカンニングだった」

 

これは、また……。

 

「うそ、凍牙君が?」

 

綾音が驚いて有希に詰め寄る。わたしも信じられなかった。

 

「実際にそれを水口がやったかどうかは別として、学校に水口の親が呼ばれて担任と3人で会議室に入っていくのを見たやつがいたんだ。当時同じクラスだったが、結構な騒ぎになったから覚えている」

「凍牙は認めたの?」

「いや、だが否定もしなかった。水口がクラスで孤立しだしたのはそれからだったな」

「カンニングを見つけたのは担任?」

 

質問すると、有希は記憶を掘り起こすように考える仕草をした。

 

「そういやテスト中、テスト終了後には担任が水口を呼び出したりはしなかったな。親が呼ばれたというのも、テストの返却が終わってからだ」

「それだとクラスの誰かが凍牙の頭の出来を妬んで、嘘を担任に報告したってのもあり得るね」

 

成見の言葉に全員が頷く。

昔はともかく、今の凍牙は頭がとてつもなくいいことはよく知っている。

夏休みの宿題は思いっきり助けてもらったし、少しさかのぼれば中学2年の時もお世話になった。

面倒だと顔で訴えられようと凍牙の教え方はものすごく分かりやすいのだ。

 

「なんにせよ結衣、お前動くのはほどほどにしておくか、やらかす時は事前に言え。ここは何かあってすぐに駆けつけられる距離じゃないんだ」

「そうするよ」

 

春樹の許しも出たのだ。いざとなったら迷わず巻き込ませてもらろう。

 

「そういえば、中間考査がもうすぐね。結衣の高校も3学期制でしょ? わたしたちの学校と時期もそう変わらないはずだけど、いつからかしら?」

「……あ」

 

これからどうしようかと思案に暮れているところを一気に現実へと引き戻された。

中間テストは来週の頭からだ。テスト範囲もすでに発表されている。

授業中に教科の先生がテストの要点を言っていた気がしないでもない。まいったな。全部聞き流してたよ。

提出物にも手をつけてないし。

綾音が質問してこなければおそらくテスト当日までこのままいってしまっていた。

やる気云々以前の問題だ。

こっちに気を取られすぎて、完全にテストのことを意識から外していた。

 

 

続く


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