モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上2-5

2-5

 

真剣な表情でわたしを見据え、西浜先輩はしゃべりだす。

 

「わたしたち龍華は、この街の女の子を守るために立ち上がった組織なの。現在皇龍には男子しかいない状態だし、どうしても女子側の意見は反映されにくい」

 

する必要がないからだろう。

皇龍は街に影響力があるとはいえ、政治的な活動をする集団じゃない。

彼女たちは一体皇龍に何を期待しているのだ。

などと呆れるその前に、このひとわたしの問いかけを軽くスルーしたよね。凍牙の話はどこへ行った。

 

「もっと言えば、現役の3年生が引退した後の皇龍に不安を感じている人は大勢いるわ。天性のカリスマと絶対的な統率力で皇龍をまとめ上げている現総長のような力のある人は、今の2年の皇龍にはいないの。消去法でいけば次の総長は野田君じゃないかってみんな言ってるけど、わたしは彼が日暮さんのような人になれるなんて思えないわ」

 

いいや結構野田先輩って腹黒いよ。苦労症だけど。

それに人をまとめ上げる方法はひとつじゃない。

日暮先輩と同じやり方で、次代の皇龍がまとまる必要はどこにもないだろ。

西浜先輩の独演会はさらに続く。

 

「年末に皇龍が代替わりしたら、街は必ず荒れるわ。それからじゃ遅いの。幸いわたしと同じように危機感を抱く人はたくさんいる。力で屈服させようとする人からわたしたちを守ってくるれるって男子も、何人かだけど龍華に入ってくれたわ。皇龍が威厳を失う前に、わたしたちも出来る限りのことをしなくちゃいけない」

 

長い。その上わたしの質問に全く答えてない。

 

「単刀直入にわたしが凍牙と関わってはいけない理由を教えてください」

 

さっきはこれを聞いたはずなんだけどな。

 

「凍牙君はとても強いわ。4月にこの街に来てすぐに有名になって、皇龍から勧誘を受けるぐらいに」

「まずわたしの問いかけの答えをください。遠回りせず、手短に、結論だけで」

「えっ……、だから、凍牙君は特別な人なの。2年の男子だって、彼には一目置いているわ」

 

一瞬うろたえた先輩はまた話し始める。

わたしの言った意味を理解していないな。もういい、好きなだけどうぞ。

 

「皇龍も時々凍牙君に荒事の手伝いをさせていたみたいだし。それって凍牙君の実力を皇龍が認めているってことでしょう? そんな彼がわたしたち龍華の考えに賛同して、力を貸してくれるって言っているの。龍華の活動には、凍牙君の協力が不可欠なのよ」

「……で、あなたたちにとって重大かつ不可欠な凍牙とわたしが関わってはいけない理由はどこにあるんですか?」

 

ノンブレスで言い切った。やっぱり駄目だ。いい加減目的地にたどり着きたい。

ちょろいなんて評価してごめんなさい。西浜先輩はある意味ものすごく手強い人だ。

 

「凍牙君はこれまでどこのチームにも入らなかったわ」

「だから、それとわたしとどういう関係があるんですか?」

 

また延々と喋り続けそうな西浜先輩をさえぎると、口をパクパクさせてうろたえる。

この人自分の立てた筋道を外されることに弱いな。

 

「……えっと、だから……高瀬さんは、どこかのチームに入っているって聞いたわ。確か、モノトーンだったかしら。龍華の敵になるチームに属しているあなたが、龍華の凍牙君と仲良く話しかけたりすれば凍牙君が困るの。それぐらい自分で考えて分かるでしょ?」

 

最終的に「わたしがモノトーンだから」だけで済むところをよくここまで伸ばしてくれたな。

長い話だったが、その分減点も多い。

わたしが西浜先輩の話に理解を示さないと最初から断定して話を進めたこと。

具体的な根拠もなく、イメージだけで次代の皇龍が荒れると決めつけているところ。

龍華の活動は皇龍やその他男から力での妨害があるという前提で動いているところ。

そしてわたしが――モノトーンが龍華の敵になると勝手に判断してしまっているところ。

 

「合計マイナス40点」

「は? 何なの」

「いいえ、ただの戯言ですからお気になさらず」

 

たった数分話しただけで、皇龍が龍華を認められない理由はよく分かった。

 

「こっちが穏便に言ってやってんのに偉そうにしてんじゃないわよ」

 

