モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上2-3

2-3

 

カプリスのバイトが終わったのは19時前。

それから日が暮れた繁華街を足早に通り抜け、アークにたどり着く。

榎本君にお願いした事前連絡が功を奏し、アークではすでに櫻庭先輩が店の奥を人払いしてくれていた。

 

「伝言は聞いたけどさあ、今日俺がここにいなかったらどーしてたの?」

「また日を改めるか他の人にうかがいますよ。至急の用事というわけでもありませんし」

「無駄足踏んでも構わないって、ちょっとその余裕はうらやましいねー」

 

会話をしながら櫻庭先輩の後に続いてソファスペースへ移動する。

向かい合ってソファに座り、櫻庭先輩がウェイターにコーヒーを頼む。わたしもついでにお冷をお願いした。

 

「で、なんだったっけ?」

「龍華について、詳しく教えていただきたいんです」

「えー、確か榎本って子がいろいろ伝えたって聞いたよ―」

「聞いた話で腑に落ちないことが多すぎました。だから次はもっと事情を知ってそうな人を当たってみようかと」

 

櫻庭先輩は口の形をそのままに目つきを鋭くした。

 

「具体的には?」

「龍華の目的、というより発足理由が知りたいです」

 

気の合う者たちが集まっただけの組織なら、皇龍が龍華を「敵」とみなすはずがない。たとえそこに凍牙がいてもだ。

だけど榎本君は凍牙に皇龍の敵となるのかと聞いた。

そこから綺麗事と理想論で固められた龍華の行動指針とやらは、皇龍にとってあってはならないものなのだと推測できる。

 

「対等になりたいんだってさー。龍華は、皇龍と」

 

遠回しの探り合いが続く覚悟をしていたが、意外にも櫻庭先輩は駆け引きなしで話してくれるようだ。

 

「あちらさんの主張としては、街を牛耳っている皇龍のメンバーに女性が一人も所属していないのはおかしいってー。だから皇龍の外に女だけの組織を作っちゃえってノリらしいよー」

 

突っ込みたい個所が山のようにあるが、今は後付けの説明を期待して最後まで聞くべきか。

 

「まあ彼女たちの主張に一理あるのも事実なんだけどねー。性犯罪とかストーカーとか、被害にあった女の子が事情を訴えようにも現在皇龍は男所帯だしー。なかなか言い辛かったりするみたいだから」

 

いやいや、そこは皇龍じゃなくて警察に行くべきだろ。

 

「だったら女の子のための組織を作ればいい。あくまで街での地位は皇龍と同等。皇龍の傘下になるってのは男の下に女が付くって見られかねないからねー。男女平等の精神にのっとって龍華が目指しているのはそんなところだよー」

 

それで理想論か。くだらな過ぎて話にならない。

 

「女子を中心とした組織に水口凍牙という男が加わっていることについて、あちらさんはなんと言ってるんですか?」

 

櫻庭先輩が笑う。にやり、という効果音が実にお似合いな笑みだ。

 

「女の子に荒事は難しいからねー。いくら街にとっていい提案をしたところで暴力によってひねりつぶされては元も子もない。そうならないよう自分たちに賛同してくれた力のある人に守ってもらおうってことなんでしょ」

「ごめんなさい。聞いていてものすごく腹が立ちます。その主張」

 

まだ龍華から直接話を聞いていないのに、目の前の人にマイナスイメージを植え付けられてしまったか。

自分から尋ねてきてあれだけど、完全に信用しないほうがいいかもしれない。

 

「えー、俺結構客観的に言ったつもりなんだけどなー」

 

ついでに足をばたつかせる櫻庭先輩の動作も見ていて落ち着かない。

 

「じゃあこっからは皇龍の主観でいくよー。本音を言えばね、龍華みたいな意見を黙らせるためにも結衣ちゃんには皇龍に入って欲しかったんだよねー、俺らは。使えるものなら男女問わず引き入れます。みたいなアピールにもなるし」

「ふざけないでください。わたしに見ず知らずの人の相談窓口なんて出来るわけないでしょう。痴漢された女子が助けを求めてきても、大人に相談しろってはねつけるのがせいぜいですよ」

「うん。それでいいんだよ」

 

いいのか。

 

「皇龍は便利屋でも個人のトラブルを解決する組織でもないからね。たまにそういう子が泣いてアークに来るけど、俺たちだって警察署に引率して婦警さんに引き渡すだけだよ。被害者である女の子のために加害者にけじめをつけることもない」

 

あくまで自分たちがまとめ上げるのはこの街にあるガキの作ったチームで、守るのは街の治安だと。

痴漢が街ではやるものなら警戒を厳しする。流行そのものをなくすためには動くが、個人的な被害者のケアは専門外だ。

チームやガキのもめ事には止めに入るけど、大人の犯罪は見つけ次第即行警察に通報する。

皇龍はそんな組織だと、櫻庭先輩は淡々と語る。

 

