季刊更新

水守の狼と花守の猫 2018.spring2

水守の狼と花守の猫

2018.spring

 

2.


 

灰色の狼が季節の巡りを数えるのをやめて そこからさらに時が流れたある日のこと

地上に生きる者たちが忘れ去った大地に 一匹の猫がやってきました

ふらふらな足取りで狼の守る泉へとたどり着いた猫は 大きな灰色の狼を見た途端 声を上げて泣き出してしまいます

久しぶりに見た自分以外の生き物に 最初は警戒していた狼ですが 一向に泣き止まない猫の姿に困惑を隠しきれません

 

とりあえず 砂埃にまみれてくすんだ猫に 狼はぱしゃりと泉の水をかけてやりました

突然のことに驚いた猫は涙をひっこめ 大きな目できょとんと狼を見上げます

 

 

――水は平気か

 

 

狼は手っ取り早く砂で汚れた毛をきれいにするため 首根っこをくわえて猫を泉に放り投げました

水しぶきを上げて泉に落ちた猫は 慌てふためき急いで水面に顔を出します

 

 

――なにするの!!

 

 

涙をひっこめて怒り出した猫に 今度は狼がきょとんとして小さな来訪者を見つめる番です

 

地につかない足をばたつかせて なんとか岸に上がった猫は

砂埃が落ちて本来の黒色に戻った毛を逆立てながら 狼を威嚇します

 

小さな小さな猫の威嚇など 大きな狼は気にも留めません

 

きれいになったずぶ濡れの毛を乾かすため 狼は黒猫に顔を近づけ 毛づくろいをしてやりました

 

かつて 泉に来た森野獣たちが 親子で 仲間どうしでしていたように

この小さな生き物が 風邪をひかないように と

 

最初こそ  食べられる!  と怯えて固まっていた黒猫でしたが

狼の丁寧な毛づくろいが気持ちよくて 次第に力が抜けていきます

 

狼にとって 生き物にまみえるのは 久しぶりのことでした

 

黒猫にとって 誰かのぬくもりを感じるのは 生まれて初めての体験でした

 

いたずらに体を撫でて走り去る風や 体の熱と引き換えに命を繋げる雨とは違う

生き物がもたらす暖かさに ごろごろと黒猫の喉が鳴ります

 

喉が鳴って 安心しきった黒猫の目に 再び涙が浮かびます

 

 

――やっと 来れた

 

嗚咽に混ざって聞こえてきた言葉の意味を 狼は深く考えようとしません

 

ただ 毛づくろいが終わっても そばを離れようとしない黒猫を慰めようと

涙をそっと舐めてあげます

 

昇った太陽が空を渡り 明日に備えて休もうと 身を隠す時間になっても

狼と黒猫は変わらず 互いに身を寄せ合っていました

 

幾千幾万の 未来の見えない日々を超えて

今宵 ようやく

ふたつの孤独が満天の星空の下で 終わりを迎えたのでした

 

 

続く


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