モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上2-6

2-6

 

バイトが終わると急いで駅へ向かい電車で日奈守へ。

最終のバスへ乗り継いで海を目指す。

海岸沿いのバス停で降り、そこから民家の灯りに背を向けてさらに歩く。

たどり着いたのは港の倉庫街。目的の建物からは光がこぼれていた。

 

「おっ、どうした」

 

足を進めると入口近くでバイクをいじっていた4人の男が顔を向けてきた。

有事でもないので倉庫内に人はほとんどいない。

手前にいる人たちを除けば、あとは奥のソファで3人がカードゲームに興じているだけだ。

 

「曜日間違えたか? 今日は火曜だぞ」

「知ってるよ」

 

からかうように言ってきたのは、中学2年の時同じクラスだった瀬戸君だ。

どうやら他のモノトーンの人たちにバイクの整備を教わっているみたいだった。

彼は毎週水曜日に必ずここへ来るわたしを「水曜日の猫」などと名付けてモノトーンに広めた張本人でもある。

 

「誰もいないの?」

「いんや、蔵元がこもってる。岩井もバイトが終われば来ると言ってた気がする」

「上がらせてもらうよ」

「おう、行け行け」

 

しっしと追い払う仕草をして、瀬戸君はバイクへと戻る。

奥にいる人たちに会釈すると、手を振り返してくれた。

あいさつもそこそこに階段を上がって2階の部屋へ。

ノックしてからそっとドアを開けて中をうかがう。

有希は隅のパソコンデスクの前で電話をしていたが、予定にないわたしの来訪に驚いたようだ。

 

「待て、まだ切るな」

 

今のは電話の相手に言ったらしい。

 

「晩飯は?」

 

今度はわたしに聞いてきた。

 

「まだ、だけど」

 

ドアの前に立ち尽くすわたしを置いてスマートフォンを耳にあてる。

 

「悪い、猫一匹分食糧追加で。猫缶じゃなくて人の飯にしてやってくれ」

「何それ!?」

「――そういうことだ。頼んだぞ」

 

有希はスマートフォンをパソコンデスクに置く。

座ったままの状態で椅子を回転させて、体をわたしに向けた。

 

「洋人がもうすぐ来るから、愚痴は飯食いがてら聞いてやる。だからもう少し待ってろ」

「わたしはまだ何も言ってない」

「嫌なことがあって不貞腐れてるんだろ。顔に不機嫌だと書いてあるぞ」

 

そんなに分かりやすかったか。

体の向きを変えて有希がパソコンに集中してしまったので、仕方なくソファに座って洋人の到着を待つことにした。

西浜先輩と話したのを嫌なこととしていいのかは分からない。

だけど心がかき乱されたのは事実だ。

むしゃくしゃする気持ちをそのままにしておけず、衝動に駆られてここまで来てしまった。

 

「いきなり来るのって迷惑になる?」

「アポを取るすべを持たないやつが何を言う。駄目ならドアを開けた瞬間に追い出している」

 

だよね。

有希はパソコンから目を放さないし、キーボードをたたく手も止めない。

 

「帰りはどうするつもりだ?」

「終電前に駅まで送ってくれると助かる」

「了解」

 

このわがままを通してくれるんだから、わたしは甘やかされているんだとつくづく思う。

 

 

しばらくも待たないうちに、洋人が食糧片手に現れた。

買ってきてくれたじゃこ飯のおにぎりをほおばりながら、龍華と皇龍、そして凍牙のことを伝えた。

口に出しながら頭の中を整理しても、やっぱりおかしなことが多すぎる。

 

「好きになったんじゃねえの? その西浜って女のことを」

「水口がか?」

 

カップラーメンを食べ終えた洋人に有希が眉を寄せる。

 

「無謀だと分かりきっていても、自分を信じてまっすぐ突き進む女がタイプだったんじゃないのか。ほっとけなくてつい手を貸してしまったとか」

 

それもあり得ない話じゃない。だけど今ある情報だけでは矛盾が生じてしまう。

 

「水口がもし龍華に全力を注いでいるなら、今ごろもっと周囲の支持を得て勢力的に活動できていると思うがな。あいつは馬鹿じゃないだろ。本気で皇龍と並ぶチームを作ろうとするなら、龍華が周囲に甘く見られた状態がいつまでも続いているのには疑問が残る」

 

有希の言うとおりだ。いまいち凍牙からやる気が感じられないんだよな。

鮭弁当を完食した有希は緑茶のペットボトルを取る。

 

「あと考え付くのは龍華が水口を使っているように見せかけて、実は本人たちも知らないうちに水口が龍華を利用している可能性もあるな」

「凍牙の後ろにもうひとつ水面下で動くチームがあるとか? 実はそっちが本命で、龍華を隠れ蓑に本気で皇龍を潰そうとしているってのはどうだ」

「それも否定できないけど、凍牙が皇龍と敵対する動機が見えてこない」

 

