モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 龍華編上1-2

1-2

 

買い物が終わると駅の近くにあるファミリーレストランで遅めの昼食をとりながら、女子のおしゃべりに花を咲かせた。

わたし以外の3人は彼氏持ちのうえ現在進行形で熱愛中なんだから、話題の9割が誰かしらの惚気話になるのは仕方のないことだろう。

誰の彼氏が一番束縛が激しいかなんて、わたしからすればみんなそう違わない。

 

「制約がないって意味では、結衣は結構自由に動いてるわよね。あまり想像できないけど、心配とかされないの?」

 

聞き手役だったわたしにいきなりマヤが話を振ってきた。

わたしが自由に動いて心配する人、というのが思いつかず反応が少し遅れる。

 

「誰に?」

 

聞き返せばマヤもきょとんとしてしまった。

 

「誰って、水口君に」

 

まさかここで凍牙が出てくるとは思ってもみなかったよ。

凍牙とわたしの交際は利害を共有した上での協定みたいなものだった。間違ってもここにいるみんなと同じものとして扱ってはいけない。

それにこの協定はとっくに終了している。

 

「もう別れてるよ、わたしたち」

 

便宜上の付き合いだっただけに、別れたという表現が正しいのかも不明だけど。

 

「どうして!?」

 

驚くマヤと、あらまあと言いたげにわたしを見る綾音。

隣に座る菜月はそこまで興味がないようで、テーブルの中央にあるフライドポテトに手を伸ばしている。

 

「どうして、と言われても目的が達成したからとしか言いようがないよ」

 

2学期が始まることにはもう、小野寺雫はわたしや凍牙の前に姿を見せなくなった。

ならばわたしたちが付き合っているという体裁を取り繕う必要はない。

実験的に別れたことにして、小野寺雫が再び出てくるようなら長期戦に臨もうということになっているが、現在わたしの周りはいたって平穏である。

交際が終わったからといって凍牙とは全く顔を合わせなくなったわけでもなく、昼休みの第2体育館で過ごす時間も1学期と同じだ。

マヤは残念そうだけど、あってもなくても同じなら交際という名目はいらない。

 

「別れたといっても何かが変わったわけじゃないし。夏休みもいろいろ助けてもらったからね。凍牙が困ってるならわたしは普通に手を貸すし、そこら辺に交際の有無は関係ないよ」

 

なんともなしに言ったはずが、3人は黙ってこちらを注目した。

 

「結衣って、鈍いの?」

 

こっそり綾音に聞いたつもりか。マヤの言葉はわたしにもちゃんと届いている。

 

「鈍いっていうより、そっちは少し幼いところがあるみたい」

 

苦笑する綾音はもはや声を潜めようともしない。

 

「理屈と正論を早くから叩き込み過ぎて情緒面を置き去りにしてしまったって、前にこの子の身内が嘆いてたわよ」

 

そんなことを言いそうな人はひとりしかいない、のだけど……。

 

「……どうして菜月が涼君を知ってるのさ」

「最近ようやく分かったわ。あの人は放任主義な高みの見物人に見せかけた、重度な心配性のただのシスコンよ」

「だからどうして菜月が涼君を知ってるの!?」

 

にしてもシスコンは違うだろ。涼君は年の離れた妹を可愛がっているだけだ。

間違いには鉄拳をもってでも正そうとする人だから、厳しさだってちゃんと持ち合わせているよ。

 

「言ってなかったかしら。わたし、あんたのお兄さんと最近メル友になったの」

「知らない聞いてないよ。いつどこでそんな話の展開ができたのさ」

「家の帰り道でばったり会って、そこからよ。ちなみに成見公認だから心配いらないわ」

 

そこは何も心配してない。

綾音とマヤの繋がりといい、わたしの知らないところで人脈が繋がっていくのは心臓に悪いところがある。

というか涼君、いい大人が女子高生とメールして楽しいのか!?

