季刊更新

水守の狼と花守の猫 2018.spring4

水守の狼と花守の猫

2018.spring

 

4.


わたしの役目がこわいものを呼び寄せてしまうなら わたしはいないほうがいいの?

 

明るい月夜に薄く伸びたふたつの影のうち 小さいほうの影がだんだんと薄くなっているのに狼は気付きました

 

そうじゃない お前も お前のはぐくむ森も なにも悪くない

 

世界より課せられた役目は 彼らにとってとても重要なものです

彼らは 役目失くして世界に存在することができません

黒猫があてもなく歩き続けた 気の遠くなるような長い月日は 黒猫の心を少しずつ蝕んでいました

役目を全うできないわたしは 生まれた意味があるのだろうか

それはずっと感じていた だけど受け入れたくない不安な思いでした

 

狼の言葉は 疲れ切った黒猫の 心の浸食を加速させてしまいます

影がゆらゆらと揺らめき それは次第に地面についた小さな黒い足を侵食してゆく様子を目の当たりにし 狼が慌てて黒猫に駆け寄りました

 

黒猫の涙を拭い 狼が語りかけます

 

 

俺が悪かった だからお前は消えなくていい

お前は自分を否定するな 俺がただ 再び育まれた幸せが消えてしまうのを恐れているだけなんだ

朝が来たら答えを出すから 少しだけ考えさせてくれ

 

荒れた大地を撫でながら走る風が 泉を揺らします

影を失った黒猫は 地に伏せて丸くなった狼の腹から離れません

 

 

大切なものを失う悲しみを お前は知っているか

 

知らない ずっとひとりだったから

 

そうか

 

ここが駄目ならおそらくわたしはもう消える でもそれはあなたのせいじゃない

 

俺のせいだろう

 

違うよ もうずっと いつ消えてもおかしくなかった それがたまたま今なだけ でも 今は幸せだからもういいの

 

幸せか

 

幸せ 誰かとこんなにたくさん喋ったのも こんなに暖かいのも初めてだから

 

寒いのは嫌か

 

嫌い あなたは好きなの

 

いや

暖かいのは すごく好き

 

そうか

そう だから幸せ

 

 

地平線の藍色が次第に色を薄くして 月が身を隠すころようやく黒猫はまどろみ始めました

 

朝を知らせて顔を出した太陽がふたりを照らします

自身の毛に映った黒猫の影に狼は密かに胸をなでおろしました

この時にはもう、狼のこたえは決まっていたのでしょう

すっかり明るくなった砂の大地で目を覚ました黒猫に 狼は言いました

 

こわい生き物がきたら 俺が追い返す

だからお前の種を ここに植えても構わない

 

 

その言葉を聞いて 昨日一生分の涙を流したはずなのに 黒猫はまた狼の前で泣きだしました

 

 

続く


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