モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下7-1

7-1

 

約束の日、朝の涼しいうちにマンションを出る。

順調に電車とバスを乗り継げば、昼前に地元の大学病院に到着した。

受付を通り過ぎてエレベーターを目指そうとした時、待合の椅子に成見が座っているのを見つけた。何列にも並ぶ椅子の一番後ろ、角の位置から成見は軽く手を振ってくる。

 

「……何してるの?」

 

軽く手を挙げて返事をしながら近づけば、成見が椅子から立ち上がる。

 

「結衣って遅刻はしないけどいつも時間ぎりぎりにしか来ないし、言った時間より早すぎる到着ってのは珍しいよね。早めに来ておいてよかったよ」

 

ここにいたのは、わたしに用事があったからだと分かっただけで、質問の答えになってない。

 

「場所を変えようか。見せておきたいものがあるんだ」

 

そう言う成見に付いて行くと、コンビニが併設された休憩スペースにたどり着く。昼時で混雑しているものの満席というわけでもないく、隅の空いた四角いテーブルに腰を下ろせた。

そこで渡されたイヤホンを耳に付ける。成見はジョイント部分をスマートフォンに装着した。

向けられたスマートフォンを手にとり、画面いっぱいに映し出された映像を注視する。

映っていたのは、顔を腫らして涙目になった男。固定カメラで腰から上を撮っているのだろう。動画にぶれはなく、灰色の背景から撮影した場所を特定するのは難しそうだ。

男はどもりながらたどたどしい口調で白状していく。

自分の仕出かした罪。恐喝、万引き、強姦――。そして近隣の街に喧嘩をふっかけたこと。粋がって済みませんでしたという謝罪。

続いて今後もし皇龍の治める街や日奈守に手を出すようなことがあれば、この動画をネットで流して構わないという承諾が入る。

男が自分の住んでいる場所と名前を言って、画面は切れた。

 

「カンペ使ってるだろ。話している時に一点を見つめすぎているぞ」

 

それが何の動画かは聞かなくても察した。

綾音に暴行したやつらの顛末だ。

 

「仕方がないよ。そうでもしないと時間がかかり過ぎる。ちなみにあと8人分あるんだけど、見る?」

「いいよ、どうせ大差はないんだろうし。それにしてもよくこんな撮影に応じたね」

 

無駄にプライドが高いやつらなら、意地でも抵抗してくる気もしたのだが。よっぽど怖い目にあったのだろうか。

 

「これは取引の一環だよ。動画を撮影する代わりに、社会と大人からこいつらに手を下してもらうのは保留ってことにしたんだ」

「……ああ」

 

やつらがこの先、皇龍やモノトーン、そして日奈守の街に手を出すようならば、ネットに醜態をさらされたあげく社会的な抹殺が待っているのか。

 

「お疲れ様」

 

あとで洋人にも言わないとと考えつつ、イヤホンを成見に戻す。

 

「どうも」

 

気さくに返した成見と肩を並べて、綾音の病室を目指す。

エレベーターで5階に上がり、廊下に出たところで立ち止まった。

思い出されたのは、港の倉庫にて怒れる春樹に殴られ、恐怖にひきつった男の顔だ。

 

「やっぱり、近いうちに連中の動画全部見せて」

「いいけど、どうしたの?」

「痛めつけた全員が戦意喪失してもうこりごりだって思ってくれていたらいいんだろうけど。憎しみを隠して発言していて、今後捨て身で向かってくる可能性のあるやつがいるかもしれないし、一応見極めておきたい」

 

成見たちが徹底的に牙を折ったなら問題ないかもしれないが、用心はしておくべきだ。時間がやつらの憎しみを育てることも十分にあり得る。

 

「そういうことなら、後日溜まり場で頼むよ。その手の懸念は有希と共有しておいてほしいし」

「そうだね」

 

頷いて再び歩き出したわたしたちは今度こそ病室へ。

一昨日訪れたその場所で、緊張気味のわたしに構わず成見は病室のドアを全開にする。

ノックぐらいしろと言う間も与えず、こいつはすたすたと中に入って行った。お前わざとやってんだろ。

 

「ひとことぐらいかけたらどうだ」

 

わたしが言えなかったことを、部屋の中にいた人が代弁する。この声は有希だ。

 

「駄目だよ。そんなひまを与えたらためらってしまうから」

 

いけしゃあしゃあと言ってのける成見に続いて病室へと足を進める。わたしを見た途端、有希はおもむろに腕時計を確認した。

 

「何時だ?」

「11時25分。こいつにとっては午前中の時間帯も昼過ぎとみなされるらしい」

 

時間を聞いた洋人に有希は余計なひとことを付けて答える。菜月もわたしを見上げてきた。

 

「春樹の言ったとおりね」

「……なんて言ったの、あいつ」

「大したことじゃねえよ。お前がわざわざくそ暑い日中に外を動き回らないだろうとふんだだけだ。朝方の気温が低い時間に出たなら午前中にここまで来れるだろ」

 

手洗い場から出てきた春樹が水で濡れたタオルを綾音に渡しながら言った。

どうでもいいが、行動が読まれていたことに少し腹が立つ。

 

「言ったろ、夢じゃねえって。こいつはちゃんと会いに来たんだ」

「……うん」

 

受け取ったタオルを握りしめたまま、綾音の左目がわたしを見つめる。

右目には相変わらず眼帯をしているも、顔色は一昨日より格段によくなっていた。

 

「久しぶり」

 

とっさに出たあいさつは若干他人行儀なってしまった。

 

「ええ。久しぶり」

 

わたしに返した綾音もどこかぎこちない。

菜月が部屋の隅から椅子を持ってきてくれた。クッションに背を預けて座っている綾音に一番近い位置で腰を落ち着ける。隣には菜月、更に横には成見が。

ベッドを挟んだ向かい側には春樹と洋人、そして有希が座っている。

全員が一か所に集合したのは、8カ月ぶりくらいか。

 

「……恋愛感情は今まで抱いたことはなかったし、多分これからもないと思う」

 

様子をうかがっていると余計言い辛くなるので、思い切って綾音に告げる。誰の事とは言わなかったけど、伝わっているはずだ。

綾音は微かに目を細めて頷いた。

 

「でもね、色恋沙汰を抜きにしても、友達として、仲間としてわたしはここにいたいし、春樹の役にも立ちたい」

「……うん」

 

静かに相槌を打った綾音は穏やかに微笑む。

周りの仲間は傍観の体制をとり誰も口を出さない。

 

 

続く


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