まさか皇龍に恨みでもあるのか。

3人で首をひねって考えても、これ以上の進展はなさそうだ。

 

「なんにせよ、水口が龍華に本腰を入れてないのは確かだろ。二番煎じは瞬発力が命なところがあるからな。9月の始めに立ちあがってから現在まで、大した成果も出せない組織など周囲の期待も今以上は得られないだろう」

 

空の弁当をごみ箱に捨てて、有希はパソコンデスクへと移動する。

そうだね。蜂の巣をつついて盛りあがったところを一気に根こそぎ持っていくぐらいの気兼ねがないと、皇龍とも対等に渡り合えるはずがない。

時間がたって龍華に対する警戒が増せばそれも難しくなる。

そんなこと、凍牙が見落とすはずがない。

……というか、その前に聞き流しちゃいけないことを有希は言ってなかったか?

 

「わたし、龍華の発足した時期なんて言ったっけ?」

 

言う言わないの前に、わたしも知らなかったのだけど。

デスクトップパソコンを起動させた有希はなんてこともないかのように爆弾を落とした。

 

「俺も龍華についてはある程度把握していたからな」

 

初耳だ。

 

「じゃあなに。凍牙のこととか、龍華と皇龍の関係性とか、わたしが伝えなくてもよかったんじゃないの」

「俺が仕入れているのはあくまで憶測の域を出ない情報だ。結衣が持ってくるような確信的なものは何ひとつない」

 

マウスから手を放した有希がパソコンを指差す。

ソファから身を乗り出して見てみると、黒い背景に白色の横文字が並ぶシンプルな画面が映し出されていた。

 

「何これ?」

「結衣の高校の裏サイト」

 

聞き慣れない単語に首をかしげる。

 

「該当する高校の、一部の生徒が使っている王様の耳はロバの耳的なサイトのことだ。大抵は専用のパスワードがないと閲覧できなくなっている」

 

補足説明は洋人がしてくれた。

つまりは高校で不快に思ったことや嫌いな人の悪口を書き込む場所か。

 

「ふうん。表サイトってのもあったりするの?」

 

ふと思いついた疑問を口にしたら、頬杖をついた有希になんともいえない残念そうな顔で見つめられる。

 

「それを言うなら普通に学校の公式サイトだろ」

 

呆れた洋人に突っ込まれた。

ああ、非公式だから「裏」が付くのか。

 

「結衣ってたまにぼけるよな。しかもいらない場面で」

 

なんて言いつつ文字を打ち込んだ有希は、キーボードの中でもひときわ大きなボタンを押した。

画面が変わった。

 

「しみじみ言わないでよ。それで、その裏サイトがどうしたのさ。というかそれ以前に、どうして有希がうちの高校のパスワードを知ってるの?」

 

そういうものは他校生が安易に知れるぐらいに出回っているものなのか。

 

「世の中にはどんなものに対してもコレクターと呼ばれる収集家がいる」

「うん」

「早い話、ネットで知り合ったいろいろな裏サイトのパスを収集して楽しんでるやつに教えてもらったんだ」

「どこで知り合うのさそんな人と」

「そいつとはオンラインゲームが始まりだったか」

 

駄目だ。知らない世界すぎて付いていけない。

 

「たまたまそいつが俺の高校の裏サイトのパスを知らないことが幸いしたな。あれはお互いの利益になる取引だった」

 

それはつまり……。

 

「日奈守東校の裏サイトのパスを顔も知らない相手に売りつけやがったんだよ、有希は。その見返りがお前んとこのパスワードだ」

 

うん。そういうことだよね。

 

「どのみち非公式なものだ。守秘義務なんてありはしない」

 

悪びれずに言ってのける有希がちょっと怖い。

 

「知ってるか? そいつ、学校では俺の素行の悪さを教師から相談されるぐらいの優等生なんだぞ」

「それは昔からだったね」

 

本性を隠して大人と接するのは有希の特技だ。

わたしにはとても真似できない。

 

「有希の情報源はそのサイトってこと?」

「まあな、他にもいろいろあるが、これが一番説明しやすい」

 

ソファから立ち上がり有希の隣に来てみる。

表示された画面を有希がゆっくり下へとスクロールしていく。

タイトル、日付、時間、IDと文字と数字の羅列。

縦向けで順番に並ぶ数字ごとに書かれた文章は、画面の向こうにいる誰かが投稿したものだろう。

 

「……ごめん、ギブ。ちょっと気持ち悪い」

 

読み続けることに限界を感じ、パソコンから顔を背けてソファに戻る。

時系列は上から下に進んでいるはずなのに、微妙に噛み合わない文章に酔った。

それら全てがこのサイトにアクセスしている、顔も見えない誰かの意思で書き込まれたんだと考えれば背筋がぞっとする。

楽しむため、冷やかし、恨みを込めて、あるいは衝動的に――。

ひとりひとりの意図が明確にされないまま進んでいくちぐはぐな会話が、とてつもない不安を与えてくる。

 

