モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 間章「被り物を捨てる」7

被り物を捨てる 7

 

  ★  ★  ★
 
 
立ち向かった男はいとも簡単にこぶしを受け流され、バランスを崩し前のめりに倒れこむ。追い打ちをかけるように背中を蹴られ、勢いのついた身体は開けっ放しのドアをくぐり教室の中へと頭から突っ込んだ。
 
その日、3年生は進路指導の連絡事項が重なり他学年より授業終了後のホームルームが長引いた。
 
ようやく迎えた放課後。我先にと帰路を急ぐ生徒たちの波に逆らったふたりの男によって、教室前の廊下は騒然となる。
 
 
「雑魚に用はねえ」
 
 
男子生徒を軽くいなし、武藤春樹は低い声で吐き捨てた。
 
春樹自身、白のシャツにストレートのパンツスタイルという学生の服装をしていたが、着用しているパンツの色は明らかにここの高校のものと違うものだ。
 
ゆえに在校生たちは一目でこの男を学校とは関係のない侵入者とみなした。
 
ある者は敵意をむき出しにし、またある者は戦々恐々と固唾をのんで侵入者たちの行動を注視する。
 
そんな中でも春樹の素性を知る皇龍の所属者が力ずくで拘束しようと試みるのだが、歴然とした力の差に侵攻を止めさせることすらかなわない。
 
悠然と歩いていた春樹は微かに聞こえた背後の悲鳴に身をひるがえし、足を半歩後ろに引く。
 
刹那、驚愕の表情で突進してきた男の肩を軽く押し、先ほどの男同様に教室の中へと突っ込ませた。
 
 
「こっちに投げんなっつてんだろ」
 
「おー、悪い。事故った」
 
 
春樹の後ろにいた岩井洋人に悪びれた様子はない。
 
 
「……事故か?」
 
「ああ事故だ、事故。わざとじゃねえって」
 
 
このやり取りは高校の敷地に入って以降はや3度目となる。
 
嘘つけ俺に敵とぶつけて笑いものにしようとしてんのは分かってんだよ。
 
喉から出かかった言葉を春樹はぐっと耐え、代わりに深いため息を吐いた。
 
目的を達成するためには今ここで仲間割れをしているさまを周りに見せるのは得策でない。帰ったら覚えておけよ。
 
敵の手ごたえのなさに洋人がだんだんと飽きてきている。
 
今のところこちらから先に手を出すなという言いつけは守っているようだが、不満がたまればこいつも自ら進んで敵に向かっていきかねない。
 
いい加減に本命とエンカウントしないものか。
 
広い校舎の中、ようやく見つけた3年の教室が並ぶ廊下を奥へと進んでいく。
 
そのころにはどうやら攻撃を仕掛けない限り侵入者のふたりが手を出すことはないとようやく理解したようで、春樹たちの後ろには殺気立った皇龍所属の男子生徒が数名、距離を取りながら続いた。
 
無関係の生徒たちが春樹と洋人を大きく避けて逃げるように下校していく中、ひとりの男子生徒がふたりの前に立ちはだかる。
 
 
「大原武、か」
 
 
顔に覚えがあり、春樹がその名を呟いた。惜しい。目的の人物一歩手前といったところか。
 
 
「何しに来た」
 
 
今にも襲い掛かろうとしている後ろの連中とは対照的に、大原は春樹たちに警戒こそしているようだが敵意は見受けられなかった。
 
 
「うちの猫がいつも世話になっているからな。飼い猫の様子見ついでに観光しに来ただけだ」
 
 
春樹が親指で自らの後ろにいる皇龍の面々を示す。
 
 
「俺だって自分の身はかわいいい。攻撃をしてくるやつは仕方なく相手になってやったが、こっちからは何もしてねえ」
 
 
「仕方なく」を強調し言い切った春樹の親指の先で集団が割れた。
 
 
「一体何なんだ! 君たちはどこの生徒だ!?」
 
 
人混みをかき分けるようにして、騒ぎに駆け付けた壮年の男性教師が緊張に表情をこわばらせながらさらに怒鳴る。
 
 
「早く学校の敷地から出ていきなさい!」
 
 
途中で声が裏返り威厳よりも虚勢が強く強調されることとなった声音は、教室の窓から事態を見守っていた生徒の不安をさらに増長させる結果となる。
 
 
「あー、悪い。先生、俺のミスだ」
 
 
春樹が口を開くより先に大原が言葉を紡いだ。
 
 
「社会研究部の出席する地域交流会の打ち合わせで今日の放課後、他校生がここに来ることになってたんだが、そういや報告と申請書出すのを忘れてたな。急いで駆けつけてくれたところ申し訳ないが、そういうことなんだ」
 
 
大原の説明に教師は眉間にしわを寄せ渋い顔をした。しかし皇龍幹部として名をはせる男の訴えには察するところがあり、最後はそういうことならと大人しく身を引いて去っていく。
 