右の先輩がすごんで前に出る。

もうこのまま挑発して手を挙げさせる方向にもっていこうか。

 

「駄目よ。付いて来るのはいいけど、高圧的にならないって約束でしょう」

 

西浜先輩は冷静だった。

両サイドの先輩が睨みつけてくる中、彼女からはあたしを敵とみなしながらも害意を感じない。

 

「お話は終わりですか」

「いいえ。まだあなたから返事をいただいてないわ」

 

そして肝心なところは見逃さないようだ。

 

「お断りします。あなたの考えには共感も賛同もできませんので」

「なっ……」

 

ここで西浜先輩が絶句するのはおかしい。

わたしと分かり合えない前提で話してたんじゃなかったのか。

 

「あんた、この先街の治安が悪くなって、安心して外を歩けなくなってもいいの!?」

 

向かって左側にいる先輩があせて声を荒げる。

 

「龍華というのは、1年女子ひとりが意に反する動きを取っただけで潰れるようなところなんですか」

「それは……、凍牙君がためらうようなことになったら……」

 

口ごもるように左の先輩は言ったが、わたしにもしっかり聞こえた。

ここだ。わたしが一番気にくわないのは。

 

「話を聞いたところ、もし女の子が街で暴漢に襲われたとしても助けに行くのはあなたたちじゃなく、龍華に入った男の人ということになりますよね。荒事に対してみなさんは高みの見物ですか。だったら皇龍が動くこととの違いがそんなに見受けられませんよ」

 

なんてことの前に、根本的なところから崩しにかかるか。

思惑どおりに事が進まず目を白黒させる先輩たちを気にかける必要はない。

 

「皇龍は正義の味方ですか? 彼らはこの街のチームを束ねることによって街の治安維持に貢献しているだけであって、個人の迷惑沙汰を解決してくれる場でないとみていましたが。これはわたしの捉え方に間違いがあるのでしょうか?」

 

3人の先輩は何も言わない。

時間がもったいないので回答は待たずに続けさせてもらう。

 

「皇龍の世代交代で治安が悪化すると憂えるなら、今更いちからチームを作ろうとせず、まず皇龍に協力するほうが得策なんじゃないですか。あなたたちは慈善活動がしたくて龍華を立ち上げたのですか? だったら皇龍を張り合う必要はないでしょう。ひょっとして皇龍と同じように街から優遇されたくて集まってるんですか?」

「……馬鹿にしないで。そんなわけないじゃない」

 

西浜先輩が声を震わせる。

図星を指されて焦っているわけではないようだ。

ただ純粋に自分の誇りを傷つけられて怒っている。

やり方は稚拙でも、西浜先輩が街のために動こうとしているその志は本物みたいだな。

だからといって容赦はしない。

 

「恐喝、連れ回し、強姦、虐待、ストーカー、あと恋人からの暴力。思いつくだけでもいろいろありますね。この街に限らず、女性が被害者になるケースは多様な場面で起こりかねませんよ。あなたたちは被害者になった人に寄り添って傷を一緒に背負えるんですか? 法律上で人を裁く権限もなければ、自分のしたことに対して最終的な責任も取れない未成年の子どもが、他人のために加害者となった男を懲らしめるんですか?」

「……そんなの、皇龍だって同じじゃない」

「彼らがするのは所詮不良同士の喧嘩でしょう。一応は一般人に手を出さないのを徹底しているようですし、何より吉澤先生という監視役を受け入れている」

 

どうしてわたしが皇龍を弁護するようなことを言わないといけないんだ。

 

「あなただって、人を懲らしめたりするんでしょう」

「わたしがするのは憂さ晴らしの域ですし、誰かのためなんて理由は付きません。そして大切な人の心の傷は背負っても、他人の傷は背負いません」

 

手の届く範囲にある大切なものしかわたしは助けない。

他人が苦しんでいるのを見てもなんとも思えないのだから、助けようがない。

 

「ちょっと……、千香」

 

両サイドの先輩が西浜先輩にすがる。

名前を呼ぶ声には隠しきれない不安と、微かに西浜先輩を責める色があった。

眉間に皺を刻んで若干涙目になりつつ、中央の西浜先輩はこぶしを握りしめる。

 

「……それでも、わたしは、……わたしがやらないと――」

 