「ものの10秒でアウトだったな」

 

言いながら洋人が麦茶のペットボトルを渡してくれた。

手に持つ時にはすでに蓋が空いているという気遣いが心にしみる。

 

「まあ、電話とメールに生理的嫌悪があるならそんなもんだろ」

 

有希にとってわたしの反応は想定内だったようだ。

 

「そこに書いてあることって信用できるの?」

「書き込みの9割5分は虚偽と野次馬で埋め尽くされているとみて問題ない。だがここに書き込まれた全てが偽りというわけでもないからな」

 

残った5分の真実を見つけるのは至難の業な気がするよ。

 

「そうだな。たとえば少し前、ここの掲示板で結衣の友達の津月マヤと、皇龍の野田明良が浮気しているという話題が出てきた。津月マヤと野田明良が楽しそうに話しているところを見たという目撃談から、津月マヤの二股疑惑などが持ち上がったんだ」

「何それ?」

「浮気や二股説は妬みや面白がった連中によって誇張された虚偽だったとしても、それらの話からこうは推察できないか? 津月マヤにとって恋人を除いた皇龍内の人間では、野田明良が最も話しやすい位置にいる――とか」

 

確認するようにわたしを見た有希にはもはや頷くしかない。

 

「多分当たってるよ」

 

野田先輩は三國先輩とは小学校からの付き合いらしいし、マヤとも昔から面識はあったはずだ。

加えてあの気さくな性格だ。マヤも親しみやすいと思う。

 

「それを知ったからといって何かに使えるわけじゃないけどな。こんな感じで虚偽の中から真実を掘り起こしていくのはなかなか面白いところがある。立てた推測の事実確認がここからじゃ出来ないのが唯一の難点だが」

「……そういうのって楽しい?」

 

一般の代表者として洋人に聞いてみる。

 

「俺は無理」

 

即答だった。有希は気にせずパソコンを操作する。

 

「現在進行形で高校に在籍している生徒が参加している分、より幅広い情報も手に入りやすい」

 

言い終わると同時に手を止めて、有希がわたしを直視する。

 

「そういえば1学期、原田繭という女子生徒のことも何度か取りざたされていたな」

「……もう終わったことだよ」

 

思わず目を背けてしまった。

知られてる。こいつは絶対何かつかんでる。

 

「恐るべし、学校の裏サイト」

「こえーのはサイト以上に有希だろ」

 

おっしゃる通りだ。

 

「龍華のこともそこで知ったの?」

「ああ。そこまで盛り上がらない話題だから、リアルでも結衣に注意喚起しなくてもいいと思っていたんだがな」

 

あてが外れたと、少しだけ悔しそうだ。

 

「そのサイトって、有希は閲覧してるだけ?」

「いや、参加もしている。こちらから話題をふって欲しいネタを引き出したりもしてるしな。俺のキャラはここに5人置いている」

「……通訳お願い」

 

つい洋人に助けを求めてしまった。

専門用語は使われていないのに何を言っているのか全く分からない。

 

「アカウントを5つ取得して、さらにそれぞれ学年や性格を設定し、有希はそのサイト内でひとり5役演じてるんだ」

 

なんというか、未知の扉を開いてしまった気分だ。

聞き上手なキャラが仕入れたネタを、話し好きなキャラに喋らせて更に詳しい情報をもぎ取ったりと、説明を聞いているだけで頭が痛くなってくる。

 

「それってやっていいことなの?」

「なにせ非公式なうえに社会的にもよく思われていないサイトだ。そんなところで陰口を囁くやつを騙したところで、咎めるやつはいないだろ。掲示板のやり取りに金銭がからんでいるわけでもあるまいし」

「リアルの自分を見失ったりはしない?」

 

そんなことをしていると、わたしだったら確実に自分が分からなくなってしまう気がする。

少しきょとんとした後で有希が笑う。

 

「そこまでのめり込まないし、家で引きこもってるわけじゃないからな。ここだと嫌でも誰かが現実に引き戻してくれるさ」

 

伸ばされた手がわしゃわしゃとわたしの髪をかき上げた。

 

「腕の見せ所だ。龍華と西浜千香、それと水口について、出来る限りあたってみよう。気になって仕方がないんだろう?」

「そうだけど、無理はしないでよ」

「こんなこと趣味の範囲で時間のある時しかするつもりはない」

 

きっぱり言い切ってくれるから安心する。

 

「あ、それともうひとつ。ひょっとしたら皇龍からモノトーン宛てで、わたしに余計なことをさせるなって警告が来るかも」

「そんなもん適当に流して終わりだろ」

 

向かいのソファに寝そべる洋人が断言した。

今日はここに泊るつもりか。

 

「それが妥当だな」

 

頷く有希に、わたしを咎める気配はない。だと思ったよ。

何も言わなくてごめんなさいね、櫻庭先輩、西浜先輩。

いくらチームの名前を使ってきても、みんなはわたしの枷にならない。

 

 

続く


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