「もはや俺らって不良じゃないよね? 結衣ちゃんもそう思わない?」

 

語尾を伸ばす言い方が面倒になったのか、櫻庭先輩の説明はとても聞きやすかった。

 

「そこら辺の不文律をこっちが言わなくてもちゃんと弁えてくれそうな君には、やっぱり皇龍に入ってほしかったかなー」

 

両腕をソファの背もたれの後ろにまわして櫻庭先輩が天井を仰ぐ。

どんなに残念がられても、わたしがこんな大きな組織に入ることは絶対にない。

 

「いずれ皇龍は龍華を潰すよ」

 

顔を天井に向けたまま櫻庭先輩は言い放つ。

 

「以前君が指摘した通り、皇龍はこの街があるから存在できる。そして存在し続けるためには、この街を守り続けなければいけない」

 

楽しみを感じない、事務的な口調だった。

勢いをつけて体を起こした櫻庭先輩と目が合う。

 

「龍華がどんなにうちと対等な関係を望んでも、現段階では認められない。認めるだけの要素がないんだから当然だよ。放置していて龍華に触発されたチームが同じようなことを言い出す前に、皇龍は龍華を潰す」

 

首の後ろがぞっとしたのは、櫻庭先輩が本気で言っているからだろう。

わたしが最も気にしていることを、この人はあえて遠まわしにして自分から話そうとしない。

 

「……そうなった場合、皇龍は凍牙をどうするんですか?」

 

やっと本題を切りだしたか。なんて言いたげな顔で笑われた。この人ものすごく満足そうだ。

 

「龍華自体は蹴散らすだけでいいけど、水口君はそれで終っちゃだめでしょ。あれだけ強くて街に影響力を持ってしまった子が、皇龍を敵に回す前例を作ってしまったんだからねー。今後野放しにしておくほど、皇龍は甘くないよ」

 

そりゃそうか。皇龍にとってこれは逃してはいけない機会なのだろう。

コーヒーを飲みながらも、櫻庭先輩の目はこちらをとらえたままだ。

 

「うちが龍華を潰した後、水口君には皇龍に入ってもらうよー。危険因子は側に置いて常に監視できるほうがいいからねえ。皇龍入りを彼が拒むなら、最悪街から出ていってもらわなくちゃいけないかもねー」

 

やっぱりそう来るんだな。

凍牙は何を考えているのだろうかと、目の前の人に聞こうとして止めた。

これは櫻庭先輩も把握してないことだろうし、察していてもわたしには教えてくれそうにない気がする。

 

「いろいろありがとうございました」

 

出されたお冷には手を付けずに立ち上がる。

次は直接龍華に会って情報を仕入れるのがよさそうだ。

 

「結衣ちゃんは、モノトーンでしょ?」

 

おじぎをした直後、確認するように問われた。

 

「そうですね」

 

櫻庭先輩も腰を上げる。

いくら男性の中では小さいとはいえ、わたし相手だと先輩のほうが身長は高い。

 

「分かってると思うけど、集団に属した時点で君のすることに対する始末は、君ひとりの責任じゃなくなるからねー。結衣ちゃんが水口君に味方するなら、皇龍はモノトーンが龍華に付いたと判断するよ」

 

見下ろしてくる目が細められ、釘を刺された。

遠まわしじゃなく、凍牙や龍華に味方する行動は慎めとはっきり言えばいいものを。

 

「そうですか。失礼します」

 

もう一度軽く会釈して、ソファスペースを後にしようとする。

 

「……ここでの会話は盗み聞きが公認されているんですか?」

 

帰ろうとして3歩進んで見たもの。

衝立を挟んで隣にあるソファにいたのは、野田先輩と三國先輩だった。

 

「こんばんわ」

 

爽やかな笑みを浮かべて野田先輩はわたしに手を振ってきた。

三國先輩は我関せずとスマートフォンをいじっている。

両者共に悪びれる様子は全くない。

 

「送るよ。俺も翔吾もちょうど帰るところだし」

 

ちょうどってなんだ。タイミングが合ったからみたいに言ったけど、今のはこっちの話が終わったから帰るって意味合いが強いよね。

 

「いりません。ひとりで帰ります」

「好意には甘えときなよー。モテモテになって困ってるんでしょー?」

 

ソファから身を乗り出した櫻庭先輩が隣のスペースより顔を出した。この確信犯め。

 

「わたしなんかと外を歩くと変なうわさが立ちますよ」

「マヤはそんなうわさ気にしない」

「むしろアークという危険地帯から結衣ちゃんをひとりで帰したって知れたら、そっちのほうがマヤちゃんは翔吾を責めるだろうね」

 

三國先輩がスマートフォンをジャケットのポケットにしまって出口へと向かう。

 

