モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上2-4

2-4

 

 

どうやって西浜千香と接触しようかと思案していたところ、幸運なことに向こうからわたしに会いに来てくれた。

 

10月はじめに行われた席替えで窓側の列の前から3番目という最高の位置を手に入れたわたしは、4限目の授業を寝て過ごした。

号令もなく4限目が終わり昼休みが始まってすぐ、授業から解放されてざわついていた教室が静まり返る。

伝わってきた緊張感に頭を机から上げた。

かすむ目をこすりつつ周りに注意を向けると、斜め前の席にいた田所さんがわたしの机を指で叩いた。

無言のまま目線だけで田所さんが前側のドアを示す。

そこには見慣れない女子生徒がひとり。リボンの色からして2年生だ。

 

「ご指名らしいわよ。高瀬さんに話があるって」

「へえ」

 

立ち上がったわたしに田所さんが声を潜める。

 

「吉澤先生呼んでこようか?」

 

気を使ってくれているんだろうけど、それは遠慮したい。

こんなこと吉澤先生に知られたら、柳さんにまで筒抜けだ。

 

「平気。ありがと」

 

軽く流してドアへと足を進める。

席に座っていると確認できなかったが、黒髪ストレートの2年女子の後ろには2人の同行者がいた。

先頭に立っている人よりも、控えている女子たちのほうが服装を乱して目立つ風体をしている。

反対に染めたことがないであろう黒髪と、前のボタンがきっちり閉められたブレザー。

真面目な印象しか受けない先頭の彼女が西浜千香なのか。

髪の色と体格はあの夜凍牙と歩いていた後ろ姿に一致するが、どう見ても夜遊びに興じる人とは思えない。

ただ、目つきだけは後ろの2人と別物だ。

勢いに任せてわたしを見下す2人の先輩とは対照に、彼女の目線はまっすぐだった。

決意が固まっている――悪く言えば、頑固で融通のきかない人の目である。

 

「高瀬さんよね?」

「そうですが、何かご用でしょうか?」

「話があるの。付いて来てくれるわよね」

 

従って当然という態度だね。とても反抗したくなる。

 

「話ならここでもできるでしょう。ひとまずどちら様ですか?」

 

先頭の女子生徒が眉をひそめる。

 

「……わたしは西浜千香。龍華の代表よ」

「そうですか。それで、お話とは?」

「人前では言いにくいことだから、違うところに移動したいの」

 

目撃者多数のこの場で声も潜めずそれを言うか。

それぞれが昼ご飯を食べる体制をとっているけど、うちのクラスはみんなは聞き耳立ててるよ。

横目に見える榎本君なんて携帯片手に凝視している。

 

「用件だけでも教えてもらえないかしら」

 

心配そうに見守っていたマヤが先輩とわたしの間に立つ。

 

「は? あんたに話してないし」

 

マヤに牙を向けたのは西浜先輩の後ろにいた女子だ。

 

「友達が呼び出し受けているのを見過ごせません」

「うっざ。甘やかされてるお姫様はお呼びじゃないのよ」

 

その発言、表情からしてマヤに嫉妬してるんだね。

 

「ええ、彼はとてもわたしを大切にしてくれているわ。でも関係ないそのことをこの場で悪口として出してくるなんて、よっぽど羨ましいのかしら?」

 

開き直って不敵に微笑むマヤは本当に成長したと思う。

 

「あんた本気で調子乗ってんじゃないわよ」

「今はそんな話をしに来たんじゃないでしょう」

 

簡単な挑発に乗ってきた後ろの人を西浜先輩が止める。

 

「ストップ、マヤ。わたしは大丈夫だから、弁当食べに行っておいで」

「でも……」

 

そう簡単に不安は消せないか。

問題ないことを示すため、マヤに笑いかけて西浜先輩と向き合う。

 

「先輩が龍華の代表とわたしに名乗ったということは、お話というのも龍華に関わりのある内容とみてよろしいですね」

「……そうね」

 

慎重に西浜先輩は首肯する。

 

「わたしは龍華が女性のために作られた組織だと聞いています。まさかそんな組織の代表が人気のないところで、3対1で寄ってたかって暴言暴力なんてことはないでしょう。そんなことしたらイメージががた落ちですし、心配するのが失礼ですよね」

「当り前じゃない!」

 

柳眉を逆立て強めの口調で西浜先輩は断言した。

よし、言質は取った。

 

「えげつねー」

 

廊下側の窓を眺めながら呟いた榎本君は黙殺しておく。

 

「そういうことだから、ちょっと行ってくるね」

 

固まるマヤから順に教室を見渡す。

西浜先輩との会話の証人となるクラスメイトの何人かが軽く頷いた。

田所さんは親指を立てて軽く振っている。

任せろとでも言いたいのか。なんだかんだでこのクラスは頼りになる。

 

「……大丈夫なの?」

 

マヤがさりげなく腹の下に持ってきた手で西浜先輩たちを指差す。

どっちかっていうと向こうの心配してないか。

ひとまずやり辛い相手じゃないのは確認できた。

 

「あちらさん次第だよ」

 

マヤに小さく耳打ちして、西浜先輩たちの後を追う。

 

行き着いたのは、特別教室しかない4階の女子トイレだった。

人気のない場所に2年が3人、1年がひとり。

これから行われるのが穏便な話し合いだったとしても、このシチュエーションはイメージとしてマイナスだろう。

人の目はあるけど声は聞こえない場所を選ぶとか、もう少し頭をひねればいいものを。

これで龍華が4階の女子トイレに1年女子を呼び出したという事実が完成したのだ。

先輩たちがどんなに取り繕って弁明しても、これは使い方によっては龍華を手ひどくイメージダウンさせる材料になる。

 

「ありがとうございます」

 

話し合いに先立って、わたしにこんな強力なカードを与えてくれて。

 

「何が?」

「いいえ。ただのひとり言ですから気にしないでください」

 

西浜先輩よりも彼女の左右に立った先輩たちのほうが不機嫌な顔をした。

 

「それで、いい加減にご用件を教えていただけないでしょうか」

「あんたほんとに調子乗ってんじゃないわよ」

 

向かって右にいる先輩がうなりながら威嚇する。

先輩たちの態度はわざとやっているのかと疑いたくなるぐらいに、ちょろい。

ちょろいって表現を今使うのってあってるっけ、なんて思考が脱線してしまうぐらいに彼女たちは扱いやすい。

 

「止めて。余計な争いはしたくないの」

 

西浜先輩は右の先輩をたしなめたのち、わたしをまっすぐ見つめてきた。

 

「単刀直入に言うわ。高瀬さん、あなたは凍牙君とこれ以上関わらないで」

「それはなぜですか?」

「街に来て間もないあなたには、どんなに言っても分からないでしょうけど」

 

……いらない前置きだ。

作らなくていい敵を作りかねないし、最初から決めつけていたら得られるはずの協力者も遠ざかってしまうよ。

 

 

続く


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