 

「マヤも、彼氏さんが許すならこの子のお兄さんのアドレス教えるわよ。結衣の写真隠し撮りして送ったら、あのひとものすごく喜ぶから」

 

なにそれ妹が盗撮されて喜ぶとか、兄として終わってやしないか。

どうしよう。16年かけて築いてきたわたしの中の涼君像が揺らいでいく。

 

「お兄さんのほうも時々、まだ結衣が写真嫌いじゃなかったころの可愛い写メも送ってくれたりするし」

 

……いつの写真だそれは。

 

「何それ、わたしも教えて欲しいわ」

 

頼むから綾音、そんなところに食いつかないで。

 

「わたしも翔吾に話してみようかしら」

 

乗り気になるマヤを見て、わたしも近いうちに涼君と話をしようと心に決めた。

とはいえ、わたしの口を鍛えた師匠には何を言っても敵わないだろうとは今から分かりきっているけど。

 

――だったら結衣が携帯を持てばいい。

 

なんてひとことで話が終わるのは安易に想像できる。

もしかしたら涼君はこれが狙いなんじゃないかと疑ってしまうのも無理はなかった。

 

 

 

綾音たちと別れて、混み合う電車に乗って最寄駅に到着したのは20時を過ぎたころだった。

駅から出てすぐ、マヤが日奈守を発つ前に連絡を入れた三國先輩の元へ向かう。

朝に見送ったところと同じ位置でバイクに腰掛けるマヤの彼氏は、そこにいるだけで周囲の注目を浴びていた。

不躾な視線にさらされて憮然としていた三國先輩が恋人に気付いて顔の筋肉を緩める。

迎えに来たことにマヤが礼を言うと、三國先輩はさっきまでの不機嫌さが嘘のように笑った。

いつかの誰かがこの人を犬に例えていた気がするが、ものすごく的確な比喩だ。

飼い主が大好きな忠犬は、わたしに見向きもせずマヤに尻尾を振っている。

 

「じゃあ、また月曜日にね」

 

このまま2人の世界に入られる前に退散しようと声をかける。

また遊びましょうね、と言ったマヤに手を振って帰り道の商店街を学校方面へと歩く。

夜の街をたむろする若者が数人こちらを見てはっとするがお構いなしで突き進む。

用事があって急いでいるのだという空気を出して歩行者を追い越し続ければ、声をかけてくる者もいない。

交差点の赤信号で足を止めた時、前方の信号待ちをしている大衆の中に見知った後姿を見つけた。

少しだけ襟足の伸ばされた茶髪の長身。カジュアルなダークグレーのパーカーを着こなす細身の男――凍牙だ。

こんなところで見かけるなんて珍しい。

いや、この時間に商店街を歩く今日のわたしが珍しいだけか。

人ごみに紛れた凍牙をよく見つけられたものだ。

それにしても、と気付かれないのをいいことに後ろから凍牙を観察するが、昨日の昼休みに会った時と纏う雰囲気が違う気がした。

周囲を警戒するような、それでいてどこか……。

 

――疲れているのかな?

 

本人に言えば大きなお世話だと返されそうだが、なんとなくぴりぴりとした威圧を凍牙から感じる。

信号が青になって人の波が動き出す。視界が開けて判明したが、凍牙はひとりじゃなかった。

背中にかかる髪の長さの小柄な女性が凍牙の隣を歩いている。

追い抜き際にひとこと交わそうと思っていたわたしは思わず歩調を遅くした。

やましいことなんて何もないがなんとなく、これは気まずい。

上辺だけでも少し前まで凍牙とわたしは付き合っていたわけだし、もし彼女が凍牙の恋人ならわたしとの鉢合わせは楽しいものじゃないだろう。

前の2人と距離を縮めることなく同じ道を行くと、歩く速度は凍牙が彼女に合わせているのだと知れた。結構な鈍足で進んでいる。

彼女が見上げて話しかける姿はうかがえるものの、凍牙は前を向いたまま。返事をしているのかなんてここからじゃ分からない。

凍牙と女の人は次の交差点で曲がり、まっすぐ進むわたしは結局何も言えぬままとなった。

 

「にしてもなぁ」

 

無意識に出たひとり言に返す人は当然いない。

さっきまで見ていた凍牙の後姿を思い出す。

何かがいつもと違うのだ。

しかしそれがわたしの気分からくるものなのか、凍牙に感じた異変なのかもあいまいなところである。

親しい人を見る目は、意識しておかないと客観性が消えてしまう。

あいつは大丈夫なのか?