唸る声は、自分に言い聞かせているようだった。

これだけ叩いても意志を曲げないのはちょっとすごい。

だけど彼女の決意はわたしにとってどうでもいいものだ。

凍牙さえ関わっていなければ、ここまで龍華のことを知りたいとも思わなかっただろう。

 

「高瀬さんがわたしたちをなんと言おうと、凍牙君は龍華の味方よ。彼を大切に思うなら、むやみにわたしたちと関わろうなんて思わないで」

「凍牙はなぜ、あなたたちに協力すると決めたのですか?」

 

わたしの疑問を西浜先輩は鼻で笑った。

 

「あら、志を同じとした人や組織を助けるのに、助けたいって思う以上の理由はいらないでしょう?」

 

ダウト。

さっきまでは本音を打ち明けていたはずなのに、今のひとことだけは嘘くさい。

作った笑みが更に疑惑を大きくしている。

 

「行きましょう。やっぱり彼女には何を言っても駄目みたいね」

 

それはどうも。

西浜先輩が背を向けて歩き出すころには、両脇の先輩からも不安が消えていた。

毅然とした代表者の態度に安心したのだろう。

彼女たちにとって凍牙というカードがどれだけ重要なものかは一目瞭然だ。

 

「ひっ」

 

女子トイレから出ようとしたら悲鳴が聞こえた。

先に行ったはずの先輩が廊下で足を止めている。

 

「どうして皇龍がここにいるのよ」

 

小さいけれど怒りを含んだ西浜先輩の声。

出口に来て状況が理解できた。

トイレの横の壁にもたれかかるのは三國先輩。そして隣にはマヤが立っている。

大丈夫といっても、やっぱり不安にさせてしまったか。

 

「女子のためにあるはずの龍華を信用していない女子がここに一人いる。それだけのことだ」

 

マヤを庇うように三國先輩が龍華の3人と向き合う。

 

「それ、わたしも入れて2人ってことにしておいてください」

 

挙手をして言えば、西浜先輩に鬼の形相で睨まれた。

 

「行くわよ」

 

大股で足音を響かせて、西浜先輩たちは階段へと消えていった。

 

「何もされなかった?」

 

おろおろするマヤを苦笑しながら落ち着かせる。

 

「むしろわたしが彼女たちにいろいろしてしまった気がするよ」

 

かなり嫌われたみたいだし、もう呼び出しはかからないだろう。

 

「何を話した?」

 

見下ろしてくる三國先輩に顔を向ける。

 

「次代の皇龍総長は野田先輩だって、みなさんうわさしているみたいです」

 

微かに三國先輩の目が鋭くなる。

 

「彼女たちは、それが不安でたまらないとか」

「……確かに明良には今の総長のような才能はないな。統率力と判断力はいまひとつなうえ甘い部分も多々ある。おまけにすぐ感情的になるわ人の涙に弱いわ、欠点を言い出したらきりがない」

 

うわあ、西浜先輩よりひどい人がここにいたよ。

 

「翔吾」

 

たしなめるように名を呼ぶマヤを三國先輩は抱き寄せる。

通行人はないけど、わたしと話していることも忘れないでほしい。

 

「あいつは自分が天才でないことを自覚している。だから努力して秀才になろうとしているやつだ。並大抵じゃないあいつの努力を俺たち皇龍は知っているし、評価もしている。ぱっと出の上辺だけしか見ようとしないやつは勝手に憂えていればいい」

 

分かり辛いけど、野田先輩が低く見られて三國先輩は腹を立てているのだろう。

マヤ以外のことで感情が動くところを初めて見た。

 

「水口君のことは?」

「龍華の考えに賛同して付いて行ってるらしいけど、いまひとつ納得できない」

「お前が認めたくないだけじゃないのか?」

 

何気なく放たれた三國先輩の言葉が胸に突き刺さる。

西浜先輩の講釈よりもよっぽど痛い。

「……そうかもしれません」

 

逃げるようにトイレの隣の階段を下りる。

マヤと三國先輩は互いの顔を見合わせていた。

 

6限目が終わった後で1年4組の教室へ足を運んだが、凍牙は昼で帰ってしまったとクラスの人に言われた。

逃げられたとみなすのはわたしの勝手な解釈にすぎない。

凍牙に放課後行くと事前に伝えてもいないのに、ただそこにいなかったというだけで悲観的にとらえ過ぎだ。

真面目なやつじゃないので、会いたい時に会えなくてもおかしくはない。

だけど思った以上にのしかかったダメージは大きかった。

 

 

続く


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