「行こう」

 

わたしをうかがいつつ人の多いエリアへ進む野田先輩には、有無を言わさない強引さを感じた。

 

「じゃーねー」

「……失礼します」

 

櫻庭先輩はソファスペースに潜んでしまい、最後は姿が見えなかった。

野田先輩と距離を置いてアークから出たものの、無駄なあがきに終わったようだ。

皇龍幹部2人が1階を通ったことによりざわめく店内。

そこにわたしが続いて必要以上の注目を浴びた。だから嫌なんだ。

外に出ると、扉のすぐ前で野田先輩と三國先輩が待っていた。

不満を隠さず2人を見上げると、野田先輩が苦笑する。この人も確信犯だ。

アークの外には数組のグループがたむろしてこちらを盗み見ている。

ここまで目撃情報を与えてしまったらもう遅いか。

野田先輩はわたしと皇龍の関係を周囲に見せつけたいのだろう。

わたしの身の安全のためか。もしくは凍牙に味方することへの牽制目的だとは予測できても、はっきりとした狙いは分からない。

とはいえおそらく後者の可能性が高い。お人好しでも野田先輩は皇龍の人間だ。

三國先輩が前を歩き、それにわたしと野田先輩が並んで続く。

人の多い商店街の表通りに出る前に、理由をつけて別れようと思案していた時だった。

 

「――西浜 千香(にしはま ちか)だっけ」

 

記憶を手繰り寄せるように野田先輩が呟いた。

 

「龍華の代表を務める女子の名前って」

 

わたしと櫻庭先輩のやり取りを聞いてのひとり言なのだろうが、こちらが食いつくには十分すぎる話題だ。それこそとっとと離れようと考えていた目論みが、一瞬で消し飛ぶぐらいには。

 

「お知り合い何ですか?」

 

龍華を立ち上げたのは同じ高校の2年の女子って榎本君も言っていたし、その人と野田先輩たちに面識があっても不思議じゃない。

 

「知り合いっていうか、小中高と同じ学校に通ってるとさすがに顔見知りにはなるよ。友達と呼べるほど親しくはないけどね」

「いたか? そんなやつ」

 

三國先輩がちらりと後ろを振り返る。この2人は幼馴染だったか。

 

「安心しろ。お前にマヤちゃん以外の女子の記憶なんて俺は期待しない」

 

辛辣に返されても、三國先輩は何事もなかったかのように前を行く。

彼はマヤじゃない女子に対する興味が1秒しか持たないらしい。

 

「どんな人なんですか?」

 

教えてくれるなら聞きたい。人前であろうとこの機会を逃してたまるか。

 

「俺からすれば普通の女の子だよ。集団の先頭に立つわけでもなく、女子同士で固まって行動する特に変わったとこのないやつだと思ってたんだけどなあ」

「ようはそこまで目立つ人じゃないから、今までそんなに気にならなかったってことですね」

「率直に言うとそうなるかな。皇龍と対抗するような行動力があったなんて意外過ぎて、その話を聞いた時はにわかに信じられなかったし」

 

その女性、西浜千香が龍華を発足させた理由は何だろう。

皇龍と同等になって、女性の専門機関を築いた先で何をしたいのか。

そして、その活動になぜ凍牙が関わるのか。

疑問はたくさんあるけど、トップの名前が割れたのはよかった。

真の当事者を差し置いて事態を把握するには限界がある。

ここからは本人に突撃して事情を聞くのが最善だろう。

 

「ここでいいです。ありがとうございました」

 

高校の校門前に差し掛かったところで立ち止まって告げる。

 

「マンションまで送るよ?」

「大丈夫です。防犯ブザーも持ってますので」

 

人の多いところで声をかけてきた男相手に使うのは、わたし自身も注目を浴びてしまうため躊躇われる。

だけどこれだけ人がいない閑散とした場所なら防犯グッズも気兼ねなく活用できる。

 

「水口の行動に理解を示したいから、お前は龍華を知ろうとするのか?」

 

ひとりで先の道を行こうとしたわたしに、三國先輩が聞いた。

 

「さあ。わたしはただ龍華について知りたいと思ったから、知るための行動をしているだけです」

 

口を閉ざした三國先輩に首をかしげてみせる。

 

「知的欲求を満たすという目的に、その他の動機付けは必要ですか?」

 

三國先輩は反応を返さない。変わりに野田先輩が一歩前に出る。

こちらは厳しい顔つきだ。

 

「君の好奇心を満たすための行動が、モノトーンの首を絞める結果になり得るということに、君ならとっくに気付いているはずだよ」

「そうですね。春樹が止めるようなら、わたしも少しは考えます」

 

軽く一礼して帰路に付く。

皇龍がなんと言おうと、自重する気は微塵もない。

わたしはやりたいようにやる。それだけだ。

 

 

続く


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