 
「便利な権力だな」
 
 
教職員すらうかつに口出しできない皇龍の在り方に洋人が関心を寄せる。
 
 
「ああ。お前らが少しでも余計な真似をすれば、どうやら人違いだったとすぐにさっきの発言を撤回してやれる。不審者として大事にされたくなければ大人しくしていろ」
 
 
大原の忠告を気にも留めず春樹はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
 
 
「そりゃ大変だな。不審者を敷地内に入れたとなれば、学校側の責任が問われる大問題に発展しかねない」
 
「そこはお前らの言うことではないだろう。ここの関係者でもないやつらが――……」
 
 
言い返そうとして、大西は言葉を止めた。
 
生徒の安全上の問題で主に学校側に責任を追及してくるのは誰だ? 在校生の保護者――。いわば学校とは直接関係のない人間が騒動に関わりかねない。
 
そうなると、非常に皇龍にとって厄介な環境が作られてしまう。
 
侵入者たちは自身を犠牲にして最悪なものを召喚しようとしているのか。ふざけるな。
 
大西の苦虫を嚙み潰したような表情を春樹が嘲笑う。
 
 
「そういや、俺たち側にもいたな。ここの関係者」
 
 
そうだなひとり、考えただけで頭が痛くなる恐ろしい女が。
 
 
「知ってるか? 結衣の兄ちゃん、くっそ怖えぞ」
 
「知らねえよ」
 
 
遠い目をしてしみじみと言われた洋人の一言に大西は間髪入れずに返したが、頭の中では別のことを考えていた。
 
あの高瀬結衣の身内が普通からかけ離れているのはもはや疑はないが、今気にすべきところはそれではない。
 
侵入者たちは知らなくていいことだ。
 
学校に提出されている高瀬結衣の緊急連絡先が2学期より実家の連絡先が消えて、続柄が兄とされる男と、なぜか2つ目の連絡先に柳虎晴の名前に登録が変更されているなど、こいつらは知らなくていい。
 
 
「やっと来たか」
 
 
身構える大原の後ろに春樹が視線を向けた。奥の教室より姿を現した日暮俊也に、見物人たちは安堵の息を漏らす。
 
 
「重役出勤とは余裕だな。騒ぎが聞こえてなかったわけでもねえだろ」
 
 
すぐにでも日暮に飛び掛かっていきそうな洋人に大原が警戒を強くする。
 
 
「まだやめとけ」
 
 
洋人を止めた春樹の言葉は耳にした者たちの不安を煽る。
 
……まだ、とは?
 
 
「よお」
 
「用件はなんだ」
 
 
問いながら日暮は大原の隣に並ぶ。
 
 
「結衣ががここのやつらの世話になっているみたいだからな。挨拶ついでに様子を見に来たまでだ」
 
 
春樹が真剣な表情でにらみ合うように日暮と向き合う。
 
 
「うちの高瀬を随分いたぶってくれたようじゃねえか」
 
「何もやってねえだろ俺たちは」
 
 
大原の反論を鼻で笑い、春樹は周囲を見渡した。
 
 
「ここに通う連中全てがあいつに敵意を持っていないとは言わせねえぞ。むしろ好意的なやつのほうが少数だろ。だからといって、結衣に手を出す恐れのあるやつらをひとりずつ絞めていくのは手間も時間もかかるからなあ」
 
 
春樹が再び日暮をにらむ。
 
 
「俺たちがこいつらの前でお前を叩きのめしておけば、今後誰もあいつに手を出そうとは考えないだろ」
 
 
また面倒なことを。今更遅いと分かっていても、大原は舌打ちせずにはいられない。
 
これなら春樹たちを不審者として処理しておくべきだった。
 
皇龍総長、日暮俊也が武藤春樹に負けるとは思わない。だが、互いが本気になれば流血沙汰は避けられないだろう。
 
それに万が一、もしも春樹が日暮に勝ってしまったら……。皇龍の存在自体を揺さぶる事態に発展しかねない。
 
侵入者はそれらを分かっていて、日暮に喧嘩を仕掛けている。
 
 
「高瀬結衣はモノトーンだ。そして俺たちモノトーンは、仲間に手を出すやつには容赦しない。たとえ皇龍であろうが、例外じゃねえんだよ」
 
 
高らかな春樹の宣言は自分たちでなく、見守っている一般の生徒たちに向けられたものだと大原には分かった。
 
そして同時に、これは皇龍の立場からすれば見逃せないものであると考える。
 
この街の絶対王者でなければならない組織の頂点に立つ日暮に対し、やつらは喧嘩を売っている。それも、多くの目撃者がいる面前で。
 
無謀としか言いようがない。こいつらは自分たちのリスクをどう考えているんだ。
 
ここまで挑発されると、敗北を認めさせなければ皇龍の面目が丸つぶれになる。
 
 
「一戦付き合って夏休みのかりを返せよ。結衣が今の状態になったのは、てめえらにも原因があるだろ」
 
 
大原の心配をよそに、春樹が小声でつぶやく。
 
一触即発の空気が漂う中、日暮がわずかに目を細めた。
 
 
「これは、高瀬の望んだことなのか?」
 
「さあ知らねえなあ」
 
 
日暮の言いたいことを察した大原も、比喩ではなく、まさに遠い目をして口を開いた。
 
 
「なんか、すんげー焦ってんぞ、あいつ」
 
 
大原が示そうとしたものに春樹たちが気付くより、ひとの間を縫うようにして瞬く間に音もなく近づいてきた小さな体が、春樹の背後をとるほうが早かった。
 
 
「す、みませんでした!!」
 
 
見物人の中より突如現れた女子生徒――高瀬結衣は、息を切らせながらも両手で春樹の頭を押さえつけた。
 
 
 
  ★  ★  ★
 
 
続く

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