愛想のない態度であの女の人と上手くやっていけるのか、なんていらない心配を含め、ひとまずは感想交じりの主観を取っ払わなければ。

そうしてようやく考えをまとめて答えを出せる。

さっきの凍牙は、いつもとどこか違っていたか――?

……駄目だ。熟考しようとするのに、どうもいつものようにいかない。

おかしな点がなければここまで気にすることはないだろうし、どこかに引っかかりがあるのだろうけど。

的確な言葉に出来ないもどかしさを抱えたまま、休日は過ぎていった。

 

 

 

「土曜日の夜、凍牙の後姿を見たよ」

 

世間話程度にそう切り出したのは、月曜日の昼休みだった。

第二体育館の非常階段で、踊り場に足を伸ばして座っているわたしに下の段にいた凍牙が振り返る。

 

「どこでだ?」

「駅前の商店街。女の人と交差点を曲がるところだった」

「……ああ」

 

凍牙は興味をなくしたように背中を向ける。

夏は涼しかった日陰の階段は、風が通ると昼間でも寒さを感じる季節になってきた。

そろそろ上着とブランケットが活躍する時期が来る。

目の前にある後姿に一昨日の凍牙を重ねてみるも、いまひとつ釈然としない。

わたしは何に引っかかっているのか。

違和感の根源にたどり着けないもどかしさが募る。

わたしと凍牙の間に会話がないのはいつものことのはず。

それなのに、今はなぜか沈黙が息苦しい。

土曜日に何をしていたかなんて報告し合う間柄でもない。

わたしが持ちかけた話を凍牙が打ち切ったなら、これ以上の追及は避けるべきだ。

予鈴のチャイムが聞こえた時にほっとしてしまうなんて、今日のわたしはどうかしている。

 

「土曜日に俺を見かけた時、何かおかしいことでもあったのか?」

 

階段を下り、凍牙の横を通ろうとして立ち止まる。

おかしい、ということなんて何もなかった。

街をふらつく凍牙を見つけたのはあれが初めてだけど、横に女の人がいるのはそこまで驚かない。

高校に入ってからは知らないが、中学時に学校内で凍牙と女子のツーショットは時々見かけた。

まるで、あるはずのない間違いを探しているかのような心境だ。

あえてあの時の凍牙に普段との違いをあげるなら――。

 

「おかしなとこなんてないよ。ただ、凍牙の肩に力が入っているような気がしただけ」

 

口に出せるのなんて、それぐらいなものだ。

虚を突かれたように軽く目を見開いた凍牙は小さな息をつく。

 

「……お前にはそう見れるんだな」

 

正解かどうか判断に迷う返しをされてしまった。

 

「何かあるの?」

「何もない」

 

きっぱり言い放つ凍牙はこちらを見ようとしない。

 

「ふうん」

 

腑に落ちないが、これ以上は何を聞いても教えてくれそうになかった。

5限目をさぼろうとする凍牙を置いてわたしは校舎へと向かう。

 

「――……あなどれないな……」

 

早足で歩く中、風に乗って聞こえた声に振り返る。

凍牙は空を見上げているだけだった。

 

 

約束や取り決めがあるわけでもない。

だけど同じ場所を共有することに遠慮はなく、わたしにとってそれが自然となっていた。

 

どうしたの?

 

何がしたいの?

 

気付いたときには、そんな些細なことすら聞けぬまま。

 

 

その日以降、凍牙は第二体育館の非常階段に姿を見せなくなった。

 

 

続く


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